034 峰 貴文、女装の戯作者登場・3


 峰貴文は言葉を続けた。

  

「でも、白麗ちゃんの行方が知れないということに、なぜ、このあたしが興味を持ったかとか、胸の大きいうちの青愁をどうやって英卓ちゃんに近づけたかとか、そのことにこの蘇悦ちゃんがどう絡んでいるかとかは、長い話になるので、いまは後回しよ。

 白麗ちゃんが無事に戻ってきた時に、きちんとお話しするわ。

 いまはそんなことよりも……」


 そこらの女より美しく化粧を施した彼の顔から、一瞬、軟弱な表情が消える。


「白麗ちゃんのことを心配しなくてはね。

 言葉の不自由な白麗ちゃんが、悪い男どもに囲まれて、どんなに怖い思いをしているかと思うと、いたたまれないわ。

 早く助け出してあげないと……」


 白麗のいまの状況を想像はしても、居並ぶ荘新家のものたちは誰もそれを口に出すことはなかった。白麗を可愛がっていた英卓の、そして関景の胸のうちを察していたからだ。

 しかしそれを、この招かれざる闖入者はいとも簡単に言ってのけた。


 英卓が止めていた息を吐く。

 顔色にも声色にも冷静さを保ち続けていた英卓だったが、吐く息の音までは騙せない。


 気色ばんだ関景が膝をにじらせて、かすかに前に詰め寄る。


 お嬢ちゃんが言葉が不自由なことを、この女のような男は知っているのか。

 お嬢ちゃんとこの荘新家について、いったいどこまで知っているというのか。


 しかし、峰貴文は英卓と関景の胸の内など気づいてもいない様子で、話し続ける。それは、話すというよりも、頭の中に浮かぶ言葉を声に出して語るという感じだ。


「身代金目的のかどわかしか、他国へ売るつもりなのか。

 幸いと言ってはなんなのだけど、峰家の生業なりわい上、かどわかされた女たちのことには、あたしは詳しいのよね。

 あっ、かどわかすほうではなくて、そういう女たちを買うほうね。

 じゃの道はへびってことかしら。もうすぐ、隣国の呉建国の人買い集団が、この安陽にやってくるという噂もあることだし……」


 やがて、彼は静かにその右手を上げた。

 胸の前で、女のように細く長く白い指が筆を持つ形に曲げられる。

 そして、まるで宙に浮かぶ見えない紙に字を書きつけるかのように、動き始めた。


 考え事をする時の癖であるらしい。

 その手の動きが止まる。

 独り言らしき言葉が漏れる。


「これだけの警護の厳しいお屋敷から、いたいけない女の子が、それも一人きりで忽然と消えるなんて。この屋敷内の何ものかが加担して、用意周到に計画されていたとしか思えないわね」


 その独り言に、英卓が答えた。


「允陶。おまえの気づいていることを、この峰さんに教えて差し上げろ」

「はっ」


 燭台の灯りの届かぬ部屋の隅で気配を殺して座っていた允陶が、その声に続いてその姿を現した。


「白麗さま付きの女中、梅鈴という女の言動に怪しいところが見受けられます。

 嬉児の言うこととも符合があっておりません」


 怒りで顔を真っ赤にした関景が怒鳴った。


「允陶、すぐにその女を連れてこい。

 二本や三本、骨が折れるほどに打ち据えれば、白状するだろう」









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