第12話 家族ですから……
食事を終えた後、俺は玄蔵伯父さんに連絡を取った。
紅姫が家にきてることと、それから、遅ればせながらもアルルのことを報告する。
『……そうですか、まあ、キミがそう判断したのなら、悪い人ではないのでしょう』
電話の向こうの伯父さんは平然と納得。
高校生の甥っ子が、身元不明の女とひとつ屋根の下で住まうことをあっさり認めるかね……。まあ、玄蔵伯父さんは言葉の通り、俺を信用してくれているのだろう。
……いや、あんまり俺を信頼し過ぎるのもどうかと思うが。
いずれにせよ、玄蔵伯父さんは俺よりも遥かに長い間、クソ親父こと深空白斗の被害に直面し続けてきた人だ。
非常識事態への対応は慣れているのだろう。
どちらかというと、諦観なのかも知れないが。
『ところで、紅姫は今夜はそちらに泊まるのですか?』
「あ、ちょっと待ってください……。おい紅姫、オマエ今日はどうするんだ? 泊まるのか?」
「おう! 泊まる!」
「……だそうです」
『わかりました』
我が子の相変わらずの奔放さに、伯父さんは怒るわけもなく楽しげに。
まあ、明日は土曜だし、田舎とはいえこんな時間にひとりで帰らせるのは物騒だからな。わざわざ伯父さんに迎えにきてもらうのもアレだ。
……俺が送って行くわけにもいかないしな。
『細かい手続きは私の方でやっておきましょう。差し当たっては、
「そのはずです。すみません、いつも面倒事を押しつけてしまって……」
『ハハ、キミも相変わらずですね。まあ、気にすることではありません。この歳になると、若者に頼られるのは中々に嬉しいものですよ。まして家族なのですから、助け合うのは当然です』
「…………そうですね」
『では、おやすみなさい碧継君』
「はい、おやすみなさい」
通話を切ってからも、俺はしばしスマホを手にしたまま。
家族……という言葉を、玄蔵伯父さんは良く口にする。
俺には、あまりピンと来ない言葉だ。もちろん意味はわかるが、俺にはどうにも白々しく響く空虚な言葉。
それとも、伯父さんが口にするからそう感じるんだろうか?
〝……私たちは家族ですから……〟
伯父さんが頻繁にそう口にするのは、まるでそれを再確認するような、もっと言えば、自身に言い聞かせているような、そんな感じがする。
「……まあ、考えてもしょうがないか」
あまり考えない方が良いことかもしれないしな。
深呼吸して気を取り直す。
仲良く談笑している女ふたりを後目に、俺は風呂でも入ろうと着替えを取りにいく。考えてみれば、昨日は風呂に入ってない。季節がら汗はあまりかかないとはいえ気持ちの良いもんじゃない。
「風呂入ってくる。覗くなよ」
警告は紅姫に対したもの。
半分は冗談だが、半分は本気だ。この妹分には前科があるからな。幸いにも、純然たるイタズラ心からの行為だったようだが、覗かれるこっちは愉快ではない。
「何だよ、まだ根に持ってんのかよ」
「当然だ。オマエはもっと淑女の慎みを学べ」
俺は溜め息とともに風呂場への扉に手をかけて、
「あ、アオツグ」
ふと、呼びかけてきたアルル。
「わたしも入ろうか?」
「…………ん?」
ちょっと聞き間違えたみたいだ。
何だ? まるで一緒に風呂に入ろうと言っているように聞こえたが、何をどう空耳ったんだろうか。
「いや、わたしも一緒にお風呂に入ろうか? と、提案しているのだが」
重ねて繰り返したアルル。ああ、何だ、聞き間違えじゃなかったのか。なるほどね、何言ってんだオマエ?
「なぜにホワイ?」
「母親が我が子をお風呂に入れてやるのは普通だろう?」
キョトンと首をかしげる金髪さん。
いや、本当に何言ってんだオマエ?
