第28骨「逃げのびろ!死霊使い!」

 ティアマトを石にしたペルセウスは無事にハッピーエンドを迎えることとなるが、黒瀬は英雄の器がなかったのか、石の呪縛が途中で解けてしまう結果となった。


「石化って自力でなんとかなるもんなのかよ!」


「主、余の力が足りなかったようなのじゃ……面目ないのじゃ……」


 しょんぼりとしょげている幼女ピザピン、あの大きな鯨の動きを一定時間止めることができただけで十分な成果だと言える。


「このまま逃げ切れるか……」


 砂鯨は訳も分からず好き放題暴れているようで、俺たちは体内で右へ左へ揺さぶられ続けた。嵐の海原で荒れる船のように、砂鯨の体内は転覆しそうな勢いで激しく傾、俺たちは攪拌かくはんされる。


「あと少しで……出口だ!」


 ようやく暗闇の中から、一筋の光が漏れ出しているのが分かった。とりあえず、外に出てから状況を立て直すべきだ。あと少し、あと少しだ……


 よし! 出たぞ!


 タイミングよく砂鯨の大口が開き、俺たちは再び外の世界へと飛び出した。


――砂滑闊流サーフサンド


 俺たちは急いでこの場から離れることを選んだ。今湊姉妹を奪還した時点で、この大きな怪物を倒す必要はなくなった。

 ならば、すぐさまここを離れるのが得策だ。


「逃げるぞ! みんな!」


 実は英雄ペルセウスが、怪物鯨ティアマトを倒したと言われる方法がもう一つある。それは羽の生えた空飛ぶ靴と短剣を使ったヒットアンドアウェイ戦法で、鯨の全身をめった刺しにする方法だ。


 しかし、黒瀬はそんなことはしなかった。砂を滑る魔法を使用した、アウェイアンドアウェイ戦法で、鯨からひたすら逃げる方法だ。


「このまま逃げ切れるかな?」


 咲愛は少し不安は残るようだったが、後ろを振り向かず逃げることが今できる最善の策だ。本来は夜行性の砂鯨、きっと深追いはしてこないはずだ。


 しばらく俺たちは、果て無き砂漠をただ一心に進んだ。きっと本気で奴が俺たちを仕留めようとしてくるならば、俺たち4人の力では到底敵わないだろう。だからこそ、本気で逃げて逃げて逃げるしかなかった。


「やったぞ! 町が見えてきた!」


 長い間の滑走した後、ようやく目的地である砂城螻馘アンモスサッビアの町が見えてきた。俺は、恐る恐る後ろの方を見遣った。どうやら、砂鯨はついてはきていないようだった。


「良かっ……た……」


「マスター! マスター!」


 安心して緊張の糸が切れたようで、俺はここで意識を失った。


 先頭だった黒瀬が砂原にバタリと倒れ込む。これは、緊張状態が解かれたことに起因するものではなく、体内の魔力が底を突いたことを意味していた。


「ちょっと! まーた倒れるの!」


 咲愛は二度目だったので少しは慣れたようだったが、動揺していることに変わりはなかった。他の2人も突然倒れた黒瀬を見て驚きを隠せない様子だった。


「主! やっと着いたのじゃ! これからまた冒険するのじゃ!」


「とりあえず、休める場所を探さないと……」


 莉愛は町で泊まれそうな宿を探した。黒瀬はこの日目覚めることはなかった……



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