170 白麗、三度目の参内・その2




 嬉児は着ているスカートをちょっと摘まんで、くるりとその場で回って見せた。


 広がったスカートの裾の下に、赤いくつと小さな足が見えた。

 峰新が慌てて目を上げると、金色の簪の先につけられた赤く長い絹糸の房が、薄く化粧を施した顔の前で揺れている。


――女って、なんて生き物なんだ。

 着るものと化粧で、こんなに変わっちまうなんて――


 喉から飛び出しそうなほどに跳ねている心の臓をなだめると、峰新は動揺を押し隠して言葉を続けた。


「その着飾り具合は、まるで、天子さまにお仕えする女官みたいだな」


 もちろん女官など峰新は見たこともない。

 大人たちが、いつも、美しい女の例えとして噂していた。

 さすがに、可愛い嬉児を目の前にして、いつも見慣れている妓楼の遊女や芝居小屋の女たちのようだとは言えない。


 峰新の言葉に、嬉児の丸い目がきらきらと輝く。

 小さな鼻の穴が得意げに広がった。


「あらあ、もしかして知っているの?

 あたし、これから、宮中ってところへ行くのよ。

 そこに住んでおられる天子さまやお妃さまにお会いするの」


 嬉児の言葉に偽りはない。







 天子を巻き込んでの、後宮の正妃宮の大騒動より数日後。


 英卓は関景とともに、承将軍の屋敷に出向いた。

 正妃たちのその後を聞くためだ。


「天子さまより見放された正妃は、ついに、正気を失った。

 今は、正妃宮の奥深くに閉じ込められ、亜月という女が付きっきりで世話をしていると聞く。


 これで、後宮は平安を取り戻すことができるだろう。

 お嬢ちゃんのおかげだ。

 この承宇項、ありがたく、そして危険な目に合わせたことを申し訳なく思う」


 拱手した承宇項は頭を下げた。


「宇項兄、頭を上げてくれ。

 確かに麗には怖い思いをさせてしまったが、これで副妃さまと第四皇子さまが後宮にて安心して暮らせるのであれば、それに越したことはない。

 言葉の不自由な麗であるが、納得していると思う」


 英卓の言葉を関景が引き継いだ。


「承将軍、あと残すところは、袁宰相の首ですな。

 この英卓とわたくしめと荘新家の強者どもは、天子さまと副妃さまと承将軍、そしてひいては安陽に住む民のためにも、いかような尽力も惜しまぬ覚悟だ」


「おお、関景さん。

 その頼もしい言葉、この承宇項、痛み入る。

 いずれはやってくる袁開元との戦いは、宮中内だけに収まらず、安陽の街中にも及ぶことになるだろう。

 その時は、町民たちの動向と路地裏の隅まで知り抜いている、荘新家のものたちが頼りだ」


「お任せを!」

 若々しい英卓としわがれた関景の声が揃った。


「おお、その言葉こそ、百人力。

 そこでだ、その言葉に甘えるというのではないが、英卓、折り入っておまえに頼みがある……」


 再び拱手した承宇項が、先ほどよりも深々と頭を垂れた。

 慌てて英卓がかけより、承宇項の手に手を重ねる。


「宇項兄、そのような他人行儀なことはやめてくれ」


「いや、これから言う頼みごとを、おまえが承知してくれるまで、おれは頭を上げるつもりはない。

 この膝を折れというのであれば、七重にでも八重にでも折ってみせよう」


「宇項兄のそれほどの頼みごととは、もしや?」


「そうだ、そのもしやなのだ、英卓。

 おまえのお嬢ちゃんを大事に思う気持ちは重々承知だ。

 しかし、そこをなんとか曲げて承知してくれと頼んでいる」








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