第13話 正義の味方はもういない
〝
主に籠城事件などが起きた時に、犯人と交渉して説得を試みるあれだ。映画とかで見たことがある人は多いだろう。
実在するし、日本にもちゃんと居る職業だ。が、いずれにせよ国内外ともに専門知識を身につけた警察官が担うものだ。
それとは別に、企業取引などで相手方と交渉を受け持つ外交員も便宜上〝
それらの二例を踏まえた上で語らせてもらえば、
俺の父、深空白斗の肩書きは〝
けど、警察官ではない。民間だ。
そして、交渉を専門に行う者であり、主に二者間の争いを沈静化するために仲介人を務めるのが仕事だった。
つまり、前述の二例の内のどちらにも重なりながら、どちらでもない。
非公式で非合法なモグリの交渉人。組織間抗争や、犯罪取り引き、表沙汰にできない人質交渉などを引き受けるアウトロー……要するに〝裏社会の交渉人〟だ。
実際そういう役割を担う者は、世界的に見ればそれなりに多いらしい。が、親父のようにそれを専門にしている者は珍しい。
何より特異なのは、親父の
深空白斗は、世界の平和とみんなの平穏のために、非合法な交渉を担い続けていたのだ。
正直、理解に苦しむ信条だ。
紛争地帯のゲリラ的テロに巻き込まれた現地民を救うため、民兵やテロ集団と交渉……これは、わかる。
マフィア組織が対立し、今にも抗争勃発って状況を、水面下で交渉し手打ちにする……これも、まあギリわかる。
だが、大規模な麻薬取引を円滑に済ませたり、犯罪組織の足抜けや内部告発を試みる者を交渉で説得して思い留まらせることを、世界の平和とみんなの平穏のためと称するのはどういうことだ?
〝……なあ碧継。人は平等だが、同一ではない。意思の衝突。思想の食い違い。それは当然に起きることで、そしてそれらには流血を伴うことが多い。僕はね、それを防ぎたいんだ。どんな場所、どんな立場の人間であれ、傷つき血を流すことを赦したくない……〟
なるほど、御立派だ。
犯罪者であれ何であれ、命は平等。守るべき者。人類みな家族、ラブアンドピースってわけだ。
それで? 犠牲なく無事に流通経路に流れた麻薬でどれだけの命が傷つくんですかね?
無血の裏取引で潤った財源で、どれだけの真っ当な労働者や企業人たちが損をするんです?
内部で殺し合うことなく無事に存続した犯罪組織やテロ集団が、その先の活動でどれだけの命を喰い散らすんでしょうか?
目の前の争いを防ぎ、目の前で傷つく人を救う。
それは字面だけ見れば御立派なことだ。
そうして目の前の命だけを助けて……〝ああ、誰も血を流さずに済んだんだ〟と安堵する。
そのせいで、そこにいない者たちが、どれほど血を流すのかは理解できていないのだろう。そうじゃなければ、そんな寝言は宣えない。
もちろん、その愚行の過程で救われた人もいる。守られた人もいる。
賢勇の家族……前田組の人たちは今でも恩義に報いてる。
火尾木村の老人たちは、感謝をもって深空家の人間を受け入れてくれている。
だが、それこそほんの一部の話だ。
世間の多くは、あの最悪の詐欺師を怨み、憎み、軽蔑している。もちろん、それが当然だ。
深空白斗。
寝ぼけた理想を無邪気に追い回す、正義の味方を気取った狂人。
それが俺の親父だ。
そんな狂人が、正義の志のもとにヤラカシた二年前の事件。
主に裏社会や国外で暴れていたせいで、日本ではあまり知られていなかったあのバカを、一気に全国規模で有名にした愚行。否、あれはもう奇行と呼べる大ボケの大罪。
誌訪町の某デパートビルで起きた人質籠城事件。
たまたま現場に居合わせた深空白斗は、果敢に犯人説得を試みた。
誰に頼まれたわけでもなく、
自らの信条と理念のままに、
犯人に投降を促し、人質の解放を申し出た。
結果、逆上した犯人は三人の人質を全員殺害。
深空白斗を盾にして逃亡を試み、ビル外に出る。
銃で武装した犯人を、警察官がやむなく射撃しようとしたのだが、それを深空白斗が妨害。結果、狙いの逸れた銃弾は運悪く別の警察官に命中して即死。
混乱の中で犯人はなおも抵抗を続け、結局はさらに別の警察官によって射殺された。
本当、お見事すぎて言葉もない。
なるほどな、深空白斗さんは確かに何も悪いことはしていない。
目の前にいる全員を守ろうとしただけだ。
人質も、犯人も、平等に守ろうとして……。
余計な人たちを巻き込んだ果てに、自分だけが生き延びた。
この件で深空白斗は法的な罪を犯してはいない。強いて言えば公務執行妨害だが、ギリギリ緊急避難が適用されそうだった。警察官の射撃が白斗に当たる可能性を考慮されたのだ。
が、世間はそれでは納得しない。
この事件を期に、深空白斗の経歴が表沙汰になったものだから、なおのことに世論は盛り上がった。
極めつけは、深空白斗の失踪。
逃げ出した。
そうとしか見えない行動。
実際にはどうだったのかはわからない。やむにやまれぬ事情があったのかも知れない。
それでも、アイツが
世間の矛先は、当たり前のように残された俺たちに向いた。
外道の血縁者だからといって責められる謂われはない。
それが道理であり、倫理だ。
多くもそう口にする。
そう口にしながら、影で拳を振り上げる。
関係者たちはヤリ場を失った怒りをぶつけ、関係ないヤツは顔を隠して匿名で
本当に、世の中は世知辛くて生きヅライ。
あれからの二年、本当に苦労した。
前田組の人たちに頭を下げて協力してもらい、どうにか世間の矛先を俺に集中させることには成功した。紅姫は〝イカれた叔父と不良の従兄を持った被害者〟……そういう認識に誘導している。
おかげで、村外では親しく接することができないが、その程度は安いものだ。紅姫は大いに不満なようだが、こればかりは仕方ない。
できれば別の土地に移し、別の学校に通わせたかったが、そこは紅姫が譲らなかった。
まあ、何かあった時には近くに居た方が守り易いのは確かだ。この土地なら、俺も色々と融通が利くからな。
それらの裏工作に約半年。
世間の興味が薄れるのにさらに一年以上。
そして、ようやく沈静化し始めた気配を感じ始めた頃合いで現れた、あの金髪女騎士モドキ……アルドリエル。
あるいは、彼女は何も悪くないのかも知れないけれど……。
悪気がなければ良いというわけもない。
それは、他ならぬ深空白斗が世界に知らしめた真理なのだった。
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