「ったーぁいぃ。マジ凹むんですけどぉ。たんこぶになってたら、せんせー、どうしてくれんのよーぉっ!」

「いいから、とっとと剣を振れっ!」

 抗議の声を上げるジゼルを今度は許すことなく、おれはジゼルに剣を振らせていた。彼女はまだ不満げに頬を膨らませているものの、俺の指示した形通りの剣技を繰り出していく。そして、その一挙手一投足は、早かった。ジゼルの振るう切っ先は、おれの眼でも捉え辛い。しかし風切り音は決して短刀のものではなく、それでいて音は彼女の斬撃が確かに空気中を走駆している確かな証だった。

 果たして、おれに抱え上げられるような、そして楯の自重で動けなくなるほど非力なジゼルが、これほどまでの剣技を放てるものだろうか? 無論それにはカラクリがある。彼女が手にしている剣は、軽いのだ。

 つまり、ジゼルの得物は、レイピアだった。

「ふっ! はぁっ!」

 ジゼルの金髪が揺れる様な軽やかさで、彼女が操るレイピアの刺突が繰り出される。普通の剣も、槍も、弓も、楯も、そして馬もジゼルは自在に操れない。ならば身の丈に合った、自分が操れる範囲のもので結果を出せばいいだけの話。単純明快で、バカみたいに剣を振るだけでよかった傭兵時代には、普通にあり得た考え方だ。

 しかし、モンナティ騎士養成学校ではあまり馴染みのない考え方なのだろう。レイピアを教えれるセンコーは、おれしかいなかったのだ。最も、おれがレイピアを使えるのは、昔女のケツを追い回すという、非常に邪な考えの成果なのだが。

 まぁ、それも今にして思えば、若干恥ずかしさの残る思い出だ。ガキだったおれが大人と張り合うには、身の丈に合った戦い方が必要だったという、つまり、力がなかったが故に生み出した、苦肉の策。まーさか、それがこんな形で日の目を見るとは、本当に人生、何が起こるかわからないものだ。

「せんせー、ひととーり形稽古終わったよーぉ!」

「……じゃあ、ちょっくら実践でもしてみるか」

 レイピアを教えれるのがおれだけならば、レイピアの刺突を全て受けきれるのもおれだけだ。ジゼルは嫌そうな顔をしているが、実践をこなすのは、彼女の人生の得にはなれど、損にはならない。なるはずがない。力が全てのこの世界で、自らの強さを磨ける機会があるのなら、全力で磨き上げ、磨き切るべきなのだ。

 おれが木剣を抜くと、ジゼルはおれが教えた通りにこちらへ半身で構える。相手に見せる面積を小さくすることで、自分の被弾する可能性を下げるのだ。攻撃手段がほぼ刺突しかないレイピアは、如何に早く相手を攻撃し、そして相手に攻撃されないかが重要となる。

「いつでもいいぞ」

 言い終える前に、ジゼルの姿が霞に消える。おれの眼球、鎧の隙間を狙った右肩、そして腹部を正確に射抜く三連突き。だがそれを、おれは余裕を持った剣捌きで退けた。

「目線が狙った所を見過ぎてる。フェイントを入れろって言っただろ? フェイントを」

「っ! わ、わかってるしーぃっ!」

 今までのやり取りとは一転、本気で悔しそうなジゼルが、歯噛みしながらおれに向かって躍りかかる。軽さが欠点であり、そこを利点としたジゼルの攻撃は、当然早い。だが、針の穴を通す様な攻撃も、おれにはそよ風にしか感じられなかった。

「い、いつも思うんだけど、何でそんなにへーぜんと捌けるわけーぇっ!」

「お前が単純過ぎんだよ」

 たまには反撃を混ぜた方がいいだろうと思ったので、ジゼルの切っ先に合わせておれも木剣を合わせる。巻き込むように剣を動かすと、軽いが故にジゼルの体は面白いようにおれの意図した方向へと逸れた。慌てるジゼルへ、かなり手加減した斬撃を打ち込む。強かに打ち付けたそれから、ジゼルが身に纏う鎧の感触が返って来た。

