第40話異世界人 姫子と学

 【ロウキ】を出て馬達の所に着くと少し休憩する。怪我人がいないか確認をすると皆で分かれて馬に乗った。行きよりも人数が増えたので瑠璃と淡雪は燕に乗せて貰う。

「皆が無事で良かった。」

 瑠璃の言葉に頷くレオ。

「ああ。少し遅くなったから、最後の方は街での戦闘が増えて少し心配したけれど。幸い外からの襲撃が無かったからね。魔法でも撃ち込まれていたらもっと混乱して誰か怪我をしたかもしれないよ。」

「瑠璃、コントロールは帰って薬を飲んでから解く。そうしないと、とてつもない痛みに襲われる。ものすごく痛い。」

「分かったわ。ありがとう、淡雪。

 乗っ取りって、本当に不思議な感覚なのね。足が勝手に動くのよ、私の意思に関係なく。実際に体験すると不思議としか言いようがないわ。」

「うん。それに、本人の承諾があると成功率上がる。瑠璃はやりやすかった。

 承諾がない時は奇襲する。精神力比べで勝つ。そうすると乗っ取れる。ふっふん。」

「なるほどね。誰にでもできる訳じゃなくて、精神力とか色々と条件があるのね。」


 のんびりと話している瑠璃達の横で、姫子はハンナにしがみついて馬に乗っていた。2人分の体重が重いのか馬が走りながら後ろに乗っている姫子を尻尾でひっぱたいている。

「さっきから痛いんだけど、この馬怒ってるわよ。骸骨ばかりのせてて鈍ってるんじゃないの。私はそんなに重くないってば。」

 姫子の言葉に怒った馬、スピードを上げて走っていく。姫子の悲鳴が聞こえているが、そんな姫子を見て皆楽しそうに笑っていた。


 骸骨村に着くと、姫子は店主の所に避難するためにお別れとなる。

「姫子さんの服楽しみにしています。マリー達と遊びに行きますから頑張って下さい。」

「ありがとう、瑠璃さん。あなたが良い人だったから、ハンナも私に会ってみようと思ったと思うの。だから、店に来たら可愛いものを贈らせて頂戴。まあ作れるのはまだまだ先の話だけどね。」

「ありがとうございます。楽しみにしてます。」

 互いに握手をすると、手を振る姫子を見送った。

「レオとマリーにカール、そして燕さん達も危険な中に一緒にきてくれて、ありがとうございました。

淡雪達を助けに行けて良かったです。皆で無事に帰れて本当によかった。」

 皆も笑顔で頷いた。そして、瑠璃は先に休むことにする。薬を飲んで、体を淡雪に開放してもらい横になった。念の為、瑠璃は塗り薬も塗ってから眠る。


 姫子はハンナと店主の所に避難しながら、【ロウキ】の事を思い出しているのか静かに黙っている。


 恋人同士の隼人とめぐみや家族がいなかった学と、待っている人達がいる姫子では帰れない辛さや皆に会えない苦しさ、日本を思う気持ちの大きさが違う。帰る事を諦めて立ち直り、この世界で1人でやっていくことを決意するのに時間がかかった。

 自分に出来る事、向いている事を探していたが、なかなか見つからず焦って困っていた時、瑠璃から可愛いもの好きな姫子の話を聞いて、興味を持ったハンナが姫子を訪ねてきたのだ。


 姫子はハンナにこちらの世界に来てからの生活や日本の事等、色々な話しをたくさんした。ハンナとは考え方や性格も似ていて、意外にも気が合い仲良くなった2人。姫子はハンナになかなか自分に出来そうな仕事が無くて悩んでいる事を相談すると、可愛いものが好きなら友人の骸骨洋服店で手伝いをしてみたらと紹介してくれたのだ。

 姫子は必死に裁縫技術を学び、洋服を作る手伝いをしたり、デザインを考えた。服を作る事に熱中したり、ハンナや店主と話していると楽しくて、心から笑っている自分に気が付く。

