※ 第四章 ※

承将軍、杖刑王妃と対峙する

154 承将軍、杖刑王妃と対峙する・その1



 目隠しの袋を被せられたままで、千夏の侍女二人は石畳の上をずるずると引きずられた。そして、ギイっと錆びた蝶番ちょうつがいの音がしたと同時に床に転がされた。


 長く使っていない部屋か、それとも納戸か。

 埃と黴の臭いが鼻の奥をくすぐる。


 男の声が降ってきた。

 女のように丸く柔らかい声だ。

 後宮で働く宦官だろうか。

 だが、その内容は耳を塞ぎたくなるようなものだ。


「一人は恐怖で気絶したようだな。

 まあな、騒がれずに済むってことは、手間が省けるっていうもんだ。

 おい、おまえがそちらをやるといい。

 おれは、ちょっと面倒だが、こちらを片付ける」


 状況は読めなくても、男の言う〈こちら〉という言葉は自分のことだとわかる。

 片付けるというのが、たぶん〈殺す〉ということだろうということも。


 今更ながらに、侍女は悔やんだ。

 三日前に、千夏さまからきつくお叱りを受けたばかりだったのに。

 お喋りなどせずに白麗さまから離れず歩くのだった。


 それにしても、すももの籠を抱えた奴婢とぶつかっただけなのに、どうしてこんなことになったのか。悲鳴をあげようと息を吸い込んだ途端に、気配を察した男に片腹を蹴り上げられた。


 別の男の声がした。

 こちらはこちらはキンキンと響く少年のような声だ。

 先の男より若いのだろう。


「えっ、すぐに片付けちゃうんですか?

 そんなあ、もったいないじゃないですか」


 その声に、侍女の腹を蹴った男が怪訝そうに訊き返す。


「おまえ、何を言い出すんだ?」


「それはですよね。

 承家のお屋敷の侍女なんていう、高嶺の花のお姉さんがたにお相手してもらえるなんて、そんな機会、おれたちには滅多にないと思うんですよね」


「ああ、そういうことか。

 おまえも、顔に似合わぬ大それたことを言うじゃないか。

 今度の仕事に誘った時、嫌がっていたのはどこのどなたさまだ?」


 甲高い下卑た笑い声が響いた。


「えへへ……。

 そりゃあ、あの時は、あれぽっちの端金はしたがねで、人殺しのお仲間入りはまっぴらごめんとは思ったんですよ。

 でも、引き受けてしまった以上は、毒も食わば皿までって言うじゃありませんか」


「どの口が言うんだか。

 あれぽっちの端金はしたがねでも、喉から手が出るほど欲しがったのは、おまえだろう」


 そして、主犯格の男はしばらく考えてから言葉を続けた。


「そうだな、あちらさまも今頃は、人をいたぶってのお楽しみの最中だろうし。

 おれたちが少しばかり楽しんだところで、文句はないだろう」


「そのあちらさんて、誰のことです?」


「おっとっと、つい口が滑ってしまった。

 それはな、知らないほうが、おまえの身のためだ。

 じゃあ、おまえはそちらの女でやれ」


「えへへ……、ありがたく頂戴します。

 じゃあ、おれは隣の部屋で」


 その言葉と同時に、重たいものを引きずって行く音がする。

 その音を追いかけるように、男が言う。


「楽しんでもいいが、手加減はしろよ……」


 これからわが身に起きることを察して、這って逃げようとした侍女の足を、男の手が掴んだ。

 着物の裾が乱暴にめくられる。

 のしかかってきた男が、耳元で囁いた。


「……って、どうせ、最後には、二人とも死んでもらうんだがな」








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