076 第五皇子の初恋・その3



 沖合の左手の崖の途中に岩が飛び出した場所がある。

 それを利用して高いやぐらが組まれていた。

 細長い板をてっぺんに渡したその形は飛び込み台だ。


 その高さをものともせず、その上に三人の人が立っていた。


 一人は、長身で精悍な体つきをした男だ。

 やはり半裸で、身につけているのは赤いふんどし一つ。

 しかし、他の男たちに比べると、肌は赤銅色というほどにまでは焼けていない。


 男は自分の前に二人の子どもを立たせていた。

 二人の背丈はそろって男の胸ほどであったので、子どもだと遠目でも知れた。

 男の両手は子どもたちのそれぞれの肩の上に置かれている。


 子どもの一人の肌は黒く、後ろの男と同じく赤い褌姿だ。

 もう一人の子どもはやけに色白い。

 白い袖なしの上着にひざ丈の股割れズボンを穿いて、男たちの褌と同じ赤色の布を胴に広幅帯として巻きつけている。

 身にまとっているものが白いだけではなく、のぞき見える手足も白く細い。


……まるで、白黒の碁石を並べたようだ……

 英卓が思った時、後ろから声がした。


「あれは、もしや、白麗さまでは……」


 男が最後まで言わなかったのは、まさか、荘家のお嬢さまともあろうお人があのような格好であのようなところにという思いが、大きかったせいもある。

 そして、そのことを英卓がどのように思うかと考えると、彼の口からは続く言葉が出てこなかった。


 英卓の下で黒輝がかすかにその体を震わせた。

 頭をあげて耳がせわしなく動く。

 吹きわたる海風の中に、馬もまた白麗の気配を感じとったようだ。


 男の手が二人の子どもたちの肩から離れる。


 それを合図に、まずは白麗が跳躍して海に飛び込んだ。

 差し出した両腕に挟んだ頭から逆さまとなって、まっすぐに海に落ちていく。

 そして水しぶきをあげることなく、その体は海の中へと吸い込まれた。


 日に焼けた肌の男の子は飛び込みなれていなようで、片手で鼻をつまみとばたばたと動かす足から海面に落ちた。

 派手な水しぶきがあがる。


 それを見届けて男も飛び込んだ。

 こちらは白麗に負けず劣らずの美しい形だ。

 体の大きさと重さがあるぶん、人目を惹く。


 砂浜に立っているものたちから歓声があがった。

 そして口々に叫んでいるのは、三人のそれぞれの名前を呼んでいるのだろう。


「おお!」

 英卓とともに、騎上からこの光景を見下ろしていたものたちからも声があがった。


 その広さで海とまで例えられる江長川下流域で育ったものたちが大半だ。

 泳げない者はいない。

 それでも飛び込む三人の姿には思わず声が出た。


 英卓もまた思わず声が出る。

「麗は泳げるのか。それも魚のように……」


 しばらくぽかりぽかりと波間に浮かんでいた二つの黒い頭と一つの白い頭だったが、やがてゆっくりと砂浜目指して泳ぎ始める。

 それにつれて三人を取り囲むように浮かんでいた小舟も動き始める。


 黒輝がかすかに身を震わせ前足で地面を掻いた。

 風の中に白麗を感じ取った馬は、待ちきれなくなったのだろう。


 英卓は手綱を引き馬の首を行く道の先に戻すと、皆に言った。

「あの者たちが砂浜に泳ぎ着くころには、我々もたどり着けるだろう」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る