160 承将軍、杖刑王妃と対決する・その7
険しい顔をした承将軍を先頭にして、禁軍の兵士たちが速足で進んでいく。
後宮は男子禁制だが、宮中全般の治安を授かる禁軍は別だ。
しかし、天子の乗る輿を守るでもないその隊列は、やはり誰の目にも奇異だった。
忙しなく通りを行きかっていた宦官や宮女や奴婢たちが、慌てて右左にと分かれ壁際へと身を寄せる。彼らは深く頭を垂れながらも上目遣いに、目の前を過ぎていく銀色の武具に身を固めた男たちの行く手を追った。
あと一つ角を曲がれば、正妃宮を取り囲む長く高い壁が見えるという所に、その若い宮女は立っていた。
隣り合う宮と宮の壁が重なる窪みを背にした彼女は、身を隠しているようでもあり、その思案顔は人を待っているようでもある。
羽振りのよい主人に仕えているのであろう。
身に纏っているのは宮女のお仕着せではあったが、黒々とした髪は乱れることなく結われて、化粧も念入りだ。
女は空を仰いで嘆息した。
このような所にいつまでも立っていては不審に思われると、何度か足を踏み出そうとしたが、そのたびに、見えない力で彼女の足は元に戻された。
何度目の嘆息だったのか。
肩を落として息を吐きだした時、前方から禁軍の兵士たちがざっざっと足音も規則正しくこちらに向かって迫ってくるのが見えた。
先頭に立つのは大将軍の承宇項だ。
突然、彼女の背中は壁から引きはがされ、その体は将軍の行く手を遮るように通りへとよろけ出た。
「何者だ!」
承宇項が一喝する。
硬く冷たい石畳の上に、女は
「将軍さま、行く手を
わたくしは正妃さまに仕えるものでございます」
口が勝手に動き、すらすらと言葉が出てくる。
女は顔を上げた。
頭より高く差し出したその両の手には、細長い錦の袋が乗っている。
「先ほど正妃さまに、この袋に入った笛を焼き捨てるようにとおおせつかりました。
噂では、この笛の音は、天子さまのお心をお慰めしたものだと聞いております。
そのようなものを灰にしてしまうなどとは、わたくしにはどうしても出来ません。
将軍さまのご判断を仰ぎたく思います」
女の言葉に、承宇項は英卓を見やった。
「この錦の袋には、見覚えがある。
英卓、お嬢ちゃんの大切な笛に違いはないな?」
英卓が緊張した面持ちで頷く。
「将軍、確かに、これは麗の〈珠炎〉です」
将軍は女に向き直った。
「よくぞ、思い止まってくれた。
おまえの機転に感謝する」
「もったいないお言葉にございます」
「しかし、正妃さまを裏切ったとなると、おまえは主人のもとへ戻ることは出来ぬだろう。
副妃さまの宮へ行き、この笛を見せよ。
おまえの身の安全は、そこで必ず守られると約束しよう。
そして、ことが終われば、思うままの褒美も取らすぞ」
自分の思いが通じたことを知った女は言葉を続けた。
「わたくしの身のことよりも、髪の真白い美しいお人が、正妃さまにあらぬ疑いをかけられて、杖刑で罰せられようとしています。
どうか、助けてさしあげてくださいませ」
「わかっておる」
そういうと、承将軍は後に続く兵士たちを振り返った。
「皆のもの、急ぐぞ」
その時、兵士の間から声が上がった。
「将軍、あれは、なんでしょう?」
「正妃宮の方角のようです!」
彼らは口々に叫び、一斉に指さした。
正妃宮の上で、茶色の砂埃に夥しい木の葉を巻き込んだ一筋の竜巻が、天から垂れた糸に操られているかのように吹き荒れている。
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