第14話宴の終わりに

グツグツと煮える鍋の中の肉を箸でつかみ、とかれた卵につけ、結沙はそれを口いっぱいにほおばった。醤油と砂糖で甘辛く味付けられた肉は柔らかく、口のなかでとけていく。頬の奥が少しいたくなるほどの旨みを少女は感じた。

遠慮なく、みやびもすき焼きの牛肉をむしゃむしゃと食べていた。

テーブルにはところ狭しと実知がつくったごちそうが並んでいた。

牛肉のすき焼きに鶏肉の唐揚げ、俵がたのおにぎり、ほんのり甘いだし巻き玉子、たこさんウインナー、胡瓜の浅漬、梅干しなど。

唐揚げをがぶりとかじり、ぐびりと香菜はビールで流し込み、くはーと熱い息をはく。

たこさんウインナーとだし巻き玉子を交互に口にいれ、おにぎりを雪はかじる。

ちらりと雪は結沙を見た。

「結沙ちゃん、おいしいね」

「うん、お姉ちゃん」

出合ってわずか数時間ではあるが、すでに何年もの付き合いがあったかのように、彼女たちは打ち解けていた。

つい先刻、悪辣なる魔術師たちに宣戦布告を受けたばかりだというのに、彼女たちは宴に興じていた。


アコースティックギターを鳴らし、みやびが華麗なる歌声を披露する。

いつもの舌ったらずな声が嘘のように澄んだ歌であった。

彼女はもともと歌手志望であった。

ギターの腕前はお世辞にもうまいとは言えないが、それをおぎなってあまりあるほど、みやびの歌は誰しもが聞き惚れるほどであった。


「それではお嬢さん、お手を拝借」

そういうと香菜は結沙の手をとり、ダンスをはじめた。みやびの歌声にあわせ、リビング内をかろやかに舞う。されるがままの結沙だったが、学校の授業で習うダンスの何百倍もの楽しさと面白さを感じていた。

すでに残り少なくなりつつある鍋の中身を箸でつつきながら、その様子をにこやかに眺めていた。

「でも、こんなことしていて大丈夫なのかな」

と雪はきく。

それなりに彼女は不安を感じていた。あの非道なる魔術師たちは雪の体を欲している。わずか数時間後には襲来し、どこかに連れ去ろうとしているのだ。

「大丈夫よ、そうならないように今はたっぷり食べて、体力つけないとね」

われながら美味しいわと実知は付け足し、おにぎりを食べる。

「そうよ、雪ちゃん。魔書の力の根元はね、私たちの体力なのよ。魔術師が魔力を糧に魔法をつかうようにね。魔力ってのは精神の力をつかって別次元から異能の力を引き出すらしいのだけど、私たちはそんな能力をもってないのよね。でも、魔書はその代わりをしてくれるの。私たちの生命力を糧にしてね」

あーやっぱりステーキ食べたかったなとみやびは続けていった。この日の宴のメニューはじゃんけんで決められた。そして、みやびは香菜にまけてしまったのだ。

「あんた分かりやすいから、私にはかてないわよ」

豊かな髪をかきあげなから、香菜は勝ち誇った声でいうのであった。


楽しい時間はあっという間にすぎ、夕刻となり、結沙は自宅に戻るようにうながされた。

当然のようにそれをしぶる。

「私もなにか、お手伝いをしたい」

決意の瞳で結沙は訴えるが、香菜は結沙のふわりとした頭をなで、彼女のささやかな申し出を断った。

「ありがとう、結沙ちゃん。その気持ちだけで十分だわ。あとはお姉さんたちにまかせて、そしてまた遊びにきてよ」

と香菜は言う。

ボリュームたっぷりの胸に結沙の顔をおしあて、

「大丈夫、大丈夫。私たちはなにがあっても勝ってみせるわ。だから、安心してね」

みやびはそういった。

「今度はお菓子でも一緒につくりましょう」

そう実知は約束し、結沙の小さな手を握った。

「私たちは負けない。あなたのお父さんが残したこの本にかけてね。だから、約束よ。次にきたとき、一緒に本を読みましょう」

王の書の背表紙をなでながら、雪は心に誓った。

薄汚い欲望丸出しで迫り来るかの者たちを必ず撃退してみせる。


必ず生き残ってみせる。

ぐっと拳をにぎり、雪は決意した。


自宅マンションに帰った結沙をだまって文彦は迎えた。学校をずる休みしたことを一言もとがめなかった。友人の家で夕食をすませたというと「そうか」と短く答えるだけだった。

残ったおにぎりや卵焼きを実知は持たせてくれたのを冷蔵庫にいれておいたのだが、文彦は知らぬ間にそれらをたべてしまった。


本棚の上の置時計は二十三時をさしていた。

ゆっくりと布団を出たあと、結沙は外出用のワンピースに着替え、リュックにそれぞれに美麗たる本を数冊、中にいれる。引き出しから布製の栞も取り出し、一緒にいれる。栞には五芒の星が刻まれていた。それらは結沙の実の父である本郷字朗がのこした遺産のひとつであった。


音をたてないように歩き、玄関に行くが、そこにはすでに文彦が腕をくんで立っていた。

「こんな時間にどこにいくつもりだ」

と文彦はきく。

ただうつむく結沙。

彼女はあの優しい姉たちを助けにいきたかった。自分にはその力があるかもしれない。

父の遺産を使えば、香菜たちの力になれるかもしれない。

「私は助けたい……」

きっと瞳を見開き、文彦の目を見る。

視線をそらさない。

彼女も心に決めたのだ。

友となったあの人たちの力になりたい。

「私はあの人たちの力になりたいの」

吐き出すように、結沙は言う。

ぽりぽりと癖の強い頭髪を持つ頭をかきながら、盛大な舌打ちをして、文彦は言った。

「がんこなのは、あいつ譲りだな。ちっ、そんなところばっかり似やがって。面倒ごとばかりしょいここんでくる。どうせ、とめてもいくんだろ。しゃあない、俺も一緒にいくからな。事情は道々説明してもらうぞ」

わざとらしいため息を吐き出し、文彦は言った。

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