128 二度、出戻った女・その4



 嫁いで一年が経ったかと思われる頃、千夏は承家に舞い戻って来た。

 ほどなく男からの離縁状が届き、それと一緒に持参していた嫁入り道具も着物一枚欠けることなく送り返されてきた。


 離縁にいたった理由をどのように問い詰めようとも、千夏はそのことに関しては頑として口を開かなかった。承家としては詫びを兼ねて男のもとへ挨拶に行き、復縁の手立てを考えるつもりでいた。

 千夏はまだ若いのだ、世間を知らなかったのだとの言い訳を携えて。


 しかしその矢先、男がぽっくりと病死した。


 安陽の口さがない市井のものたちは、当然のごとく噂した。

 承家のじゃじゃ馬娘の夜伽の要求に、老いた男は精も根も吸い尽くされたのだと。


 承千夏の二度目の結婚はそれから五年後のこと。

 彼女は二十三歳になっていた。


 この頃には、戦死した父のあとを継いで宇項が将軍となっていた。


 北方の警備にあたる彼の元に安陽の家を守っている妻たちから、こまごまとした差し入れとともに文が届く。

 文は夫の息災を案じる言葉から始まり、自分たちもまたなんとか日々を凌いでいるのでご安心をと続く。

 そして、その後、必ず出戻り千夏の愚痴になるのだった。


『千夏さんの存在が、将軍さまとあたしの可愛い娘の将来に差し支えるのではと不安です』

『千夏さんの悪い噂のことで、実家から嫌味を言われました』

『二十歳も過ぎた未婚の女が屋敷にいるのは、承家の恥でございます』

『これ以上千夏さまがお歳を召さぬうちに、ぜひに再婚話をお勧めくださいませ』


 それぞれの妻の立場で文の内容は微妙に違う。


 孫の千夏をことのほか可愛がっている冬花の文には書かれていないことなので、出戻って来た千夏の傍若無人な振る舞いに、妻たちの不満が溜まっているのだと想像できる。

 戦場で飛んでくる矢を避けるよりも、妻たちの文に書かれた難問に答えるほうが、宇項にはやっかいな問題だ。


 そのうち、実家から嫌味を言われると書いてよこした妻が、千夏の縁談をまとめた。

 

 彼女は四人の妻の中で一番若く器量がよい。

 実家は商家ということもあるのか、機転が利く。


 時にそのあざとさに腹が立つこともあるが、むつみ合うねやでは別物だ。

 鼻にかかった声で甘えられると、魂胆が見え透いていても、男としては俄然張り切ってしまう。

 柔らかい彼女の体を組し抱き、何度でも喜ばせてやりたくなる。

 首を縦に振ろうとしない千夏を、妻は、最後はあの声で泣き落としたのか。


 妻の甥だという男は家柄もさほどではなく、千夏と同い年の役所務めの男だった。


 たぶん、男は役所の仕事を得るために、承家の名前を利用したはずだ。

 そのうえに承家の女を妻としたとなれば、その後の望外の出世も見込めるとの計算だろう。


 落ちぶれても承家はいまだ名門だ。

 数多い中の一人とはいえ、宇項の妹は天子さまの妃でもある。

 『腐っても鯛』だ。


 千夏をそのような男の妻にすることに宇項は忸怩たる思いもしたが、自分勝手に出戻って来た女が再婚話にあれこれと選り好みをしたとなれば、ますます世間の笑いものになる。


 前は老人で失敗した。

 今度の男は若い。

 妹が納得しているのであればと、宇項は婚礼の費用も出してたいそうな持参金も持たせて、嫁がせた。








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