120 六十年ぶりの再会・その6
「母上さま、白麗のことを毎日のように話したりなどしていません。
時々……。
思い出した時にだけです」
第五皇子が顔を赤くして母の言葉に反論する。
副妃は優しい眼差しで言葉を挟んだ皇子をたしなめ、承将軍に向き直った。
「そのうえに宮中で会う兄上さまも、二言目には皆の噂ばかり」
「これはこれは、副妃さま。
大将軍でもある兄が、そのような噂好きな男だとでも?」
思わぬ方向から矢が飛んできて、承将軍も慌てて反論する。
男たちの間から遠慮のない笑い声が起きる。
「それに雲流先生までも……」
次に続いた言葉に、皆がいっせいに振り返った。
副妃の後ろからまるで影のように気配を消して部屋に入り、入り口近くに立っていた雲流だった。
しかし彼は皆の視線を浴びても、反論もせず顔色も変えない。
「これほどに皆の噂を聞かされていると、あたくしも会ってみたいと思うのは当然のこと。
機会をうかがっていたところ、承家の屋敷に集まる宴があるとか。
お優しい天子さまにご相談申しあげると、里帰りの口実に、誰かの病気見舞いというのがあるだろうとおっしゃられて。
それで、申し訳ないことですが、お元気な冬花
そう言って、副妃はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
やはりというべきか当然というべきか。
副妃もまた承家の女だ。
美しく優しいだけではない。
賢くそして豪気でもある。
副妃に昇格したうえに、いまは天子の寵愛と信頼を一身に受けている。
その自信が、彼女の笑みが浮かんだ顔を、今日の春の気配を思わせる青い空のように晴れ晴れしく輝かせていた。
「文にて、冬花
しかしながらただ一つ、
ご自分も皆に会ってみたいと。
なんと、
それはそうでしょうね。
安陽では知らぬものがいなほどに、大変な評判となりましたもの。
そして
その言葉に、英卓の横に立っていた沈明宥の体がぐらりと
すかさず英卓が手を差し伸べて、その肘を持って支える。
誰もが、寒い中ずっと立っていることが、老人の体に堪えたのだろうと思った。
「あらあら、これはこれは、あたくしまでが長話をしてしまいました。
いつまでも冬花
お優しい
さあ、兄上さま、参りましょう」
「承家の女たちは、揃いも揃って口達者だからなあ」
言い返す言葉も見つからず、承将軍がぼそりと呟いて肩をすくめる。
どうやら彼の女好きの報いは、屋敷の女たちによってそれなりに受けているようだ。
副妃に続いた皇子は、白麗の前で立ち止まった。
この半年で、彼の背丈はぐんと伸びた。
昨年の夏には同じ高さにあった少女の顔が、いまは見下ろす場所にある。
それがなんとも誇らしい。
「白麗、伯父上の屋敷は広いんだ。
冬花
白い髪の少女は美しい顔を上げると、その金茶色の目で皇子をひたと見つめた。
やがて言われた言葉の意味がわかったのか、こくりと頷く。
言葉も記憶も不自由な美しい少女を、守りたい……。
その想いにつき動かされて、皇子は少女の手を取った。
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