184 亜月の過去・その3
「そうか、おまえの名は亜月というのか。
しかしだな、亜月。
その根性は見上げたものだと思うが、やっぱり、女は顔だからなあ。
おまえのその糸のように細い目と団子のように丸い鼻では、場末の三文遊女もいいところだ」
出来の悪い顔の造作について、小さい頃からからかわれて育ったに違いない。
相変わらずその小柄な体を震わせながらも、人買いの言葉に今度は、娘は首を縦に何度も振った。
「おお、なんとまあ。
自分の面のまずさを自分で認めているとは、素直な性質じゃないか。
ますます、おれはおまえのことが気に入ったぜ」
人買いというおのれの立場を忘れて、上機嫌になった男は饒舌に語り始めた。
「世の中には、男が手を合わせて拝みたくなるような名器というのもあるらしい。
それを持っていると、顔の造作は関係ないとはいうが。
しかし、果たして、おまえがそれの持ち主であるかどうか……。
このおれが試してやってもいいんだが、生憎とおれはな、痛がって泣き喚くだけのガキとはやりたくないんでね。
女はな、腐る一歩手前の桃みたいなのが、いい味がするんだよ」
男は右の手の平を上に向けて、宙に差し出した。
その手には腐りかけた桃が乗っているのか、それとも手を合わせて拝みたくなるような女の秘所に触れているのか。
五本の指がくねくねと
「柔らかい桃の実を掴むとだな。
どこまでも、指がずぶずぶと入っていってな。
そのうちに、ねっとりした熱い汁が溢れて、指を伝って……」
そこまで語ったところで、泣き声が聞こえなくなっていることに男は気づいた。
涙で濡れた目の奥に好奇心を輝かせて、二十もの目が一斉に男を見上げている。
――畜生め。
おまえたちを値踏みしていたおれのほうが、見世物になっていたか――
恥ずかしい失態をごまかすために、男はえがらくもない喉の奥で空咳をする。
「男と女の話はここまでだ。
さてと、亜月、おまえをどこへ売ってやろうか……。
おお、そうだ、思い出した!
おれとしたことが、肝心な儲け話をすっかり忘れていた」
引っ込みがつかなくなっていた右手で拳を作ると、ぽんと、左の手の平に打ちつけた。
宰相の袁家が下働きの女を求めていると、同業者の男が言っていた。
若い女でなければならないが、顔の美醜は問わない。
字が読めなくても礼儀作法を知らなくてもよいが、気働きの出来る賢さを備えていること。
相手の気持ちを推しはかったお喋りは出来ても、詮索好きでないこと。
「袁さまもえらく高望みをなさるものだな。
ご都合よく、そんな若い女がいる訳がないだろう。
もしいれば、おれの女房にする」
人買いが笑うと、相手の男は声を潜めて言った。
「いやいや、話は最後まで聞け。
ここからが一番大事な条件だ。
袁家では、その若い女に身の係累がないことを望んでいる。
つまりだな、その女の奉公先を知りたがる面倒な親兄弟がいないということだ。
その代わり、こちらの望む通りの買い値だとさ」
「つまり、買った女が気働き出来ず詮索好きとわかったら、あちらさまでご自由に始末なさるということか」
「おいおい、この商売を続けたけりゃ、それを言っちゃいけねえよ」
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