第6話 センパイとコウハイ

私は先輩を見つめる。さしずめそれは獲物を狙う肉食獣の視線――そう、私はネコ科のハンター。栗色のくせ毛を頭の後ろに尾のように垂らし、ねーちゃんからどんぐりみたいと言われる大きな目を、獲物に標準を合わせ、細く細く絞る。獲物は絹みたいに滑らかな黒髪を背中まで垂らして、雪みたいに白い肌をまとった、まとった、そう、黒と白でまさにシマウマな先輩(ここはうまいたとえが思いつかない)――


「白木さん、その、あんまり見つめられると描きづらいのだけど……」


「はっ!すいません!役に入り込みすぎました!」


役?と先輩が呟くので脳内の肉食獣ごっこを説明した。先輩はふむふむと真剣に耳を傾けてくれる。どうもねーちゃんやクラスメートに言わせると私は天然もののお馬鹿らしく、こうした妄想を話すと心底蔑むような目で見られるが、先輩は別である。どんな話にも、真剣に耳を傾けてくれる先輩が好きだ。


「なるほど。私はシマウマなのね。でも白木さん、私はシマウマほど足は速くないですよ?草も食べませんし」


真剣な顔でそういう先輩は、優しさというよりももしかしたら天然さから私に付き合ってくれているのかもしれないと少し思った。


「まあ私も牙とかありませんし。肉よりもケーキが好きですし」


「確かに白木さんはライオンというよりも子猫ちゃんですね」


そういって先輩はくすくすと笑う。


先輩はよく笑うようになった。あれから私が毎日のように先輩のところに通うようになってから一か月が過ぎた。最初は天気の話から会話が進まず、表情も無表情か困ったような顔の二つしかなかった先輩も、最近ではこうして他愛のない会話で笑ってくれる。前にそれを指摘したら、こんなにも一人の人と長くいたことはないですからと、嬉しそうな、それでもやっぱり寂しそうな顔をさせてしまった。


先輩はまだ不器用なままだ。きっと学校で私以外に話す人はいないし、自分の態度は他人を不快にさせるからと人とのかかわりを自分から絶っている。


先輩は自分が嫌いだ。でも私はそんな先輩が嫌い。


私は先輩のいいところをこの一か月でたくさん知った。先輩は相手の感情を読むことが苦手だし、自分の感情を伝えることが苦手だ。空気も読めない。でも先輩はとてもきれいな絵を描く。難しい本をたくさん読んでいて、私の知らない綺麗な表現を教えてくれる。私の心を読んではくれないけれど、私が楽しいと言えば一緒に笑ってくれる。悲しいと言えば、自分まで泣きそうな顔をして、あの日みたいにぎゅってしてくれる。先輩は他人の感情がくみ取れない。それでも、誰より優しく気持ちに寄り添ってくれる。


私はそんな先輩のやさしさが好きだ。私の好きなものを、いくら自分のことだからって、嫌いだなんて死んでも言ってほしくない。


それを伝えると先輩は困ったように笑う。いくら私が先輩を褒めたって、先輩は自分の価値に気付いてくれない。悔しいなって思う。


いつか先輩に認めさせてやる。何回だって、何百回だって、先輩が自分のことを好きになるように、先輩のそばで繰り返してやる。


「それまでそばにいますからね。ぶきよーせんぱい」


何か言いました?と振り返る先輩に、なんでもないですよとあっかんべーをした。


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