第2話 数学(スキル)とモンスター
「なあ、おい、起きろよナギ」
コウタは起き上がるとすぐに、隣に倒れていたナギに声をかけた。
ナギはうつぶせに倒れていた。ナギの右側に座り込むと、コウタはその肩を強くたたいた。
それでもナギは起き上がらなかった。コウタは肩をたたくのをやめ、体を揺すった。何度も強く揺すった。すると何度か繰り返したとことで
「わあ!」
とナギは突然声をあげた。
「な、何!やめて!」
ナギはコウタの腕を振りほどき、身構えた。ナギは気が動転している様子だった。
「大丈夫だ、ナギ。俺だ。コウタだ」
ナギはなおも動揺した様子だった。しかし目の前に立つ人物がコウタであることを認識すると、ナギの硬直が少し和らいだ。
「おれもお前も無傷だ。ただ…」
コウタは言葉に詰まった。そして辺りを見回した。そこには殺風景に積まれた本の山もなければ、テスト勉強に躍起になる高校生の姿もなかった。見渡す限り続く荒地と、その背後にそびえる山々。一部には海のような青も見えた。彼らはどこか知らない場所にいた。
「ここは…どこ?」
ナギは少し落ち着きを取り戻し他様子だった。周囲を見渡している。
「ごめん。俺にもわからない。俺もさっき目が覚めたところなんだ」
二人は図書館での出来事を頭に思い浮かべていた。動き出す教科書と突然現れた渦。そして二人はその渦に吸い込まれたのだった。現実世界で起きた非現実的な出来事に、二人の思考は追いつかなくなっていた。ただ一つ間違いないことは、ここが図書館ではないどこかであることだった。
「わからないけど、多分図書館ではないな」
コウタは冗談混じりにそういった。
「そんなこと見たらわかるよ。こんな状況でからかわないで。」
「ごめん。少しでもお前の気持ちが和らげばと思って…ごめんな」
気まずい空気が流れた。しばらく経つと
「ここって現実世界なのかな…。私の記憶が正しければ、信じられないけれど、本の中に吸い込まれたような気がするんだよね」
とナギがつぶやいた。彼女は俯いていた。
「それはおそらく間違いない。そして現実世界でもないだろう。いったいどこなんだここは…」
コウタは頭を悩ませた。よくわからない場所に放り出された二人は生きた心地がしなかった。
「このまま死ぬのは嫌だよ。まだやり残したことがたくさんあるよ。恋愛もしてないし。親孝行もしてない。まだ何もしてないのに。どうしてこんなことになるの」
ナギはか細い声で嘆いた。コウタも同じ気持ちだった。
「あ、そうだ。ケータイは?」
コウタが突然声をあげた。その言葉を聞くと、たちまちナギは制服のスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。電源ボタンを押す。しかし彼らの期待とは裏腹に、左上に表示されたのは「圏外」の二文字だった。ナギが肩を落とすのを見て、コウタはそれ以上は聞かなかった。それはここが現実世界ではないということを暗に意味していた。
それから二人は自分の置かれた状況を飲み込むの2時間ほどかかった。幸いお金は持っていた。ポケットに財布はあった。ただそれがこの世界でも使えるのかはわからなかった。
2時間ほど立ち、このままではどうにもならないと感じたコウタは
「これじゃあ埒があかないし、少し回り散策してみるか」
と提案した。ナギも半ば諦めた表情ではあったが何も言わずに首を縦に振った。
しばらく道なき道を歩いていると遠くに看板が見えた。二人は恐る恐る近づいてみた。
看板には横文字で二行にわたり、こう書かれていた。
矢印の方向、しばらくで村あり。
ただしモンスターに注意
矢印は左を差していた。
「しばらくってなんだよ」
と適当な表記に苛立ちを覚えたコウタだったが、その下の文字列を見てゾッとした。ここはやはり現実世界ではなかった。
隣のナギに目をやると、血の色が引いていた。ナギは恐怖に支配されていたようだった。
コウタも同様に恐怖を感じていた。しかし隣で石像のようになったナギの様子を見て。それどころではいられなくなった。
「しばらくってなんだよな。なぁナギ。まぁとりあえず行こうぜ」
コウタは冗談らしく明るく声をかけ、ナギの手を引いた。しかしナギは動こうとしなかった。ナギは動けなかったのだ。コウタが手を引く力を強めるが、それに伴ってナギが手を引く力も強くなった。しばらくするとナギが重い口を開いた。
「こ、コウタ。モンスターだって。ねぇ。私たちどうなっちゃうの。ここはどこなの。家に帰りたいよ。どうしてこんなことになっちゃったのよ。ねぇ。わたし何か悪いことした?どうしてよ。どうして…」
下を向きながら、ゆっくりとではあったが重い重いことばを繰り返した。
コウタは答えることができなかった。それはコウタ自身も先ほど封印しようとした問いだった。
「でもな。ナギ。とりあえず動くしかないんだよ。こで立ち止まっていたって何もかわりやしないんだ。あの村に行けば何かがあるかもしれない。だから動こう。動かなければ何も生まれないんだぞ」
コウタは下を向くナギの肩を抱き、励ました。しかしコウタ自身、村が本当に存在するのかという疑問を抱いていたのも事実だった。
ナギをなだめると、二人はゆっくりとではあるが動き出した。
沈黙の中、数十分ほど歩いたところで状況は一変した。
右の物陰から、何かが動く音がした。目の前に現れたのは…例のモンスターだった。
鳥のような形をしていたが、現実世界の鳥とは違う造りを持っていた。その生き物には羽が4本生えていた。そして、二足歩行をしていた。二人はたじろいだ。一歩、もう一歩とモンスターから離れる。ナギは何も言わずコウタの腕を引っ張った。意を決して二人が逃げ出そうとした次の瞬間、モンスターは突然言葉を発した。二人の耳に聞こえたのは、日本語だった。しかも人間が発するような言葉のようだった。二人は驚きのあまり、立ち止まってしまった。モンスターは再び二人に問いかけた。
「ニヒクマイナスイチハ」
二度目は言葉を聞き取ることができた。ただ何を言っているのすぐには理解できなかった。ナギはコウタの腕にしがみ付き、震えていた。コウタは必死に理解しようと努めた。すると脳内で言葉が繰り返され、そしてやがて変換された。
「2−(−1)=」
コウタの頭に浮かんできたのは数式だった。そして答えは明白であった。戸惑いながらも、コウタは小さな声でその数字を口に出してみた。
「さ、3」
するとその声は増幅され、魔法のようにあたりに響いた。
「負の数の減法(グラウンド・ゼロ)LV1」
その声とともに目の前に異様な光景が広がった。
モンスターは突然爆発し、あとかたもなく消えてしまった。
モンスターが元いた辺りには、数十円分の小銭と一枚の紙切れが落ちていた。
コウタはナギとともにそのあたりに近づき、紙切れを確認した。そこには幾つかの数式が並んでいるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます