126 二度、出戻った女・その2
老いた冬花の座る天蓋の右側には、椅子に座った身重の梨佳がいた。
その後ろには、梨佳を気遣うように如賢と萬姜が立っている。
彼らもまた、早春の陽射しを浴びて談笑中だ。
梨佳の産み月は二か月後か。
もうすぐ母となり父となり祖母となるものたちが発する幸せが、三人を陽炎のように包み込んでいる。
天蓋の左側には、これも椅子に座った医師の永但州と第五皇子の勉学の師である雲流がいた。
「別室にささやかな酒宴の席を用意してあれば、男たちはそちらへと移っていただきたい」
承将軍がそう言った時、それまで部屋の隅に目立たぬようにと立っていた雲流がすっと動いて永但州の傍らに来た。
「永先生、刀を持たぬ我々には、将軍たちの話は武骨で退屈なだけでございます。
どうでしょう、我々も女と子どもたちの席に混ぜてもらうというのは?
慶央の話をお伺いしたいと、以前から思っておりました」
識者として名高い雲流にそう言われて、但州の顔もほころぶ。
「永先生、それがよいと思われます。
慶央がいかに住みよい町であるか、雲流先生に大いに語っていただきたいものです」
英卓がそう言い、関景もおおきく頷いた。
数年すれば、永但州は家族と友の荘興が待つ慶央に戻る。
ましてや、彼の生業は人の命を救う医師だ。
沈老人と承将軍とそして荘新家の、どう考えても多くの血が流されであろう企みに引き込みたくはなかった。
雲流の永但州に対するさりげない心配りがありがたい。
白麗の姿を求めて、英卓は目を走らせた。
広場の中央では、小さな子どもたちが駆けまわっている。
足取りもおぼつかない幼子から十歳を過ぎた年頃の子まで、その数は二十人ほど。
まさか、全員が承宇項の子どもではないだろう。
宇項の甥や姪もその中に混じっていると思われた。
母親たちほどではないが、彼らの髪も美しく結われ、その身を包む着物の色は明るく可愛らしい。
その中に、第五皇子と白麗と嬉児もいた。
敷き詰められた白い砂利の上を、一人の子どもが右にと駆ければ皆がそれに続き、左へと駆ければまた皆も左へと流れる。
そのたびに悲鳴にも似た嬌声が湧き起こる。
まるで大きな魚に追われている小魚の群れのようだ。
子どもたちを追いかける大きな魚は、若い女だった。
白い布で目隠しをして、子ども相手の鬼ごっこの真っ最中だ。
「どの子を捕まえようかな?
おまえたち、あたしに捕まりたくなかったら、速く走るのよ」
広げた両手を振り回して、女は大きな声で脅す。
まだ未婚なのか、それとも子を生していないのか。
遠目にも二十歳はとうに過ぎた年齢だろうと思われたが、子ども相手に本気度満々な仕草が、彼女を実年齢よりも若く見せていた。
右に左にと駆けまわる子どもたちの中にあって、白麗もまた鬼の手から身をかわしつつ、逃げ遅れた子の手を引いて駆けている。
白麗を真似て、第五皇子もまた、足をもつれさせて転んだ子どもを助け起こしていた。
宮中では誰もが彼の姿を見るとひれ伏す。
他人をかばうなどとは、皇子にとっては初めての経験に違いない。
いつのまにか、峰貴文から子どもたちの遊びに視線を移していた承将軍が呟いた。
「なるほど。
冬花お祖母上さまの言っていた、友を敬い助け合うことをお嬢ちゃんから教えてもらうとは、このことだな」
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