第29話瑠璃 今後を決める
カールが瑠璃を迎えに行くと、瑠璃は椅子に座ったまま眠っていた。その横ではアレクが周囲を見張っている。
カールはコッコ先生に練習メニューを受け取る。訓練を休む時には、練習メニューだけを瑠璃にやらせておくようにと言われる。眠っている瑠璃を起こさない様に抱き抱えるとカールは2人にお礼を言って帰っていった。
カールの家に戻って暫くして目を覚ました瑠璃
「おはよう、訓練お疲れ様。頑張ったんだね、疲れて眠っていたからそのまま運んできちゃったよ。」
「え、カールが運んでくれたの? 起こしてくれて大丈夫だったのに重かったでしょう。ありがとう、カール。」
照れて顔が赤くなる瑠璃にカールが優しく返事をした。
「全然重くないよ、俺だって鍛えているんだから。いっぱい頑張った瑠璃にはゆっくり休んでいて欲しかったんだ。訓練の後は迎えに行くから眠ってて大丈夫、運ぶからね。」
笑いながらお風呂用意してあるよと言われお礼を言いつつお風呂に向かった瑠璃。疲れていたのでカールに断ってから少し眠る。気が付いたら朝だった。
「お腹すいたな、昨日ご飯食べてないからなあ。
あううう、全身が、痛い、足の指まで痛いよお。こんな酷い筋肉痛、初めてのボード以来。
レオの痛み止め、レオ、訓練してますように。」
どう動いてもどこかが痛い。大声を出そうにも腹筋が。何とか這うようにして窓の所にゆっくりと進んでいく瑠璃。下をみるとレオがいる。
「声が、届かない、レオレオレオ、気が付いて。」
ぶつぶつと呪文を唱えながら熱視線を送る瑠璃、殺気を感じたのかレオが上を見て瑠璃と目が合ったレオ。ぐったり疲れきっている顔を見たレオ。
「なんだか凄い視線だな、可哀想に。マリーに痛み止め持って行ってもらうからね。もう少し我慢してね。」
瑠璃を励ますと、レオは急いでマリーの所に走っていった。
窓のそばでじっと待っていた瑠璃の元へ、マリーが薬をもって駆けつける。
「瑠璃、薬を持ってきたわよ。なんだか凄い状態だけどこれを飲めば大丈夫。一瞬で筋肉痛が引くのよ。
本当は昨日薬草のお風呂に入れたらもっと楽だったんだけど。」
マリーは薬を瑠璃に飲ませると、ソファに瑠璃を運び休ませる。
「痛みがなくなったら降りてきてね。お腹もすいてるだろうし、朝食はお肉を焼くわ。昨日から塩とハーブをつけて寝かせたお肉だから美味しいわよ。」
瑠璃は目を細めてお礼を言う。体は動かさない、少しでも動くと全身が痛いのだ。
暫くすると、素晴らしいレオの薬。筋肉痛が消えて動いてもどこも痛くない。すっかり良くなった瑠璃は動き出して着替えると下へ降りていった。
「おはよう、皆。レオ薬ありがとう。凄いわ、もう全然痛くないよ。マリーも持ってきてくれてありがとう。」
「おはよう、良かったわね。すぐご飯にするから、座っててね。」
「おはよう、瑠璃。昨日コッコさんの練習メニューをみせてもらったよ。運動は早朝か午前中にやるのがよさそうだね。武器の訓練は危ないから、誰かと一緒にやらないと駄目だけど運動は1人でも大丈夫。」
「うん。朝ご飯を食べる前、早朝に練習をする方が良いかな。
食後だと運動するのってお腹が苦しそうだから。でも今日はお腹が空き過ぎてるからご飯食べてからだね。」
「そうだね、ご飯の後少し休憩してからやろう。そういえばマリーが、作った瑠璃の服を見せたがってたよ。」
お肉の焼ける香ばしい香りが漂ってきた。瑠璃の好きなフワフワのパンに揚げたてポテトも付いている。今日のサラダは新鮮な野菜を千切りにしたミックスサラダ、デザートのプルンとしたプリンだ。
「さあ、出来たわよ。昨日食べてないんだから沢山食べてね。」
「どれも美味しそう。お肉のハーブ、いい香り。もう、さっきからお腹すいてたの、いただきます。」
早速食べだす瑠璃。柔らかくて塩とハーブの味付けだけで十分美味しいお肉、ふわふわパンはサラダを挟んでサンドイッチにする。さくさくとしたポテト。
何も言わずに夢中で食べる瑠璃。デザートのプリンまで一気に食べ終えた。
「どれもとっても美味しかった。体にエネルギーが回ったって感じがする。ごちそうさまでした。」
機嫌の良さそうな瑠璃を見ながら、カールは複雑な顔をしていた。
先程、イオ達の話をいつ話すかレオ達に相談した。2人の意見はショックを受けるだろうし訓練が終わった後に、皆で集まっている時に話す方が良いだろうという事だった。
「マリー、瑠璃に昨日作った服を見せてあげたら。」
「そうね、昨日瑠璃寝ちゃって見せられなかったもの。待ってて持ってくる。」
そういうと、マリーは服を取りに行った。レオは念の為、薬を瑠璃に渡しておく。
