第15話魔術師襲来

漆黒の闇夜を超高速で飛来する二つの物体がいる。

三角のつば広帽をかぶり、胸元が大胆に開いたドレスを着たのは水原瑠加であった。

彼女は箒にまたがり夜空をかける。

その姿は、流星に等しい。

どうなっているのかは分からないが、かなりのスピードで空を飛翔しているはずなのに、ただ頭にのっているだけの帽子が落ちることはなかった。

まさにその姿は、グリム童話に登場するであろう魔女そのものの容姿であった。


三角帽子の妖艶な魔女と平行飛行するのは巨大な狼であった。

白い豊かな毛をなびかせ、天空を疾駆する。

それは彼女らの家系の守護聖獣である星の化身天狼を模したものであった。

水原武瑠が魔術によって変身した姿であった。

かつてその狼はお犬さまと呼ばれ、信仰の対象となっていた超自然の存在である。

その首にしがみつくのは、ゴシックロリータの装いも麗しい水原瑠美である。

まばたきひとつせず、夜空に浮かぶ半月を虚ろな瞳で見ていた。


午前零時ちょうどに時矢荘の前に彼女らは、静かに着地する。

地面に立つ瑠加の手元には箒はどこかに消え、木の枝でできた杖がその手には握られていた。家名にもなっている梅の木でできた杖である。

その梅は古戦場に生えていた。

数多のつわものたちの血を吸い、春になるとその花びらは真紅にそめられた。

樹齢は約千年となり、その霊樹からつくられた魔法の杖であった。


天狼は着地する寸前に人の身にもどる。白いローブを身にまとった若く秀麗な容貌の男性となった。

幸村雪をつけ狙う張本人水原武瑠そのひとであった。

かのものの首にしがみつき、お姫様のように抱かれているのは朽ちかけた体を捨て、かわりに雪を乗っ取ろうしている瑠美だった。

ゆっくりと武瑠の体から降り、彼女も地面に足をつける。


すでに三成実知、兼続香菜、正宗みやび、そして幸村雪が横並びにたち、彼らを出迎えた。

それは迎撃体制といってもいいだろう。

それぞれの手には魔書が存在していた。

うっすらと光っているのは、彼女らのは決意のあらわれに不思議な本たちが、持ち主を守るために反応しているのかもしれない。


豊満で張りのある胸の前で腕を組み合わせ、瑠加は血のように赤い唇を開いた。

「覚悟はできてるようね。でも、一応聞いておくは、そこの幸村雪を差し出せば、他の者は見逃してあげる。拒否すれば、今宵今夜があながたの命日になるわ」

いやらしく舌なめずりし、瑠加は言った。

彼女は望んでいた。

血と死による戦いの興奮と、残酷なる所業を行いたいというサディスティックな欲望を。

それは瑠加の精神の根っ子の部分にある、かえようのないものであった。

そのものは、この姉弟に共通する精神状態であった。


静かに息をはき、雪は宣言する。

「私はあなた方を拒絶します。その身勝手な欲望の糧には絶対になりません。私は、あなた方に打ち勝ち、この命を自由を心の尊厳を守ってみせます。実知姉さん、香菜さん、みやび、力を貸してちょうだい」

決意の眼差しで雪は魔術師の姉弟をにらみつけた。


羽根つき帽子にを頭に乗せた仮面の剣士へと香菜は変身した。

彼女の魔書「黒いチューリップ」がまぶしいほど輝いていた。

「当然」

不適な笑みを浮かべ、香菜は言った。


くるりと身を回転させ、みやびはタキシードに黒マントのドラキュラへとその姿を変えた。犬歯が伸び、牙へと成長する。

胸元は大きく開かれ、自慢のボリュームたっぷりの胸が立派に存在を証明していた。

その手の魔書「ドラキュラ伯爵」は深紅にひかっている。

「まかせて、雪ちゃん」

舌ったらずな声でみやびは答え、愛らしいウインクを彼女はした。


赤黒い革表紙の本に口づけし、実知は軽やかな笑みを浮かべる。その瞬間、彼女の手には両刃の長剣がにぎられていた。

魔書「花木蘭列伝」の能力のひとつであろう。

「あんな人たちに雪ちゃんはわたさないわ」

桃色に光る本を脇にかかえ、実知は言った。


「あなた方の決意はわかりました。血の夜にかえてしんぜましょう。瑠美、結界を張りなさい」

どこか楽しげな表情で瑠加は妹に命じる。


「はい、姉さん」

こくりと頷き、瑠美は言う。

「雨の神、雨師に謹んで進言す。その力、現世に顕現せよ……。幻界への深層世界と接続完了。半径千メートルに虚閉空間を展開……完成しました」

ポロポロとちいさな頬の皮膚がいくつか剥がれ落ちる。彼女の体も限界を迎えてるのかもしれない。それでも彼女は命令通り、魔術を行使する。

瑠美を中心に半径千メートルの魔術結界が展開され、別次元へと再構築された。

魔術戦闘用の特別な小さな異世界といってよいだろう。もちろん、それは彼女らに優位な世界であった。


その魔術結界が完成するであろう寸前の時間、とある一団が空と風を切り裂き、飛来し、豪快な音をたて着地した。

うわぁぁぁという情けない男の悲鳴が続く。

それは、右脇に本宮文彦を、左脇に結沙を抱えた朱椿伊織であった。

伊織の瞳は真っ赤に燃えている。

天狗の力の一つ飛の能力を使い、伊織らはこの決戦の地に到着した。

「まったく、途中で目をあけるからだ。結沙ちゃん、着いたよ」

涙とよだれまみれの文彦は地面に転がされ、顔についた汚れをぬぐい、どうにか立ち上がる。

おええと嗚咽の音をもらしている。

ゆっくりと目を開け、結沙は伊織の腕に抱きつく。

「どうにか、間に合ったようだな」

ちいさな結沙の肩に手を置き、伊織は言った。

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