029 白麗奪還に集まった強者たち・4



 関景がひとしきり今の状況を述べ終わった。

 同時に、評議の間の戸が開いた。


「遅くなりました」


 萬姜がひれ伏していた。

 考えを纏めるために細められていた関景の目がかっと開く。


「この場に女はいらぬ。早々に立ち去れ!」


 奥座敷に白麗のご機嫌伺いに来た時の、好々爺然とした関景からは想像できない、冷たく厳しい声だった。

 しかし、深くひれ伏した萬姜もまた動こうとはしない。


「まあ、爺さま、そう無下に追い返さなくてもよいではないか。

 萬姜もそれなりの覚悟があるのだろう。

 いたければ、部屋の隅にでも座っておれ」


 珍しく英卓が関景の言葉をさえぎった。

 奥座敷の女たちに対しては、手酷いからかいか人を食った冗談しか言わない英卓が、一瞬、険悪な空気が流れたこの場をとりなした。

 しかし彼は言葉を続ける。


「ただし、萬姜よ。何も喋るな。

 そして、ひぃっとでもきぃっとでも悲鳴を上げたり泣いたりすれば、その襟首を掴んで、即刻、部屋の外に放り出す」


 英卓の言葉に、萬姜は伏せていた顔をあげた。

 思いつめた表情で、彼女は無言の返事をかえす。

 




 身代金目的のかどわかしか。人買いの手によるかどわかしか。

 それとも、遠く西国から、三年をかけて追ってきたものたちがいたのか。

 いずれにせよ、屋敷の中を探しているものたちと街中に散っていったものたちの報告を、座して待つしかない。


 二度三度と屋敷内を探したものたちは、「お嬢さまのお姿は、どこにも見当たりません」と、皆、同じ言葉を言った。

 街に散らばったものもまた、「お嬢さまを見かけたというものは、いまだ見つかっておりません」と、虚しい言葉を残して、再び探索へと散らばっていく。


 もう誰も口を開くものはいなかった。

 評議の間に、初夏のたそがれが忍び込んでくる。しかし誰も「灯りを……」と言い出すものはいない。

 外が騒がしくなった。


 数人の足音と、侵入を押しとどめようするものとそれを振り払おうとするものの言い合う声がする。


「いま評議の最中であれば、どうか、表座敷のほうへお戻りください」

「よいのだ。事情はわかっている」


 何事かと允陶が立ち上がり戸を開けると、案内も請わず沈明宥と孫の如賢が入ってきた。そして、英卓と関景の前に座り込む。


 苦虫を噛みつぶしたような顔の関景が、さっと表情を変えた。

 彼は、何事もなかったような明るい声で言った。


「これはこれは、沈どの。

 今日は、謝征玄どのとの引き合わせ、ありがとうござった。礼も兼ねて仔細を報告に伺わねばと思ってはいたのだが、少しばかり荘家に厄介ごとがおきましてな。

 取り込み中なのだ。申し訳ない」


 これもまた沈鬱な表情をさっと消した英卓が、関景に続いてにこやかに言った。


「今日は萬姜が沈家にお邪魔したとか。お礼を申し上げます。

 しかしながら、ただいま評議の最中であれば、允陶に、表座敷に案内させましょう」


 もう、それ以上は言うなと、顔の前で大きく手を振った明宥が言った。


「英卓、いま、そのような他人行儀な言葉は聞きたくない。

 昼間に萬姜にも言ったところだ。わしはおまえの父親の荘興どのとは義兄弟の仲。となれば、英卓は我が息子、白麗は我が孫とな」


 そして、彼は後ろを振り返り、神妙に控えていた孫の如賢に言った。


「あれを皆様にお見せするのだ。

 そのほうが話は早いというもの」




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