第11話黒いチューリップ

けたたましい電子音にたたき起こされ、本宮文彦は不機嫌な顔で、スマートフォンの画面を見た。


魔法文明が確立しつつある社会であるが、科学文明の利器もまだまだ現役で活躍するものがあった。

スマートフォンやタブレット、パソコンなどのコンピューター機器がそれにあたる。

ライターやポットなどの比較的用途が限られたものは、魔力を持つ人間からは無用の長物となりつつあった。

なにせ、念じればそれだけでお湯を沸騰させる能力を持つものなどは、五万といるからだ。

ある電気メーカーなどは魔力に応じて作動する機械を開発し、巨万の富を得ていた。

スタイリッシュな飛翔用の箒が毎日のようにテレビのCMで流されていた。


スマートフォンのちいさな画面には、伊織の文字が写っていた。

「ああ……わかったよ……今からでる」

ぼそぼそと画面にむかって、そう答えると、彼は手早く身支度をして、となりの部屋で寝むる結沙の顔をちらりと見た。

少女はまだ、穏やかな眠りについていた。

静かに寝息をたてる彼女を起こさないように、文彦はそっと部屋を後にする。


しばらくして、目を覚ますと結沙はキッチンに置かれたメモ書きを見た。

そこには「野暮用でちょっと出かける。朝飯は食うように」という走り書きの紙切れが置かれていた。

トーストとミルクというごくごく簡単な朝食を食べると、結沙は白いワンピースに着替え、ランドセルを背負い、家を出た。


昨晩の雨が嘘のように晴れ渡った青空だった。アスファルトの地面はまだ乾ききっていないが、照らしつける日差しが眩しい。

真夏の足音がすぐそこまで近づいていた。


児童公園横の通学路を一人で歩いていると、急にパシャンという破裂音が頭上で鳴り響き、大量の水が降り注がれた。

目に入った水の痛みにどうにか耐えながら、まぶたを開けると公園から、三人組の少年たちが姿をあらわした。

「よー‼️能無し結沙。お前だけ雨降りか」

ふとっちょの少年がひねくれた顔で言った。

じろりと結沙のの濡れた顔を見る。

思わず彼女は目をそむける。

水に濡れたことは気持ち悪いが、それほどのことはなかった。悔しかったのは文彦に買ってもらった服が汚されたことだった。

「いつも同じ服を着てたら、俺が虐待してると思われるからな。世間体がわるいから、それだけだ」

そう減らず口を言い、ショッピングモールで購入した数着のうちの一つが今着ているワンピースだった。

選んだのは伊織であるが。


悲しくて涙がでそうになるのをぐっとこらえながら、少年たちの顔を見る。

負けてはいけないと思った。

くやしさをどうにか心の奥に無理やり押し込む。

表向き、魔力を持つものは持たざるものを差別してはいけないとこととなっている。

しかしそれは悪魔でも表向きであり、ちいさな軋轢までとめる存在はいまのところなかった。

きっと泣くものと思っていたのが、気にくわなかったのだろう、眼鏡をかけた少年がひゅっと息を吹きかけた。吹き出された息は一気に燃え盛る炎となり、結沙の目の前で爆発した。

思わず結沙はその熱と襲撃により、尻餅をついてしまう。そこは水溜まりであったため、泥水が下着まで浸水しになった。

「乾かしてやるよ、ダメ結沙」

実に楽しそうに眼鏡の少年はいう。

その笑みは子供ながらサディステックに満ちていた。

少年たちの行為は社会の縮図であった。

多かれ少なかれ、このような出来事は社会のあちらこちらでおこっていた。

魔力を持たないというただそれだけのことで。


「何をやっているのかね、君たち‼️いたいけなる少女を痛みつけて楽しむとは、男の風上にもおけぬ。この黒いチューリップがお仕置きをしてしんぜよう。ハハハハッッ‼️」


突然、突如である。


女の高笑いが聞こえた。


彼女はいつのまにか、ジャングルジムの頂点にたっていた。

白い羽根つきのつば広帽をかぶり、白シャツのボタンは大きくあけられ、そこからは形のよい胸の谷間が見ることができた。

顔の上半分は黒いマスクで隠されているが、意思の強い茶色の瞳は垣間見ることができた。

赤いぷっくりとした唇は扇情的である。

黒いズボンに黒皮のブーツ。ぴったりとはりついたそのズボンは足の長さを協調させるのに十分だった。

腰には銀の鞘に収まったレイピアをぶらさげ、手には一輪の花。

その花は黒いチューリップであった。


とうっ、と飛び降りると、ばしゃりと水溜まりの泥水が跳ね、少年たちをびちゃびちゃに汚した。

うわわっ慌てて、彼らは顔についた泥を手でぬぐう。

「な、な、何をするんだ」

少年たちのうちの一人がいった。

「何って、君たちと同じことをしたまでさ」

手に持つ花の匂いをすっと嗅ぎながら、その女剣士は言った。

「よくも、このババァ‼️」

少年たちが一斉に叫ぶ。

「誰がババァだ‼️」

女剣士が怒号で答える。

漫才じみたやり取りのすえ、彼らは空中に空き缶や泥の塊、魔力によって引きちぎったブランコの鎖などを浮遊させた。

それらが一斉に女剣士に襲いかかる。

一つでも当たれば大怪我は間違いないであろう。下手をすれば死んでしまうかもしれない。

怒りで彼らは我を失っていた。

こんなことで自制心を失ってしまう少年たちは、魔術師としても人間としても未熟といえよう。


黒マントをたなびかせ、その黒い剣士は機関銃から打ち出された弾丸のような瓦礫たちを紙一重でかわし、瞬時に少年たちの背後にたっていた。

トントントンとリズミカルに黒いチューリップの茎を彼らの首筋にさすと、結沙を馬鹿にしていた同級生たちは、バタバタと倒れ、意識を失ってしまった。


悠然と歩き、黒い剣士はその長くしなやかな手を結沙に差し出す。

その手を握り、少女はたちあがる。

「あ、あ、ありがとうございます」

吃りながらも結沙は礼を言う。いきなりあらわれたこの奇怪な剣士に驚きを隠せない。

「どういたしまして、麗しの少女よ。私は常に弱い者の味方なのです。まあ、君は本当はそうではないかもしれないがね。どうかね、この黒いチューリップと友達になってくれないかな」

黒いチューリップをきざったらしく嗅ぎながら、そう言うと結沙はこくりと頷いてみせた。

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