第17話五ツ星の空想魔術師

知恵の輪のように絡まった腕をどうにかはずし、文彦は実知に語りかけた。

「実知、くわしい話はこのやっかいごとが終わってからだ。俺があげたあの本でおまえの家族を守ってやるんだ」

とさとすように言った。

「うん、わかったわ」

少女のように答えると、名残おしそうに離れ、実知はみやびたちのところにかけよった。


その光景を冷めた眼差しで伊織は黙って眺めていた。


視線をわざと、あえて気づかないふりをして文彦は結沙に言う。

「結沙、魔法使いたちは代を重ねるごとに魔力をますそうだ。俺たちは魔力を持たない、だが、そのかわりに字朗から受け継いだ魔書がある。そう、俺たちは空想を糧にする魔術師といっても過言ではない。わすが二代だが、新興の勢力だ。俺たちの力、既存のやつらに見せつけてやろうじゃないか」

皮肉な笑みを浮かべ、文彦はいう。

そのニヒルな笑みは何故かこの状況を楽しんでいるように見えた。

亡き実父のことをいつもあしざまにいう文彦であったが、こんな顔を見ると父と似ているなと思う結沙であった。

百冊もの魔書を書き上げ、そのことに生命力の大半をつぎこんだ字朗も危地を楽しむ、そんな悪癖があった。

「なあ、伊織。六花の家には家訓てのがあるんだろう」

「ああ、我らは風と雲の友、奴等は月と水の子だ」

と伊織は答える。

朱椿の家は妖人鬼一法眼の血をひいている。

かの源義経に剣技を教えた鬼一法眼である。

風を司る天狗の家系の一門である。



「俺たちにも家訓のようなものがある。あの人迷惑な叔父が残した言葉を覚えてるか、結沙」

「はい。しっかりと」

こくりと小さな顎を結沙はさげる。

それは、実父との数少ない思い出。

病床の父から受け継いだ言葉である。

「考えることを諦めるな。諦めることを考えるな」

二人は同時に言った。

その言葉は彼らの道しるべそのものであった。


「さあ、やろう。魔書を出してくれ。里見八犬伝と三銃士だ‼️」

その言葉を聞き、結沙は愛用のリュックから二冊の魔書を取り出した。一冊は獰猛な犬がデザインされていた。もう一冊は四本のサーベルの切っ先が交差されたデザインであった。

その二冊の魔書を文彦は両手で受けとる。

受け取った二冊の魔書は文彦の手の上でパラパラと勝手にめくれていく。

目が開けていられるのがやっとなほど、魔書は光輝く。

眩しそうに目を細めながら、文彦は精神を集中させる。

彼は想像し、創造する。

魔書の秘められた力を現実に具現化させる。


「里見八犬伝より出でよ妖刀村雨‼️」


ガクンガクンと激しく魔書「里見八犬伝」は震えだす。上下左右にまるで生けているかのように動きだし、なにか細長いものを生み出す。

それは漆黒の鞘に納められた日本刀であった。

その日本刀は優雅に飛来し、伊織の手におさまった。すこしだけ、鞘から抜くとその刀身は水気に溢れていた。不思議なことに水滴をその身にまとっていた。

斬ったものの血脂をその身からだす水によって洗い流すという伝説の妖刀村雨丸である。


「顕現せよ、ダルタニアン‼️」


もう一冊に思念を集中させる。

瞬時にあらわれたのは、「三銃士」の英雄シャルル・ダルタニアンであった。

羽根つきのつば広帽をかぶり、青い銃士隊の制服を着ていた。立派な口ひげをたくわえ、不敵な笑みをうかべている。

ご存知、ルイ十三世の治世において、数多もの戦場を駆け抜けた勇者である。


顔に血管が浮かび、動機がはやまる。

呼吸がつらい。

ぜぇぜぇと熱い吐息をもらす。

額に玉のような脂汗がながれる。

見るからに体力が削られているのがわかる。

魔書を同時に二冊使用したためである。

魔書の並列発動。

それが魔書の創作家本郷の血を受け継ぐ文彦の能力の一つであった。

彼はその他に「怪人二十面相」「真田十勇士」「ジェラール軍記」の魔書をもつ。

合計五冊の魔書を所有していた。

本郷字朗が魔術師に対抗するためにこの世にばらまいた百冊の魔書のうちの五冊である。

彼を知る人はこう呼ぶ。

五ツ星の空想魔術師と。


「英霊合体だ、伊織」

「ああ、わかった」

伊織が頷くと勇者ダルタニアンの体が半透明になる。その体ごしに向こうがわが見えるほどだ。

彼がふわりと空中に浮かぶとぴったりと伊織の体に重なった。

英霊ダルタニアンが伊織の魂と同化する。

ダルタニアンの剣技、勇気、戦闘知識が伊織の能力に上乗せられる。

見た目も瞬時に変化していた。

引き締まった伊織の体に銃士の隊服が纏われる。

ダルタニアンの服装と大きく変わっている部分もある。

胸元が大きくあらわになり、へその上までぱっくりと開かれていた。

また、体のラインがはっきりとわかるほど、その服は張り付いていた。

「なあ、いつも思うんだが、この衣装は中世フランスのものとはかなり違う気がするんだが?」

伊織はきいた。

「ああ、それか。それは俺の趣味だ」

平然とこたえる文彦の顔をじっとりと冷たい視線を伊織は放った。


風と空気を切り裂き、二匹の蛟が襲来する。

空中に浮遊し、瑠美はダルタニアンと同化した伊織を襲う。

蛟は大きく口を開き、その体は鞭のようにしなっていた。

紙一重で伊織はかわし、村雨を抜刀し、頭上に構えた。

「あのゴスロリ娘は俺たちにまかせろ。結沙、おまえはその能力で友達を助けてやれ」

「はい、父さん」

右手に星の栞を握りしめ、結沙は答えた。





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