「今日も訓練の後に飲んだ方が良いと思う。体が慣れるまでは暫く筋肉痛になるからね。」
「そうね。筋肉痛って飲む薬があるのね。私が知ってるのは貼る薬か塗る薬だった。」
「それもあるよ、瑠璃の場合は全身だから飲み薬にしたけど。」
マリーが服を抱えて戻ってきた。レオとカールを絶たせると1枚づつ服を持たせる。
「まずこれが戦闘服セットね。このボタンをひねるとその色に服が変わるのよ。場所によって色が変わると便利かもしれないと思って付けてみたの。普通の防御とかの付与もついてるわ、安心してね。
こっちは、普段のワンピース。勿論防御とかの付与も付いているわよ。」
2人が広げてくれている服を見て嬉しそうに見ている瑠璃。
「ありがとう、マリー。両方とも素敵なワンピースね、白とオレンジなら使いやすいし、私にも似合いそう。着るのが楽しみよ。」
嬉しそうなマリーと瑠璃。マリーが洋服をたたんで瑠璃に渡すと、瑠璃の使う武器に魔法を付与する事を勧めだした。
「友達のハンナって子がね。武器に風魔法を付けてるんだけど、瑠璃も何かつけた方が良いと思うの。補助になるから、何かの時に助けになるかもしれないでしょう。ハンナの場合は斬撃の風が出るんだって。剣も薄い緑色になるくらいだし、他のより地味で目立たなくて良いかなと思うの。」
「そうね、魔法が目立って相手にどんな効果かばれちゃうと、私の場合不利になりそうだしね。」
それを聞いて、レオは少し残念そうに見ていた。どうせなら竜巻のようなものが出たらかっこいいのに。呟くが皆に無視され悲しそうに俯いた。
「短剣も風の付与で良いわよね。弓も風と相性が良さそうだし。風の付与が付くと放った矢が早くなるから慣れるまで練習が大変だろうけど、付与のない普通の弓も使えるようにしておいた方が良いのかな。」
「んー、そこはコッコさんに相談してみよう。あの人なら両方練習すればいいで終わりそうだけどな。」
カールのその言葉を聞いて、瑠璃は顔を強張らせる。
「コッコ先生は優しく穏やかな笑顔で、相手の限界ギリギリまで見極めて全ての力を出させる訓練をする凄い先生なのよ。」
食後の休憩が終わると、早速基礎訓練と素振りを始めた瑠璃。メニューをこなすとへとへとだが、動く気力は残っている。コッコ先生の練習メニュはとてもいいものだった。
マリーに手を貸してもらい、薬草風呂に使った後は筋肉がほぐれて全身の疲れが無くなった。昼食を食べ薬を飲むと、ピキピキしていた筋肉の痛みも消える。
皆が揃っているのを見て、カールは【ロウキ】で聞いてきた事を話し出した。
「昨日、バスンとイオに会ってきたんだよ。【ラト】の事があったから心配になってね。イオ達の方は淡雪さんに何か分かったか聞きに行ったんだ。
まず【ロウキ】で行方不明者はいなそうだって。異世界人達と人外達は無事。後は人外と一緒にいる【ムーン】も無事だな。ただスラム街の中の事は多分無事だろうという事だった。スラム街の事は何となくは分かるんだけれどなかなか難しくってね。一応引き続き調べてる。」
3人とも皆が無事と聞いてホッとした顔だ。
「良かったわ。そういえば昨日友達のハンナから、異界人の学さんって子が【ロウキ】から出て行こうとしているって聞いたわよ。」
「うん。瑠璃に対しての彼らの態度を聞いて、自分がスラムの人間の仲間ではなくて、あくまで支援者として親しいだけだと気付いたみたいだね。彼は仲間というか家族が欲しい感じだったよね。
だから【ロウキ】を出て新しい所で仲間を作りたいみたいだよ。今【ラト】とか少し大きめの町で仕事を探しているんだって。
でも支援者とスラムの人間との間に壁があるのは仕方ないと思う。彼らは仲間意識が強いし、その中にはなかなか入れないよ。スラムから自立して出て行く者も、親しいけれどもう仲間ではなくなるんだし。」
「新しい所で、良い出会いが学さんにもあるといいね。」
瑠璃が学たちの事を思い出していると、カールが真剣な顔で瑠璃を見ていた。
「瑠璃に伝えなきゃいけない話があるんだ、淡雪さんに教えて貰ったんだよ。
淡雪さんのお爺さんが、時魔法の使い手の孫に異世界転移の事を聞いてきてくれたんだよ。
今、時魔法ができる者はいないそうだ。狭間様が昔仰っていたそうなんだけど、別の世界の空間が歪んでこの世界に何かが入る事が稀にあるそうだ。ただ、一歩通行で、この世界の外へ行く道は無いそうだ。
残念だけれど、瑠璃。帰れる可能性は低いと思った方が良いと思う。でも、これからも瑠璃が帰り方を探す事に協力していくよ。バスンも言っていたけれど、こちらで生活しながら一緒に探そう。」
マリーが瑠璃の手を握ってくれる。瑠璃は深くため息をついた。
