148 杖刑王妃、白麗を捕らえる・その5



「きゃっ! あなた、どこに目をつけているのよ!」


 小走りで勢いよく飛び出してきた女に、お喋り夢中になっていた侍女の一人が突き飛ばされた。


「申し訳ございません」

 冷たい石畳に這いつくばった女が震える声で言った。

「死にも値する罪でございます。いかにようにも罰してください」


 女が放り出した竹籠から、小さなすももがこぼれ出て転がっていく。

 どの実も小さく硬そうで虫食いの傷がある。

 収穫を手伝ったのち、余ったものをもらって帰るところだったのだろう。


 ぶつかられた侍女は、女が飛び出してきた宮をちらりと見た。

 粗末な門に小さな建物。

 数多くある位の低い妃の住まいだ。

 それを確かめてから、染み着いた汚いものを落とすかのように、彼女は裾をおおげさに払った。


 それを見て、もう一人の侍女も加勢する。

「わたし達は、承将軍の妹さまの千夏さまのお近くでお仕えするものなのよ。

 これから、副妃さまにお会いしなければならないのに。

 汚れた着物で、副妃さまにお目にかかれとでも、奴婢の分際で言うつもりなの?」


「ひぃっ!」


 案の定、承将軍と副妃という言葉には絶大な効果があった。

 這いつくばっていた女が額を石畳にこすりつけて悲鳴を上げた。

 

 加勢されたこともあって、ぶつかられた侍女はますます声を張り上げる。

「泣いて謝って済むと思っているの!」


 ぶつかられた時、芝居見物などという私的な話題のお喋りに夢中になっていたという、後ろめたさがあった。


 またちらりと見やった女が飛び出してきた宮の作りの小ささに、副妃が第七王妃であったころを思い出す。


 屋敷替えする前は、第七王妃であった副妃も同じような宮に住んでいた。

 千夏について何度か来たことがある。

 その質素な造りは知っている。

 時が違えば、高位の妃の侍女の理不尽な言いがかりに這いつくばっていたのは、自分たちかも知れない。


 まだ言い足りないと口を開きかけた彼女の着物の袖を、しかし、もう一人の侍女が引いた。


 促されて目を上げると、遥か前方に、彼女たちが供をしていた少女の白い頭と宦官の鼠色の着物が見える。そしてそれは見ている間もなく、細い路地を左へと折れて、吸い込まれるように消えたのだ。


 今度は、彼女たちが狼狽える番だった。


「わたしたちは副妃さまのお住まいに行く途中。

 おまえのような奴婢に構っている暇はないのよ」


 そう言い捨てて、慌てて一歩を踏み出した。


 突然、這いつくばっていた女が顔を上げた。

 おどおどとした言動から、年端もいかぬ若い小娘だと思い込んでいたが、意外にも、それは小賢しそうな大人の女の顔だった。


 女の小さな黒い目がギラリと光ったように見えた。

 石畳の上を素早くずるずると膝で進むと、汚い両手で侍女の足を掴んだ。


「いえ、行かせるものですか。

 そのお着物の汚れ、きれいにしてさしあげます」


「だから、もう、よいと言っているのです。

 わたしたちは急いでいるのよ、そこをどきなさい」


 手を離し立ち上がった女がニヤリと笑った。


「あなたたちはがよくても、こちらはよくないのです」


 いつのまに後ろに人がいたのだろう。

 最後に見たのは、女が合図のために片手をあげた姿だった。

 頭から被せられた布袋で、二人の侍女たちの視界は真っ暗になった。










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