「はい死んだー」

「ムカつくしーぃっ!」

 手加減されているのがわかっているのだろう。それに苛立ったジゼルが攻撃を繰り出すが、無駄だ。ただでさえ体重が軽いのに、踏み込みが甘い攻撃が、おれに通るわけがない。それをわからせるように、今まで以上に強くジゼルのレイピアを薙ぐ。

「くっ! っていうか、何でそんなにへーぜんと返せるわけぇ! あたし、真剣なのにーぃっ!」

「仕方ねーだろ。レイピアを使うのお前だけなんだから。わざわざ木剣作ってもらうのも悪いだろ」

 だからジゼルの使っているレイピアは、おれが昔ガキだった頃に使っていたものだ。相手が真剣だったとしても、木剣で戦う方法なんて、打ち合おう手段なんて、無数にある。

「特にお前は、目線や気配がわかりやすいからな」

 そう言って足払いをすると、ジゼルは盛大にすっ転んだ。闘技場の砂煙が、土煙が、黒煙が舞う。その中から、砂に、土に、石にまみれたジゼルが膝をついていた。僅かに膝から血を流し、彼女はそれでも嬉しそうにおれの方へ、弾けた様な笑みを浮かべている。

「やっぱ、凄いよ、せんせーは。せんせーなら、せんせーだけが、あたしの事、わかってくれてる。あたし、いっしょーついてくよ? せんせーっ!」

 それが信じられないから、こいつ(ケヴィン)は一歩、踏み出せないのだ。

 身も心も、それこそ髪の先から爪の先まで捧げるような彼女の想いを、素直に受け入れられないのだ。

 ジゼルに全てを捧げ、盲信の如き、妄信の如き、そして猛進する彼女を、信じる、信じ切る事が出来ないのだ。

 それはつまり、言葉にするなら簡単で、ただ単純に、腹が決まっていないだけ。ただ、それだけだ。そしてその腹を決めるために必要なな鍵は、きっとあの違和感にある。それが明らかになれば、こいつ(ケヴィン)は、お隣の美少女(ジゼル)を、信じる事が出来るのだ。

 何故惚れているのか(Why done it)を解く鍵は、必ず人の中にある。それは、何故(why)は人の中からしか生まれないからだ。

 Who done itは犯人を探り当てる、人そのものに着目している。

 How done itは犯行のトリック、手法に着目している。

 Why done itは、犯人の気持ち、人の想いに着目している。

 そう、MDEのWhy done it担当である俺は、人の想いを探り当てるのだ。

 さぁ、前提条件を整理しよう。

 美少女(ジゼル)はおれ(ケヴィン)に惚れている。それは神様が確定済みだ。そうじゃなきゃ、俺はこの異世界に転生していない。だから、誰が惚れているのか(Who done it)は既に解かれている。

 美少女(ジゼル)はおれ(ケヴィン)を自分の理解者だと信じ切っている。それはもうジゼルは隠しもしてやしない。この世界に転生して来て、俺もおれとして経験済み。だから、どう惚れているのか(How done it)も既に明らかだ。

 ならば、残るはあと一つ。

 何だ、今までと同じじゃないか。俺が生きていた時に、散々MDEでやって来た事じゃないか。

 つまり、最後の一つ。何故惚れているのか(Why done it)を俺が解けば、これで事件は解決だ。ここでそれを外す様なら、MDEの他の二人に笑われてしまう。

 さぁ、探れ探れ、潜れ潜れ。俺はもっと、おれ(ケヴィン)の記憶を穿り起こせ。美少女(ジゼル)がおれ(ケヴィン)に惚れている事が確定しているのなら、理解者だと信じてくれているのなら、その動機、何故(Why)は必ずおれの中に、自分の行動の中にあるはずだ。

 人と人が交わらなければ、何故という想いは生まれない。

 だから潜れよ探れよ俺! ケヴィンとジゼルが、一番近づいた時のことを、二人が一番強く交わった時のことを思い出せっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る