 姫子は服を作る仕事をして生きていく事に決めたとハンナと店主に伝えた。そして服の製作に慣れるまでは宿屋の仕事をしながら、洋服を作る手伝いをさせて貰い見習いとして服店で修業させてもらっていたのだ。

 今回の事は姫子にとって【ロウキ】を出て行く、いいきっかけにだったのかもしれない。もう【ロウキ】に戻るつもりはないと言っていた姫子。店主の所に避難させてもらったら、働いて家を借り新しい生活を始めようとハンナには伝えていた。


 【ラト】に行っていたおかげで、暴動に巻き込まれずにすんだカンナは皆の消息を気にしていた。【ロウキ】が落ち着いたと聞いてすぐに避難所に行くと学を見つける。

「学さん無事で良かったわ。他の人達はどこにいるの、皆無事なの。」

「姫子は骸骨族のハンナって人が助けに来て、一緒にそっちに避難したよ。

 隼人さんとめぐみさんは、俺と助けに来てくれた竜騎士達と逃げていたんだけど、途中で瑠璃さん達にも会って少し話して別れて逃げようとした時に、2人が「スラム街の皆を助けに行かないと」って言いだしたんだ。危険だから無理だと断って、瑠璃さん達と姫子は逃げて行った。2人とも助けに来てくれた竜騎士達を、自分の勝手な思いで、危険に巻き込むなって感じの事言ってたな。

 竜騎士達に「危険だから一緒には行けない。逃げるか戻るか自分達で選んでくれ」って言われて、俺は逃げる事にしたけど2人は逃げなかった。結局、2人とも暴動で住民に殺されてしまった。」

「そうだったの、大変だったわね。学さんはこれからどうするの。暫くは避難所で暮らすの。」

「そうだな、【ロウキ】は出て行くつもりだよ。【ラト】で料理人で雇ってくれるところとかないかな。カンナの所って料理人決まってるのか。」

「ええ、決まってるわ。【ラト】だと普通の食堂なら募集しているかもしれないわ。高級店と小さな所は募集はないと思ったけれど聞いてみる。服とか日用品とか持ってきたから、使ってね。」

「ああ、ありがとう。そっかあ、カンナの所で雇ってもらえたら助かるんだけど。」

「それは無理ね、宿の料理は大変だから。学さんには向いてないと思う。

 その時の食材や費用にお客さんの好みとか、色々考えて作れる人じゃないといけないから。」

 はっきり断ったカンナに驚く。同じ異世界人同士、頼めば断られないと思っていた。


 学の様子など気にせずに、カンナは近くを通ったエルフに挨拶する。

「ご無事だったんですね、良かったです。ご無沙汰しております。異世界人のカンナです。」

「ああ、カンナさん。君も無事で良かったよ。異世界人の方が2人亡くなったって聞いたよ。大変だったね。」

「ありがとうございます。でも2人は自分で残ったと聞きました。逆に助けに来てくださった方を危険にさらすようなことをして申し訳ない気持ちです。」

「同じ異世界人だからって君が気にするような事じゃない。異世界人と言えば瑠璃さんとも知り合いなのかな。彼女には感謝の気持ちでいっぱいだよ。

 瑠璃さんがこちらに来てくれたお陰で、戦力が増強して最小限の被害で済んだんだ。彼女が友人達と人外の友人を助けに来たって聞いてるよ。それにさっきの話は、瑠璃さんと姫子さんが竜騎士達を擁護してくれたと聞いているし大丈夫だよ。彼女には落ち着いたら、改めて挨拶に伺うつもりだよ。」


 嬉しそうに笑っているエルフの竜騎士を見ていた学。

「ああ、俺はカンナさんが我々の敷地に遊びに来た時の件の担当者なんだ。カンナさんもだが姫子さんも気の毒だったな。あの孤児達はきつい労働の罰になって、一生出てくることは無いよ。

