129 二度、出戻った女・その5



 二度目の結婚は半年しか持たなかった。

 前回と同様に里帰りと称して戻って来ると、千夏は何日過ぎようと婚家に戻ろうとしなかった。


 しかしながら今度は男のほうに未練があったのか、一方的に離縁状を送りつけてはこなかった。そして半年後、街中を歩いていた男は、暴れ馬に蹴られるという不慮の事故であっけなく死んだ。


 どちらの男の死も、その時には家を出ていた千夏には関係のないことだが、安陽の噂雀の口を塞ぐことは出来ない。

 いつのまにか、嫁いだ男を食い殺す女と、千夏は言われるようになった。






 北方の警備より久しぶりに安陽に戻って来た宇項の前には、四人の妻と妹の千夏が立っていた。


「それ相応の厳しいお仕置きを、千夏さんに!」


 まとめた縁談を潰されて顔に泥を塗られたあげくに、甥に死なれた妻は叫んだ。

 捻じれた手巾を握りしめた白魚のような手が、怒りでぶるぶると震えている。

 なんとかなだめないと、千夏に飛びかかってその顔に爪を立てそうだ。


 他の三人の妻たちはと宇項が見やると、彼女たちの顔に浮かんだ表情は複雑だった。


 若さと如才なさで夫の寵愛を独り占めしている女が苦しんでいるのを見るのはいい気分だ。しかし、二度も出戻ってきながら、いっこうに傍若無人な言動を改めようとしない義理の妹にも腹が立つ。

 だからと言って、そのことを言って夫の怒りを買うような貧乏くじは引きたくない。


 一応に押し黙っている彼女たちの顔はそう語っていた。


……女の機嫌を取るのは、戦場の軍議よりも頭を使う……

 顎髭を撫でながら、彼は我関せずと立っている千夏を見た。


「妻よ、おまえの怒りはもっともだが、妹の言い分も聞かねばなるまい」


 再び、女が金切り声を上げる。


「言い分だなんて、そんな!

 将軍さま、あたしの可愛い甥は死んだのでございますよ!」


「おまえの甥が馬に蹴られたのは、千夏が婚家を出たあとのことだ。

 気の毒ではあるが、千夏と彼の死とは関係ないと思うが」


 その時、今まで沈黙を保っていた千夏が口を開いた。


「あのような面白みのない男と、生涯を共にしたくはありません」


 宮中に上がり王妃となった姉は母親によく似た美しい女だ。

 しかし、宇項と千夏の容姿は武骨な父親に似た。

 肌の色浅黒く、目は細く鼻梁も低い。


 しかし兄の宇項が男らしく精悍な印象を与えるように、妹の千夏もその気の強さが魅力となって、人の目を奪う時がある。


 この時もそうだった。


……よく言った!

 それでこそ承家の女だ!……


 妹の放った言葉に思わず膝を打とうとして、宇項は妻たちの刺すような視線を感じて思いとどまった。


「なんてことを! なんてことを!」


 女の金切り声が悲鳴に変わり、ついに手にしていた手巾がびりびりと引き裂かれる。


 それを横目で見た千夏は涼しい顔をして言葉を続ける。


「冬花祖母上おばあさまのおみ足が痛むとのことで、わたしを呼ばれています。

 さすってさしあげねばなりません。

 では、お小姑ねえさまがた、これにて失礼いたします」


 冬花の名前は、千夏の傍若無人な言動の免罪符となる。


「おい、待て、まだ話は済んではおらぬ」


 宇項の引き留める言葉は、千夏の背中をするりと滑り落ちた。


……今夜からおれは、妻たち一人一人を相手にせねばならんのだぞ。

 機嫌の悪い妻をなだめて抱かねばならぬ兄の苦労を、少しは考えてくれ……





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