百冊の魔書と空想魔術師 水色の切り裂きジャック
白鷺雨月
第1話日常のなかの魔法
ベッドの上でうーんと背をのばす、
ちらりと電子音を鳴らすスマホの画面にタッチし、アラームをリセットする。
今日もアラームより、すこしだけ、早く起きることができた。
八畳ほどの自室を出て、洗面所で顔を洗い、濡れた顔を柔らかいタオルでふくと、鏡にあらわれたのは、丸顔で童顔で薄い顔の自分の表情であった。肩まで伸びた黒髪をゴムでくくり、再び自室にもどる。
パジャマをぬぎ、出勤用のスーツに着替え、メイクをしあげる。
バックの中身を確認し、スマホを入れると、彼女はキッチンに行き、大家の
「実知姉、おはよう」
「おはよう、雪ちゃん、朝ご飯できてるわよ」
背の高い実知がポニーテールの頭を揺らし、雪に挨拶をする。切れ長の瞳が魅力的な和風美人であった。スリムのデニムに白いTシャツという地味な装いであったが、彼女のスタイルの良さを際だ出せるには十分であった。
テーブルの上にベーコンエッグと小さなサラダ、こんがりと焼いたトーストを雪の前におき、実知はテレビの電源をリモコンで着けた。
画面には明るい髪にタレ目で厚い唇の愛嬌のある容貌の女性が温度計の横に立ち、今日の天気を説明していた。
花柄のワンピースの上からでもわかるボリュームたっぷりのグラマラスな体型をしていた。
「まにあったわね」
にこりと実知の美しい顔に笑顔が浮かぶ。
テレビ画面に写しだされたのは、彼女らの同居人の一人でタレントの正宗みやびであった。
グラビアやファッションモデル、ローカルではあるがテレビにも出演しているみやびが、
「梅雨の中休みです。今日はおおむね晴れますが、夕立には気をつけてくださいね」
と舌ったらずな声で言っていた。
この甘えたような話し方とグラマーなスタイルが男性ファンを徐々に増やしていっていた。
ベーコンエッグをトーストの上にのせ、がぶりと雪はかじる。目玉焼きの黄身がわれ、甘さが口にひろがる。
ミルクと砂糖をたっぷりいれたコーヒーで喉を潤す。
いつもみやびにお子さまね、とからかわれる甘ったるいコーヒーは雪の好物であった。
天気予報のあとアナウンサーが行方不明になっていた女性が山奥でバラバラ遺体となって発見されたと陰鬱な顔で報じた。
「あら、こわいわね……」
ブラックのコーヒーをすすりながら、実知は言った。
皿の上に雪が残したプチトマトをパクリと口の中にいれる。
「雪ちゃん、今日晩ごはんはいるの?」
と聞くので、
「うん、お願い」
と雪は答えた。
洗面所で歯を磨き、ゴムを外し、リボン型の髪止めで髪をまとめる。リップをぬり、軽くミルクのような甘い香りのミストをふると、彼女は下宿である「時矢荘」をでた。
大学を卒業して、社会人となり、五月病もものともせずに雪は仕事をこなしていた。
「幸村さん、おはよう」
そう声をかけるのは同期で同僚の水原武瑠(ミズハラ・タケル)であった。長身に涼しげで知的な瞳をした優男で、女子社員の人気も高い。
ただ、雪は彼のことがすこし、苦手だった。
いつも笑顔の絶えない、その端正な風貌がなぜか、不気味に感じ取れたからだ。
「おはよう、水原くん」
挨拶に答える雪の目の前にコトンとマグカップがおかれた。
誰の手も使わずにだ。
振り向くとそこにはいくつものマグカップや湯飲みを空中に浮かせいる女子社員が立っていた。
指を軽くふるとマグカップたちは、それぞれの机の上におかれている。
空中を浮遊する愛用のマグカップを受けとると、水原は女子社員に笑顔でありがとうと言った。
礼を言われた女子は頬を赤くそめた。
彼女が使ったのは手品やマジックではない。それは魔法と呼ばれるものであった。今から約三十年前から突如として増加した魔法を使用できる人間が一つの文明を形成した。それは魔法文明と呼ばれた。
ある経済学者は、産業革命以来の文明の大転換期だと言い、生物学者は魔法は人類の生物としての進化の形態の一つだと言った。
だが、魔法の能力は人類すべてに顕現したのではない。およそ、二割の人間がまったく魔法能力を発現させることができなかった。
そして、幸村雪もそんなマイノリティの一人であった。
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