「そうだな。幼い子供に対してなら普通だな。だが、見ての通りに俺は幼くない」
そもそもオマエの子供でもないしな。
この年齢と関係性で一緒にお風呂に入ろうとか、そういうベタなラブコメ展開を現実にやったら、エロにしかたどり着かんのだぞ?
「…………?」
まだわかってない感じのアルル。いや、本当に大丈夫かコイツ?
傍らの紅姫が無邪気な顔で邪悪な笑声を上げる。
「ニシシシ、アル姉が裸で迫ったらさすがのアオ兄も即オチだな」
「淑女の慎みの意味を理解していないようだな妹よ」
「……裸……? ……あ! いや、そういう意味ではないぞ!」
アルルが唐突にうろたえ否定した。
「わ、わたしはただ背中を流してあげようと思っただけで、一緒にシャワー浴びたり湯船に浸かろうという意味ではない! 断じて違う!」
真っ赤になって両手を振り回し力説するアルル。
ま、いずれにせよだ。
「どっちにしろ断る。服着て背中流されるのでも充分に問題だ。こっちは裸なんだからな。それともオマエは俺の裸が見たいのか?」
「え……? あ、どうだろう……見たくないわけでは……あ、違う! そういう意味ではなくて!」
再びうろたえまくる自称・女騎士様。
本当に、動揺して何を口走っているんだオマエは……初見の時の凜々しさが見る影もないぞ。
「オレはアオ兄の裸見るのも、アオ兄に裸見せるのも平気だぜ! 家族だからな!」
「……何、そうなのか? それは……」
「おい、これ以上ややこしくするなバカ紅。それと、無意味な対抗心を燃やさないでくれアルル。とにかく、風呂はひとりで入る」
わかったな! ……と、オレはことさら強く言い含めて、風呂場に向かった。シュンと肩をすくめてうつむくアルルが垣間見えたが、構っていてもキリがない。
余談だが、
我が家の風呂場は増設した離れになっていて、本館……というほど立派なものではないが、ともかく居住部とは別棟になっている。以前にガス式に改装しようとした際に、元の風呂設備が古すぎて根本的に増改築するしかなかったのだ。
別棟といっても当然に小さく、一般家庭の風呂場と規模も設備も変わりはしない。が、それは言い換えればボロい居住部よりは遥かに真新しくて立派ということだ。
脱衣所を兼ねた渡り廊下にて、俺はさっさと服を脱ぎ捨てる。浴室に至ると手早く身体を洗い、湯船に身を沈めた。
……ああ、もう、無駄に疲れた。
ようやくひと息ついた心地で、脱力した。
本当に、アイツらはもっと淑女の慎みをもってくれ。
特に金髪の方、平然と背中を流すとか言い出すな。
こちとら性欲も性知識も真っ当に備えた健全な高校生男子だ。正直、あんな美人の姉ちゃんに好意もあらわに迫られたら我慢する自信なんざないんだよ。
そう内心に愚痴りながら、改めて溜め息をこぼす。
「好意……なんだろうな。あれは……」
あまり……というか、全然そういう感情を異性から向けられたことはないので、何とも判断に困るが────。
それとも、言葉の通りに〝母〟として愛そうとしてくれているのか?
しかし、何で母? 俺はそんなに母の愛に飢えているように見えたか?
だとしたら、情けない話だ。
高校生にもなってママが恋しいとか、ドン引きだろ? 少なくとも俺はドン引く。
何にせよ、紅姫が泊まってくれるのは助かった。
昨日は気にしてなかったというか、疲れ過ぎてて気にする余裕もなかったが、あの金髪さんとふたりっきりというのは戸惑いしかない。
「……どうしたもんかな……」
俺はぼんやりと呟く。
まあ、悩んだところで、なるようにしかならんのだろう。正直に言えば、俺だってアルルを嫌っているわけではない。
本当、美人の色香に惑わされてるにもほどがあるな……と、俺は意識して自嘲の笑みを浮かべたのだった。
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