125 二度、出戻った女・その1



 酒宴を終えて、男たちが部屋を出てきた。


 すでに、早春の陽は中天より傾き始めている。

 清冽な陽射しが降り注ぐ。

 酒で赤らんだ頬を撫でる冷たい風は、高揚した彼らの想いを心地よくなぶる。


 承将軍を先頭に皆でぞろぞろと回廊を曲がり、建物に囲まれた開けた場所に出る。

 庭というよりは、人の集まる行事に使われる広場だ。

 朝の大霜は溶けて乾き、敷き詰められた白い砂利が洗い上げたように輝いている。


 そこかしこに三々五々に集まってお喋りに興じている女たちの姿。

 走り回る子どもたちの嬌声。

 茶器を載せた盆を持って動き回っている使用人たち。

 副妃の実家である林家の大改修を祝って、天子より賜れた楽団の奏でる音曲が、透き通った青い空に吸い込まれていく。


 広場を見下ろす小高くなった場所に一組の天蓋が張られている。

 そこから、楽しそうな甲高い笑い声が漏れていた。


 真ん中に据えられた椅子に、毛皮にくるまって座っているのは冬花だろう。

 その後ろを取り囲む女たち。

 冬花も女たちも皆、彼女たちの傍らに立つ背の高い男を見上げている。


 女たちの艶やかな着物が、時おり風になびくように翻る。

 遠目にも、男の話に笑い転げているのだとわかる。

 老婆である冬花ですら、埋まるように座った椅子の中でその体を折って楽しそうに笑っている。


 背の高い男は、遠目でもわかる美しい所作の手振り身振りで、何事かを女たちに話し聞かせているようだ。

 女よりも艶のある黒髪と端正な横顔と、舞台映えしそうなすらりとした立ち姿……。


「貴文? おまえがなぜそこに?」


 男の格好をすれば連れていってやるとは言ったが、目立つことはするなとも重々、釘はさしておいたはずだ。

 英卓の思わず漏らした独り言を、戦場で鍛えた承将軍の耳は聞き逃さなかった。


「冬花お祖母上さまのそばに立つあの美形の若い男は、我が身内ではないな。

 初めて見る男だ。

 貴文? それはいったい誰だ、英卓よ」


「将軍、申し訳ないことをした。

 峰貴文は、懇意にしている男ではあるが、荘新家の配下のものではない。

 こうなることを怖れて徐平にお守りを頼んでいたのだが。

 徐平はいったい何をしている?」


 その時、遠方に何かを見た堂鉄の低い唸り声がした。

 彼の視線の先を追うと、徐平がこれもまた峰貴文と同じく着飾った女たちに囲まれている。こちらの女たちの着物は紅くよりいっそうきらびやかなところを見ると、若い女たちなのだろう。

 後ろを行き交う使用人の女たちまでが足を止めて、徐平に見とれている。

 皆、峰貴文の芝居の中で活躍した徐平を知っているのだろう。


「徐平のやつめ!

 首根っこを捉えて、引きずってまいります」


 堂鉄の唸りが声となった。

 それを、承将軍の上機嫌な声が制した。


「まあ、堂鉄、今日はめでたい日だ。

 それにお祖母上さまもお喜びの様子に見える。

 女と若いものたちのすることだ、お喋りくらい大目に見ようではないか」


「将軍のご配慮、痛み入ります」

 その言葉に英卓と堂鉄は軽く拱手する。


「なあに、気にするな」

 目を細め口髭を撫でつけながら、承宇項は言葉を続けた。

「なるほど、あの男が、峰貴文か。

 噂通りの、女も男も虜にする美形ではないか」



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