アクアリウムの少女

めそ

アクアリウムの少女

 私の金魚鉢には、金魚ではなく少女がいた。

 髪や衣服に似たヒダで赤と黄色に彩られた、金魚のような少女。

 私の手と同じくらいの少女がいつからそこにいたのか母に聞いてみると、私が産まれたお祝いに祖父母が買ってきてくれたのだという。

 少女に名前はない。もしかしたら、母や父がいう「金魚ちゃん」が彼女の名前なのかもしれないが、幼い私にはよくわからなかった。

 少女はいつも大きめの石に腰掛け、ぼうっとどこかを見ていたり、ガラス越しに覗き込む私を見つめ返したり、うつらうつらと舟を漕いでいたりしている。

 眠っている時に鉢の側面を指で叩くと、少女はとても嫌そうな顔で私を見る。

 起きている時に鉢の側面に指を置くと、少女はたまにガラス越しに指に触れる。

 幼い子供のような反応が非常に可愛らしく、私はともだちと遊ぶよりも金魚鉢の少女を眺めることに夢中になっていた。


 ある日、水槽を買った。

 横幅が一メートル近くある大きな水槽で、私は図書館で魚の引っ越しについて調べ、少女を狭い金魚鉢から広い水槽に移してあげた。その時水槽に沈めた金魚鉢は少女が気に入っていたようなので、そのままにしておいた。

 水槽には金魚鉢には入らないような大きな石を置いてみたり、石で出来た簡素な作りの家や椅子をいくつもの水草と共に並べてみたりした。

 私が水に沈めたそれらを少女は気に入ってくれたようで、楽しそうな表情で椅子に座ったり家の窓から身を乗り出したりしていた。

 初め、少女は突然広がった世界に驚いていたが、今ではすっかり慣れて水草に包まってうつらうつらと揺れている。その姿は本当に可愛らしく、いつまででも眺めていられた。


 ゆらゆらと泳ぐ少女を眺めていると、不思議な気持ちになる。

 小さな金魚鉢から飛び出し、大きな石をひと蹴りして水草に囲まれた家の屋根に跳び移る。

 くるりと踊るように辺りを見回し、屋根からふわりと下りた少女は二歩三歩と歩いて椅子に座り、小さな足で砂を遊ばせながら、プクプクとポンプから立ちのぼる空気の泡を目で追う。

 お腹が空いたらゆっくりと泡を追うように上がり、少女はガラス越しではなく水面越しに私を見る。私が金魚用のエサをひと摘み落とすと、少女はそれらを腕で抱えて家の中に入り、私から隠れるようにしながらご飯を食べる。

 小動物そのものの少女はとても可愛らしく、可愛らしく、気の向くままに生きる彼女をジッと見ていると、自身も私の手と同じくらい小さな少女になったようで、いつまでも、いつまででも水槽の中を覗き込めた。



 小さな箱に住まう少女は、時折あなたを見つめ返し楽しげに笑ってみせる。

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アクアリウムの少女 めそ @me-so

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