073 胡玉楼の青愁、英卓と想いを遂げる・その2



 その時、ぎいっと音を立てて戸が開いた。

 峰貴文が立っていた。


「青愁ちゃん、英卓ちゃんをお返しするわ」

 そして彼は振り向くと、後ろに立っていた若い男の背中を押して、青愁の部屋に押し込んだ。


 驚いて立ち上がった青愁ははしたなくも、椅子を倒してしまう。


「えっ、峰さん?

 こんな狭い散らかった部屋に、英卓さまを……」


「いいんじゃないの。

 英卓ちゃん、気に入った様子よ」

 女の部屋を物珍しそうに眺めている英卓を見て、峰貴文は言葉を続ける。

「それに男と女のあれには部屋が広かろうと狭かろうと……」


「まあ、峰さん!」


「ああ、このあたしが英卓ちゃんに振られるとは。

 面白くない夜だこと。

 そうだわ、徐平ちゃんの様子でも見てこようかしら」


「まあ、峰さん!」


 しかし彼女のその言葉は、長い黒髪をさらさらと揺らしながら廊下の向こうへと消えていく貴文の耳に届いたかどうか。






「英卓さま、お酒と料理を運ばせましょうか? 

 あっ、明日の朝早く、安陽をお立ちになるとか。

 それでは、お茶を淹れましょう」


 そう言ったあとで青愁は、すでに火鉢の火は落ちていて、その上に載った鉄瓶の湯は冷めていることに気づいた。

 慌てて火箸で灰をつついてみたが、湯をわかし直す火種は残っていない。


「ああ、お茶も飲んでいただけないとは。

 誰かに火を持ってこさせましょう」


 青愁のあわてぶりを背中で聞いていた英卓が振り返った。


「飲むべきものは飲んで、食うべきものは食っている」


「ああ、さようでございましたね」


 英卓の言葉に、青愁は冷静さを取り戻した。

 背筋を伸ばす。

 そしてその顔に、胡玉楼で身につけた最高の妖艶な笑みを浮かべた。


「英卓さま、お召し物を脱ぐお手伝いをさせてくださいな」







 青愁の手によって素裸となった英卓は寝台の上で胡坐をかいて座った。

 青愁もまた一糸まとわぬ姿になると、男に向かい合い立てた両膝を開いて男の股の上におさまった。


 男の右手が彼女の胸の重さを量っていた。


「中心に一粒の豆を載せたつきたての餅だな。

 気に入った」


 男は満足げな声で言った。

 そして青愁の耳に息を吹き込んで言う。

「おれの体の傷痕など見たくはないだろう。

 灯りを消すか?」


 女は男の額にかかった前髪を払い、その顔を両手で挟む。


「いいえ、あたしは英卓さまのすべてを見たい」


 男の額から頬へと傷跡にそって這わせた唇を、男のそれに重ねる。

 初めは小鳥がついばむように、そして母の乳房を無心に吸う赤子のように。

 その動きに彼女の想いのすべてを込めた。


 しかし英卓の舌を誘うために口を開いた時、男の顔がつっと逸らされた。


 男の横にはべっただけで、彼女はその男の品性がわかる。

 そして抱き合えば、その客が自分の体だけを求めているのか、それとも心も欲しがっているのかもわかる。


……英卓さまには想い人がいらっしゃる……


 青愁は男の顔から手を離した。

 そしておもむろに背中を反らせるだけ反らす。

 二つの豊かな白い乳房が、これから始まるであろう男の愛撫への期待に揺れた。


 






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