第20話リヴイアサンの鎧

むなしく天空を仰ぎ見、瑠加は自らの命がつきかけるのを確信した。夜空の星たちが視界を支配し、徐々に暗闇がその光をうばっていく。

なんたることか。

魔力を持たない劣等人種の下賎のものたちに気高い上位人種たるこの私が、命をたたれようとしている。

悔しさと憎しみと怒りが瞬時に精神を支配し、どうにかしてこの恨みをはらしたい。

だが、それはできない。

肉体がその役目を終えようとしている。

だが……しかし。

だが……である。


このまま死ぬわけにはいかない。


愛する弟や妹をおいてはいけない。


眼前の敵を葬り去りたい。


鮮血が止めどなく溢れ出す自らの豊かな乳房を握りしめた。内側にある心臓はかのドラキュラ伯爵を名乗る女によって傷つけられ、その役目を終えようとしている。握りしめることよって出血が加速され、あたり一面を文字通り血の海とかした。

かの魔女はその血の海に倒れこみ、かぶっていた三角帽子は無惨にも地面を転がった。

不思議なことに彼女は恍惚とした表情を浮かべていた。まるで快楽に身を沈め、快感によっているようだった。


鮮血は見る見る間に六芒星を基本とした複雑怪奇なる魔方陣へと変化した。

支配をとかれ薄汚い水溜まりへと化していた霊女ウンディーネと魔獣ケルピーが再融合し、一体の巨大な魚へ変化した。


みやびと香菜は変身をとき、地面に座り込んでいた。激闘の疲労のせいで動けずにいた。結沙はみやびの豊満すぎる胸の中で静かに眠っている。

ちいさな体で物語世界から二人もの英雄を呼び出したのだ。その過労は並みではない。

結沙が意識を失うと同時にギョーム伯爵とヴァン・ヘルシングはどこかに消え去ってしまった。


最後の力を振り絞り、瑠加は断末魔の叫びがごとき呪いの言葉を発した。

「来たれ、終末の獣リヴイアサン‼️‼️」

そう言い、魔女は力つきた。


その巨大な魚は世界の終わりにあらわれるという魔物であった。銀色の鱗が月光を吸収し、武瑠を照らしている。

両手を広げ、水原武瑠はその巨大な魚を受け入れた。リヴイアサンは鈍く、不快な音をたて分裂し、魔術師と同化した。

甲冑となったリヴイアサンは武瑠の長身をつつみ、白い冷気を吐き出していた。

「姉さん、姉さんをすごく感じるよ。きっときっと姉さんの敵をうってあげるよ」

力強く拳を握り、魔術師は言った。


ゆっくりと歩みをすすめ、武瑠は雪のもとに近付く。一歩、また一歩と足を動かすと地面が割れ、吐き出される冷気で凍りつく。

褐色の肌をした女戦士は円月刀を振りかざすと必殺の連撃を繰り出した。

だが、そのすべての攻撃は終末の獣により造り出された鎧により弾かれ、ただただ火花を撒き散らすだけであった。


「きかないよ。まったくきかないよ。さあ、奴隷女そこをどきたまえ。我々の愛を邪魔するでない」

うっすらと笑いをその端正な顔にはりつけ、武瑠は言った。


「くそ、硬いな」

じんじんと痺れる腕に若干の痛みを感じながらアルフリードは言った。


手のひらから生えた蛇からしたたる涎が地面を焦がし、溶かす。その唾液には強力な酸が含まれているようだ。

ゴシックロリータの装いの魔女は大きく両手を振り、蛟をもって朱椿伊織を襲う。

鞭のようにしなり、複雑な動きで伊織を切り裂くべくその蛟らは空を駆ける。

二匹の蛟の赤い瞳を見ながら、伊織は左半身を引き、抜刀の構えをとった。

迫りくる蛟の牙を紙一重でかわす。

その鋭い牙は伊織の白い頬と左肩を傷つけた。

うっすらと赤い線がはしり、じっとりと血がにじむ。

痛みが彼女を襲うが、構えをとく気配はない。

伊織の瞳がサファイアのように輝く。

「マドモアゼル、普段の私は子女を傷つける剣は持たない。だが、君たちは自らの欲望のためにそこなる女性を我が物にしようとしているときく。そのような悪行許す訳にはいかない。よってすまないが、覚悟してもらう」

この言葉は伊織の口から発せられだが、彼女のセリフではなかった。伊織と同化している銃士隊長ダルタニアンの言葉であった。


「鞍馬流狗道術‘’飛‘’」


見えない翼があるかのように伊織は飛び、妖刀村雨を抜刀する。水気あるその妖刀は水滴をはしらせながら、蛟に斬りかかる。

瞬時に一体の蛟の胴体を真っ二つに切り裂き、頭を持つほうは地面に落ち、燃えて消えてしまった。

返す刀で残る一方を斬り、これまた蛟を二分し、瞬時にして無効化してしまった。

胴体だけになった蛟は瑠美の手のひらに消えてしまった。

あまりのあっけなさに瑠美はそのうつろな瞳で自分の手をじっと見つめた。

妖刀村雨を地面に向け一振りすると、そこによごれた蛟の血と油を刀身にほとばしる水ごと捨てた。妖刀は一切汚れることはない。


ちいさな瑠美の肩をつかみ、伊織はその魔女をとらえるべきつかもうとしたが、それは武瑠によって防がれた。

いつのまにか瑠美と伊織の前にたちはだかり、かばうようにたつ。

大きく右腕をふる。

凄まじいまでの腕力で伊織の体は後方に吹き飛んだ。

どうにかして体勢を整え、着地する。

「大丈夫か」

駆け寄り、声をかける文彦。

「ああ、なんとかな」

村雨を鞘におさめ、伊織は言った。


雪の傍らに立ち、アルフリードは円月刀を真正面に構える。

「アルフリード、この戦いに決着をつけましょう」

信念を瞳に宿らそ、幸村雪は言った。






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