 よりによって帰りたくてたまらない異世界人に帰る方法があると言って、立入禁止区域に入らせるような嘘をついて騙すなんて、許されない事だからね。」

「え、それって本当の事だったんですか。」

「そうよ、普通考えたらわかるでしょ。立入禁止の所に入って誰も罰を受けないわけがないじゃない。だいたい、竜騎士や支援者の【ムーン】にでも聞いたらすぐわかる事だし。

 私は姫子さんに嵌められたからきつい態度を取ってたけど、あなた達が彼女を避けたり悪く言うのはどうなのかしらって思っていたわ。

 私と彼女は大切で愛している人がいる状態でこっちに来たのよ。あなたみたいに家族がいない人なら、場所が変わっただけ。この苦しみや帰る事を諦めるしかない辛い気持ちは理解できないと思うわ。

 私達には周りに大切な人達がいたの。こちらに来て失ってショックを受けている状態でたった1人で生きて行かなきゃならない。恋人同士で来た隼人さんとめぐみさん達とも状況は全然違う。

 同じ異世界人だからなんなのよ。小さな子供じゃあるまいし、たかがそれだけで見知らぬ相手を信用できるわけないでしょ。

 私も彼女も誰も頼れず心から信用も出来ない、帰りたいけれど帰れない苦しさ、そういう気持ちを乗り越えて今の幸せを得ているの。私の方が若い分乗り越えるのが早かったのかもしれない。姫子さんは乗り越えるのに、時間がかかったのよ。

 姫子さんが苦しんで態度が悪いからって避けたり、我儘だのいい年にもなって何あの態度とか悪口を言う。あなた達3人は仲間だの友人だのって調子の良い事を言っていたけれど、仲間や友人はそんな酷い事はしないわよ。」

「でも、カンナはそんな態度は取らなかったじゃないか。」

「当たり前じゃない、姫子さんへのあなた達の酷い態度を見ていたらそんなの見せられるわけないわよ。彼女は本当に大変だったと思う。上辺だけの優しさを押し付けられて、辛い気持ちを話せば自分達もそうだったと我儘を言うなと偉そうに上から目線で言われて。

 私は運が良かった、私の酷い態度も我儘も苦しみも、広い心で全部受け止めてくれる彼に出会えたから。彼に出会えなかったらと思うとゾッとするわ。

 私はあなた達3人を今まで一度も友人だとも仲間だとも思ったことは無いの。これからも無いわよ。

 あなたは今大変だろうから、【ラト】で職がないかどうかは聞いてあげるわ。」

 すぐそばにいるエルフも頷いている。

「君達の姫子さんに対する態度は皆知っていたよ。彼女が良い所に就職できてよかった。新しく友人が出来て心から楽しそうに笑っている、今まで見たこともない笑顔だそうだよ。姫子さんには幸せになって欲しいよね。」


 学はカンナに職の紹介はして貰えない事が分かると、避難所を出た後は【ラト】に行かずに【ロウキ】から離れた場所にある、さびれた町で暮らすことにした。

 若い男性である学は、若者が少ない村で喜ばれて家と畑を貰う。毎日畑の面倒を見て釣りをして、力の必要な時の手伝いをしてそんな暮らしをしていた。そして何年後かには、働き者の学を村の人達が受け入れて、村のバツイチで子供のいる女性と結婚した。

 貧しいけれど、村に来て仲間も家族も出来た学は幸せだった。

「自分に大切な愛する家族が出来て初めて、カンナに言われた事が分かった。俺は姫子さんに冷たい態度をとりと酷い言葉を言っていたんだな。仲間や友人だというのならもっと親身に話を聞いたり優しい言葉を言うべきだったのに。隼人とめぐみが姫子さんにきつい言葉を言っている時に止めるべきだった。自分の欲しい物が買えるくらいの給料を渡すように言うべきだった。いつか会う事があったら、謝りたい。」

 一日の終わり、家族の幸せと一緒に姫子とカンナの幸せも願うようになった学。今日も家族と幸せな夕食を囲み皆の幸せを願う。

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