その部屋の扉を、三度叩く。やがて扉の向こうから、その部屋の主の声が聞こえて来た。

「どちら様?」

「先輩? 僕です」

「ちょっと待ちたまえっ!」

 部屋の中から、凄まじい轟音が聞こえてくる。まるで、五属性の魔法をフルに使って、部屋の掃除を全力でしているかのようだ。だが、それはこの部屋の主に限ってあり得ない事だろう。

 何せ彼女は、マーケズィ魔法学園設立して以来の才女。グローリア・チャンドラーなのだから。

「……待たせたね、フリード」

 暫くして、若干息切れした先輩が、僕を出迎えてくれる。少しだけ乱れた髪をかき上げる様に、先輩が綺麗な髪を振った。窓から差す夕日が、先輩の髪色と重なり、美しい。暖かい日が差し込んだ部屋は、僕の簡素な部屋とは違い、なんというか、気品に溢れている。

 部屋に据えられた調度品の一つ一つが、豪華なのだ。机の縁に彩られている模様は、全て金で描かれている。その上に鎮座している馬のガラス細工も、名のある魔法使いが作り出したものに違いない。部屋の天井、中央に設置された照明に至っては、もはやどう作られているのか想像すらできない。天から降り注ぐ太陽の恵みを表しているようでもあり、逆に天に向かって神々へ祈りを捧げている殉教者の様にも見える。

 しかし、嫌味があるような豪華絢爛さはない。それはきっと、部屋の中にある種の乙女らしさと言うか、先輩、ベッドに淡いピンク色使うんですね。しかも枕カバーは花柄だ。想像していたよりも可愛らしい内装に、僕の口は、自然に笑みの形になる。

「な、何かおかしい所でも?」

「いいえ、可愛らしいな、って」

「か、かわっ!」

 何だろう。自分の気持ちに決心がついたからか、いつも先輩に弄ばれるような会話も、主導権を握れている。

 先輩は赤面しながら咳ばらいをすると、改めて僕の方を見つめ直す。

「それで、キミから訪ねてくれるなんて珍しいじゃないか」

「ダメでしたか?」

「そんなわけがない! 大歓迎だともっ!」

「そ、そうですか……」

 そこまで食い気味に言われると、若干僕も引いてしまう。しかし、僕もここで引く様な覚悟で、今ここに来ているわけではない。

「先輩。先輩は僕と最初にあった時の事、覚えてますか?」

「無論だ」

「……先輩、だったんですね。課外授業で、僕の不始末をどうにかしてくれたの」

「あれはキミの責任ではないよ。それより、ようやく気付いたのかね?」

 呆れたようにそう言われるが、僕には僕の言い分がある。

「し、しょうがないじゃないですか! あの時僕は、目が見えなかったわけですし、声だって、今の先輩は、あの時よりもずっと優しいですし……」

「そ、そうかね……」

「そうですよ。もっと、普通に言ってくれればよかったのに……」

「う、うむ。次は、気を付けよう」

 いや、次にまた同じような目に合うのは、流石に僕としては勘弁して欲しい。

 それに、弱音を吐けるような、甘えてもいい存在の重要性は、もうあの一件で先輩も認識してくれただろう。そんな存在を、先輩は求めた。

 そして光栄な事に、僕はそれに選ばれたのだ。これが、彼女が僕を好きな理由。何故惚れているのか(Why done it)の答えは、僕と彼女の、先輩との出会いに答えがあったのだ。

「……僕は、ずっと不思議だったんです。何で先輩が、僕なんかをかまってくれるのか」

「だから、キミはそんな自分を卑下するような存在では――」

「いいえ、卑下します! 先輩は、先輩は、ずるいですっ!」

「わ、私が?」

 目を白黒させる先輩を、僕は真正面から睨み付ける。睨み付けるために、見上げなければならない身長差も腹立たしい。

「先輩は、僕にないものを全部持ってます! 背が高いのもカッコいい! 魔法も使いこなして、その上五属性使えるなんて、チート過ぎるにもほどがあるでしょうっ!」

「いや、魔法はキミも――」

「僕だって、もう少し身長があれば、先輩をお姫様抱っこ出来るのに!」

「お、おひっ!」

「何なんですか、何なんですか先輩はっ!」

 激情に任せて、僕は先輩の方へと大股で進んでいく。僕の迫力に気圧された様に先輩は後ろに下がっていき、ついにベッドの縁にぶつかって、そのままベッドへと倒れこんだ。それでも、僕の足は止まらない。