「カール、マリーとレオも、ありがとうございます。淡雪やイオ、淡雪のお爺様たちにもお礼を伝えてください。
長い間帰った人がいないと聞いていたし、覚悟はしていたの。色々な人達に調べて貰ったり情報を教えて貰ったり、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
皆の時間がある時に、私の気持ちが落ち着いたら、お礼を言いに行きたいな。
少し1人で考えてくる。ありがとう、皆。」
「何か出来る事や話をしたくなったらいつでもきてね。1人で抱え込まないで。皆瑠璃の事が大好きなのよ。」
「私も皆が大好きよ。心配してくれてありがとう。」
そういうと、瑠璃は部屋に戻っていった。
レオが優しくマリーに話す。
「今は、そっとしておいてあげようマリー。」
マリーは黙って頷いた。
部屋に戻って1人になった瑠璃。
「お父さんやお母さん、みんな元気かなあ。私が急に消えて心配してるんだろうな、私って行方不明なのかなそれとも死んじゃってこっちにいるのかな。
一緒に旅行したり、喧嘩もする事あったけれど結構楽しかったな。ああ、人気のカフェに行きたいと思いながらまだ行ってなかった。もう帰れないんだな。」
ぽつりぽつりと思いを吐き出していると涙が溢れてくる。大きなため息をつくとそのまま静かに泣きだした。
泣くだけ泣いてぼんやりと外を見ていると、大きな世界樹とエルフ達が歩いている風景が見える。
「私この世界でやっているのかなあ。何だか想像がつかないな。
今は無理だけれど、そのうちこの世界を自分の世界だと思えるようになるのかな。だんだんこの世界に慣れて今のこの辛い気持ちもいつかなくなるのかな。
無理して元気な振りをしても、マリー達は気がついて心配しちゃうよね。帰れなくて寂しい時は素直に気持ちを吐き出して甘えさせてもらおう。
不思議、世界樹を見ているとぐちゃぐちゃになってた心が、なんだか軽くなってくる、気持ちが少し楽になってきたかも。魔法もある異世界だし世界樹とか癒し効果があるのかなあ。」
気持ちの整理をつけると、訓練をしてお腹が減っている事に気付いた瑠璃。下に降りて行った。
「はあ、色々はき出して泣いたらすっきりした。お腹すいたな。夕食は何だろう、皆にも心配かけたかな。」
やはり、皆が心配そうに瑠璃を見ている。瑠璃はまだここで生活していく覚悟がなく、仕事も何ができるのか分からないと不安な気持ちを正直に打ち明けた。
「仕事や今後の事はゆっくり考えたらいいと思うの。勿論私達も相談にのるわよ。
今は護身術の訓練をメインにして護身術を身につける。その間にこちらの世界の事をもっと詳しく学んで、住む場所や仕事とかを決めていくのはどうかしら。幸い報奨金のお陰で生活の心配は暫くしなくて良いしね。
それに、暮らす所は私達の村でも【ラト】や【ロウキ】でも知り合いはいるから何とかなるわ。でも、私達としては訓練の時はカールの家に泊まって、普段は私達の家か骸骨村で暮らして貰えたら嬉しいわ。」
「そうだね、僕もそれが良いと思うな。部屋もあるし、土地もあるしね。一緒に暮らした方が楽しいし、安心だよ。
異世界人の場合は特にどこかの民にならなくて良かったはずだと思ったんだけど、どうだっけ。」
「そうだな、転移門も異世界人って人外側で通ってるし、国に属さない人外も多いから大丈夫だと思う。
レオ達も、用事がある時とか結構泊まるから、瑠璃も気にせずに泊まりにおいで。」
「【ラト】の街で生活したら瑠璃、変な獣人についていきそうよ。獣人がいるとずっと見ているし。」
「確かに、危険かもしれない。だってなんか可愛くて、ついついみちゃうから。」
瑠璃の言葉に皆で笑う。
「ありがとう、皆。じゃあ、お言葉に甘えて暫くレオとマリーの家で暮らさせてもらいます。これから、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、これからよろしくお願いします。」
「戻ったら早速、友達たちを紹介するわ。瑠璃、これからよろしくね。」
「でも皆、暫くは家から訓練に通うから。レオ達の家は武器の基本が終わった後だから2、3日後だな。」
「そうね。最初の基礎が大切だからね。その後は定期的なチェックで修正って感じになると思う。明日も朝早くから訓練でしょう。」
「そうだった。私はもう寝るわね。おやすみなさい。後、ありがとう。」
「おやすみなさい。」
皆で挨拶をして、瑠璃は部屋へ戻った。泣いて疲れたのか、横になるとすぐに眠りに落ちて行った。
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