119 六十年ぶりの再会・その5



 第七王妃より副妃となった妹の言葉を受けて、承将軍も申し訳なさそうに言った。


「英卓、沈ご老人、驚かせてすまぬことをした。

 副妃さまと皇子が屋敷に滞在中であることを事前に告げれば、かえっていらぬ気を遣わすことになるかと思い、皆には黙っていたのだ。

 それにお二人は、冬花祖母ばあさまの病気見舞いということで、天子さまから特別の許可をいただいてのお忍びでの里帰りでもある。

 大きな声では言えぬという理由もまたあると思えば、許して欲しい」


 年寄りは目立たぬほうがよいという配慮か、それまで英卓と関景の影に身をひそめるように立っていた沈宥明だった。

 その彼が一歩足を踏み出し、承将軍の前に立った。


「冬花……、冬花さまがご病気とは!

 それで病状はいかに?」


 しわがれた声が、焦るあまりに震えている。


 ここにいる誰も知らないことだが、七十歳になる沈宥明は、六十年前に袁家が企んだ罠にはめられて一族郎党殲滅の刑にあった、林家の唯一の男子の生き残りだ。


 刑場から逃げることに成功した彼は名を変えて、山奥の薬草園で成長した。

 そして再び安陽に戻って来ると、薬種問屋の主人として巨万の富を得た。

 しかし富は得ても、袁家への復讐は叶わぬままだ。


 そして、冬花は彼の妹であり、林家の中でたった一人の女子の生き残りでもある。

 当時の承家が逆族の汚名を被ることを覚悟で冬花の命を救い、成長した彼女を息子の妻とした。


 承将軍が宮砂村で夏の鍛錬に励むことを明宥は知り、そこに夏の別邸を建てて彼と懇意になることに成功する。


 しかし、承家の女子どもたちだけがひっそりと暮らしている安陽の屋敷への出入りは、目立ってはならないと禁じてきた。

 承将軍にお世話になっているものとして、高価な薬を店のものに届けさせているくらいだ。

 用心に用心を重ねるに越したことはない。


 六十年の間生き別れていて、成長した冬花の姿を見たのは一度だけ。

 身ごもった孫娘の第七王妃に付き添って、安産祈願のために寺に参拝する姿を、人混みに紛れて遠目に見た。

 十三年も昔のことだ。


 その時、自分も老いたが冬花も老いたと、あまりにも長い月日の流れをつくづく思った。


 しかし先に逝くのは、順番として兄の自分でなければならない。

 今生では逢えぬと覚悟を決めている妹だが、その想いだけはいつも強く抱いている。その焦りが口調に出てしまった。


 普段は穏やかな物言いをする沈老人の気迫に、一瞬、承将軍は気構えた。

 しかしすぐに、沈老人と祖母の冬花は年齢が近いことを考えて、老体を相憐れんだのだろうと推測する。


「いや、沈ご老人。実を言うと、祖母ばあさまはいたってお元気なのだ。

 これにはちょっとした事情がある……」


 気の置ける仲間には隠し事を嫌う承将軍が珍しく言い淀んだ。

 兄の様子を見た副妃が、楽しそうに笑う。


「兄上さまからは言いにくいようですね。

 では、皆様には、わたくしからお話しいたしますわ」


 そして彼女は美しい声で続けて言った。


「昨年の夏に宮砂村より帰って来た皇子が、この冬の間中、その海での話を毎日のようにわたくしに聞かせてくださるのです。

 兄上さまの水泳の鍛錬は厳しいはずですのに、昨年はよほど楽しかった様子。

 そして、髪の白い可愛らしいお嬢さんとの出逢いも、よほど嬉しかったのでしょう」








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