「僕は、自分の顔が嫌いです! 童顔だし、周りからは舐められるし、生まれるなら先輩みたいな男に生まれたかったです!」

「そ、それは女性の私的に複雑だが、私はキミの顔は、その、悪くはないと――」

「僕も、先輩みたいに魔法を使いまくれるようになりたかったです!」

「だから、キミの魔法は――」

「でも、好きです!」

「……へ?」

 口を半開きに、ベッドに倒れたから、そこでようやくこちらを見上げる形になった先輩を、僕は力強く見下ろした。

「僕じゃ、釣り合わないってずっと思ってました! 落ちこぼれの僕じゃダメだって、ひ弱な僕じゃ、先輩とは一緒に居れないって」

 言いながら、涙で目が滲んでくる。何だろう。本当に、何なんだ、これは。何が悲しくて、劣等感を好きな人の前で爆発させないといけないのだ。

「でも、仕方ないじゃないですか……」

 そう、仕方がないのだ。

 だって――

「好きに、なっちゃったんですからぁ……」

 ああ、もう、涙がこぼれて、鼻水が流れて、カッコ悪い。こんなの、こんな男、全然先輩には相応しくない。先輩の隣にいるべきなのは、もっと僕より百倍大人っぽくて、もっと知的で、魔法に長けている人なのだ。

 でも、仕方がないじゃないか。

 だって、好きなんだから。

 好きだから、足りないと思っているから、なおさら僕は、もう自分をさらけ出す事しか、出来ないのだ。

 僕は涙声になりながら、鼻水を啜りながら、目から流れる雫を拭いながら、僕の全てをぶちまける。

「しゅ、しゅきなんです、しぇんぱぃ。ぼ、僕じゃ、ひっく、僕じゃ、先輩の、先輩の、足元にも及ば、及ばな、ひっく、及ばな、いですけど。でも、でも、じぇったい、じぇったいに、ひっく、おい、追いついて、ひっく、追いついて、みせますからぁ」

 ああ、本当にカッコ悪い。でも、知るか。きっとこんな滅茶苦茶な告白されても、先輩も迷惑だろう。でも、知るか。知ってたまるか、そんなもん! だって、だって僕は――

「僕は、傍にいるだけじゃなくて、先輩の、しぇんぱいの弱さを受け止めれるような男に、甘えてもらえるような、ように、なりましゅからぁっ!」

 だらか。

「グロにゃんっ!」

「ぐはっ!」

「僕と、僕と付――」

 そこで俺は、僕(フリード)の意識から分離していく。幽体離脱をしている様な、全身金縛りなんだけれども自分を見下ろしている様な、この次の異世界に転生する感覚も、未だ俺は慣れていない。

 この状態になったという事は、俺がこの世界で出来る役割、フリードの背中を蹴飛ばす役割は、全う出来たという事だろう。

 いやぁ、しかし、途中からはフリードの意識をほぼ優先していたが、まさかあんな形で告白するとは思わなかった。

 それに、グロにゃんねぇ。グローリア、念願叶ってそう呼ばれた時、鼻血吹いてたけど、大丈夫かな?

 ま、それはもう、俺が気にする事ではないか。俺の役割は、あくまで何故惚れているのか(Why done it)を導き出し、その背中を押してやる事だけだ。

 さぁ、次の転生先は、一体どんな男女が、互いに一歩踏み出せない関係なのかね。

 そう思ったのも束の間。俺の意識はあっという間に薄れていき、そして――

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