162 承将軍、杖刑王妃と対決する・その9




 承将軍の後ろから、何人かの兵士がばらばらと飛び出してきた。


 その中に一人、巨躯の目立つものがいた。

 体格からは想像できない敏捷さで、彼は誰よりも早く杖刑台に駆け寄ると、少女を押さえつけていた二人の宦官の襟首を掴む。

 そして、彼らを右と左に同時に放り投げた。


 暴れる少女に覆いかぶさっていた宦官たちは、何が起きたのかわからないままに、落ちてきた木の葉に覆われた玉砂利の上を転がっていく。


 一人は打ちどころが悪かったのか、その体をぼろ布のように丸めたまま気を失った。もう一人も転がっていったが、止まったところで地面に頭を擦りつけて、とりあえず平伏する。


 地面にへばりつき、「申し訳ございません! いたらぬわたくしめに罰を!」と叫ぶのが、長年の宦官生活の中で身についた習性だ。


 しかし、今回に限っては何がいたらなかったのか、まったく思い当たるところがない。それで、叫ぼうかどうしようかと、前に投げ出した両腕の間から彼はそっと様子をうかがった。


 荒れ狂っていた風は収まっていた。

 階段の上の正妃も砂塵を避けていた着物の袖をおろして、その顔を見せている。


 しかし、今までに見たこともない驚愕の表情が、美しく化粧を施した顔に張り付いていた。

 女主人の瞬きもせず大きく見開いた視線の先を追う。


 いつのまにその姿を現したのか。

 銀色の鎧に身を固めた承将軍が仁王立ちとなっていた。

 その後ろには、刀の柄に手をかけた十数人の兵士たち。


 つむじ風が荒れ狂う中、自分たちが少女を押さえつけている間に、いったい何が起きたというのだ。


 彼が先ほどまでいた杖刑台では、一人の若い兵士が、その長躯をかがめて少女を助け起こそうとしていた。


 右手を少女の白い頭の上に置き、顔を近づけて何事かを囁いている。

 遠目でも、その手の優しい動きに少女への愛おしさが伺えた。

 しかしながら……。


――もしかすると?

 あの若い男は、禁軍の兵士だというのに、片腕なのか?――


 確かめようとして顔を上げると、若い兵士の傍らに立っていた大男がこちらを睨みつけてきた。自分の襟首をつかみ放り投げた男に違いない。


 慌てて顔を伏せる。


 正妃と禁軍の兵士、そのどちらに目をつけられても碌なことはないと、宦官は思った。

 見ざる言わざる聞かざるで、この場をやり過ごすのが一番の得策だ。






 杖刑台に顔を伏せたまま自分の名を叫んでいる、少女の白い頭を英卓は優しく撫でる。


「麗、もう、大丈夫だ」

 耳元で囁く。

「怖い思いをさせてしまったな。

 助けに来るのが遅くなって、済まないことをした」


 何度目かにそう囁くと、少女が顔を上げた。

 自分が助かったことを知ったようだ。


「エ・イ・タ・ク!」


 杖刑台より跳ね起きた少女は、男の胸の中に飛び込んだ。

 両腕を男の首に回し、涙で汚れた顔をその広い肩に埋める。


 白い髪や美しい衣装のところどころに赤い血痕が飛び散っているが、それは宦官たちのもののようだ。

 白麗の顔や腕に傷がないことを確かめて、堂鉄が英卓に目で知らせる。


 頷いた英卓は、白麗を抱えたまま、承将軍の後ろまで素早く後ずさった。

 徐平と堂鉄、そして峰貴文がその前に屏風のように立ち、二人を正妃の視線から隠す。


 

 

 



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