第5話 不器用センパイ

情けない。というか恥ずかしい。顔から火が出るくらい。


先輩はまだおろおろと私を見ている。それはそうだろう。謝罪に来た相手が突然逆上し、あろうことか泣き始めたのだ。

 

「もう大丈夫です」

 

 袖で何度も目元をぬぐって先輩から離れる。離れた瞬間に先輩からいい匂いが香って顔が赤くなる。ほとんど初対面の、ひどいことした相手の胸元で泣くって私は何をしてるんだろう。


「先輩のせいで泣いたわけじゃないし」


そういうと先輩は少しだけほっとした顔をする。こうして近くで見ると、あまり表情を変えないように見えて小さな変化があることがよくわかった。


「さっきも言いましたけど、悪いのは私なんで。謝らせてください」


先輩が何か言いそうだったので、慌てて手提げバックからメロンパンを取り出して押し付ける。


「室町屋のメロンパンです!これ、朝六時過ぎに並んでないと買えないんですよ!」


どや!っと私は胸を張る。室町屋のメロンパンはこの辺で知らない人がいないほどの逸品である。朝寝坊常習犯の私はもちろん食べたことも見たこともない幻の品である。


先輩は渡されたメロンパンを見ながら不思議そうにしている。あれ?嬉しくないのだろうか。そんな馬鹿な。室町屋のメロンパンだぞ。


「先輩、もったいないのは分かりますけどがぶっといっちゃってください。がぶっと」


「これって買い食いにはならないのかしら」


 ずっこけそうになった。やっぱり少しずれた人なのだ。


「私が買ってきたやつだしだいじょうぶじゃないですか?」


先輩はまだ疑わしげだったけど、意を決したようにして包みを開く。そこから出てきたのは魅惑的な薄緑。ボリューミーなそれを、反対にとても小さな先輩の唇がほんの少しだけかじった。


「……おいしい」


先輩が喜んでよかった!と思う反面、私の目はメロンパンに吸い寄せられていく。朝五時半に起きて並びにいかなくてはならない幻のメロンパン。おそらく私の人生で出会うことはもう二度とないだろう。せめて目に焼き付けておきたい。


じーっと凝視していると、先輩もこちらを見つめているのに気付いた。


「はっ!な、なんすか⁉」


「ごめんなさい。あなた、名前は?」


「白木伊織です」


なんでそんなことを聞くのだろうと思いながら答えると、先輩が私にメロンパンを差し出してきた。


「白木さん……って呼んでもいい?よかったら一口どう?」


「いや、で、でもこれはお詫びの品ですから!食べたいか食べたくないかで言ったらめちゃめちゃ食べたいですけど、お詫びの品ですから!」


必死に誘惑に打ち勝とうとするも私は敗れた。恐るべし室町屋のメロンパン。


その後、何度も何度も絵のことを先輩に謝って、先輩がもう帰らなくちゃいけないからという時間まで謝り続けた。



「室町屋のメロンパン、美味しかったなあ」


いやそうじゃないだろ!と自分に突っ込みを入れる。私は今日先輩にきちんと謝れただろうか。ベッドの上で振り返る。


①よくわかんないまま切れて泣いて、先輩になぐさめてもらう。

②先輩にあげたメロンパンを半分以上もらう。美味しかった。


「まじかよ私」


自分で少し引いてしまった。たまにねーちゃんが怒るでも呆れるでもなくいたたまれない目で私を見る理由が少しわかってしまった。

 

「またいかなきゃな。先輩のとこ」


先輩のさびしそうな顔を思い出す。先輩は凄く凄く不器用だから、まだどこかで人から疎まれるのは自分のせいだと思っている。今回のことも、私より自分に責任があるんだって思ってる。なぜだかわからないけれど、あんな先輩の顔はもう絶対にみたくない。


「不器用すぎだよ。ぶきよーせんぱい」


そうつぶやくと、ふいに先輩の胸で感じた甘いにおいと温かさ、柔らかな感触が戻ってきた。胸がどきどきして、もどかしくて、私はタオルケットをぎゅーっと強く抱いて目をつむった。


 


 


 

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