第19話 視線を泳がせた時が俺の最期だ
そして、俺はかつてないほど穏やかに目を覚ました。
穏やかな日の光。
穏やかな温もり。
穏やかな気配。
まぶたを閉じたままでも感じ取れる、全てが穏やかな朝。
「……おはよう、アオツグ」
そして、穏やかな声が優しく呼びかけてくれる。
「……おはよう、アルル」
柔らかな感覚。
そして、ゆるりと想起される昨夜の記憶。
暗闇に怯え、ふためき、アルルに助けられた事実。思い出すだに恥ずかしい。けれど、それ以上に安らいでもいた。
結局、俺は彼女に抱き締められたまま眠ってしまったようだ。
というか、今現在も抱き締められている。
約束通り、暗闇の中でずっとそばに居てくれたのだろう。
つまりは高校生にもなって、ママに添い寝されてたってわけだ。
……本当、恥ずかしいし、情けない。
自嘲に苦笑いながら、けど、それは満更でもなかった。
やっぱり俺も、紅姫と同じく母属性に弱くて、そして、アルルは母属性だったらしい。
俺はゆるやかにまぶたを開けて……。
……で、視界に飛び込んできた光景にフリーズした。
「…………」
布団の中、目の前で添い寝しているアルル。
それはわかっている。
問題は、その彼女の姿だ。
差し込む朝日に照らされた輝くばかりの白い裸身。
そう、裸だ。
何も着てない。
傾けたうなじも、意外に
真っ裸だ。
こないだの紅姫と同じだ。
否、恥じらいゼロの原始人と違って、目の前のアルルは艶やかに
「どうした? 朝から母の顔を熱く見つめて……」
「…………」
ちゃうねん。顔を凝視しとらんと、視線がいらんとこに泳ぎそうであかんねん。
「……アルルさん、何で服着てないんですか?」
俺は叫びたい衝動を必死に抑えつつ、務めて冷静に問い質した。
「……? ああ、だって、昨夜はお風呂から出たところだったから」
そういえば、そうだったか?
じゃあ、仕方ない。そこを責めるのは理不尽だし、お門違いだ。
「……けど、だったら何で今もなお全裸?」
「貴方がずっと抱きついていたからだろう。振り解いて起きるわけにはいかなかった」
まったく仕方のない甘えん坊だ……と、肩をすくめて微笑むアルル。
いやいや、そこは普通に振り解いていいし、振り解いて服を着るべきところだろう!
……と、心の中で叫んだ抗議は言葉になる前に掻き消えた。
アルルさんが普通に半身を起こしてしまわれたからだ。
一応、毛布で隠しながらではあるが、それでも尻とか太腿とか、揺れるデカい胸とか……他にも色々とケシカランところを至近で目の当たりにしてしまった。
「日曜だから、今日も学校は休みなのだろう? なら、朝食の準備はゆっくりで良いな。何が食べたい? アオツグ」
毛布を胸元に当てながらも、前のめりになって問いかけてくる。
「……とりあえず、服を着てくれ……」
青い瞳をとにかく真っ直ぐに見つめながら、俺はどうにか呻きをしぼり出したのだった。
※
これは、後から電話で聞いた話である。
前夜に起きた大規模な停電。
火尾木村を含む誌訪町の広範囲を巻き込んだその原因は、変電所の設備機器不具合であり、それ自体は朝には復旧した。
しかし、その停電に乗じて窃盗被害があったようなのだ。
被害にあったのは繁華街にあるフレンチのレストラン。裏口の扉を破壊して侵入し、レジを壊されて金が奪われたという窃盗のスタンダードみたいな事件。
セキュリティーが作動したが、停電の影響で警備会社の対応が遅れ、駆けつけた時にはすでに遅しという状況。非常バッテリー式の監視カメラも玄関口にしか設置されておらず、手掛かりゼロだったそうで……。
問題は、裏口とレジの破損状況だった。
複数箇所に撃ち込まれた切断痕。破断面から刀剣の類であることが判明したそうだ。
つまり、この泥棒さんはハンマーでも電ノコでもバーナーでもなく、刀剣で斬りつけてコトに及んでいると、そういうことらしい。
どう考えても非効率な手段だと思うんだが────。
まあ、とりあえずは……だ。
「アルドリエルにはアリバイがあるぞ。昨夜、停電した時には俺と一緒にいたからな」
何をしていたかは訊かないでください。
俺の毅然とした返答に、電話越しの戌亥刑事は溜め息で応じた。
『そうか、だが、身内の証言は証拠能力が低い。何か他には?』
ここで〝アルルは身内じゃない〟とは、もう言えない。
さて、他に何かあるかと言われても、アリバイになるような事実はないのだが、そもそも〝刀剣=コスプレ騎士〟の連想でしかない容疑だ。現にあの剣は模造刀だったんだしな。
その辺は当の戌亥刑事も承知のこと。
どちらかと言えば、警告と、あくまで念のための確認なのだろう。
確かに可能性だけの話なら、アルルに関わる何者か……騎士装備姿の変人さんがウロついているという説も、まあ、ないとは言えない。
『……ともかく、何かあったら、もしくは思い出したら連絡しろ。それではな』
いつも通りに事務的に淡々と告げて、戌亥刑事は通話を切った。
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