11話:おじさんと生中継

 立ち上がる――

 ただ、それだけで大司教はいぶかしげな表情を浮かべ、首をかしげる。命もなく立ち上がった傲慢ごうまんさに、術が途切とぎれた不可解さに表情を曇らせる。


「ん?なんだ淫売婦いんばいふ、動くでない」


「邪教のペテン師がさえずるな。に命令しようだなんて、一億と二千年早いYo!」


「……天罰を受けたいようだな、この売女ばいためが」


「その言葉、そっくりそのまま返してヤルYo、この生臭なまぐさ坊主」


「……よかろう、その言葉、後悔させてやろう!いや、公開しやろう」


 大司教は僧衣の袖元そでもとから宝石のような小片を一握り、つままみ出す。

 ブツブツと詠唱を唱えつつ、大司教はその宝石片を辺りに投げ付けると、その小片は部屋中に広がり、まるで空間に固定されたかのように浮遊ふゆうし、薄ぼんやりと光を発する。

 続けざま、親指と中指を摺り合わせ、パチンと音を立てると、部屋の端々はしばしに配置された禍々まがまがしい彫像や剥製の目許めもとが光り、とニャルロッテ、大司教のいる部屋中心部をフォーカスする。


「なにコレ?」


救世主教メディウム呪禁プレイ神聖ライブ・生中継ブロードキャスト>!緊急生放送なので配信エリアは聖都に限られるが、其方そちらへの断罪だんざいをリアルタイムで実況してやろう」


 礼拝堂中央前方の壁上方じょうほうに飾られていた宗教画が消え、そこには部屋中央の三人が映り出されている。

 ビデオカメラで撮影されているかのように、わずかのタイムラグもなく、映し出された映像は現状を反映している。

 まるで、YouTube、テレビ、いや、ライブビューイングのよう。


「ニャルロッテ!これって一体、なんなの?」


「これは大衆たいしゅうに教えを伝える為の奇蹟きせきの一つです。

 それよりもパカちゃん様、大司教様に謝ってください。断罪実況なんてされたら、もう生きていけません!」


「なに、その断罪実況って?イミワカンナイ」


「公開処刑です!それが肉体的な死なのか、精神的な死なのか、それは大司教様次第ですが、どちらにしても生きて行けません。パカちゃん様、謝って下さい、大司教様に!早く、謝って!!」


「なんでやッ!あんな明けけな言い掛かりしてきた奴に、なんでが謝らにゃ~アカンのYo!それには、大魔王……いや、大天使でしょ!大天使たるが、なんで信徒に謝まんなきゃいけないのYo!」


「パカちゃん様の云う通りなんですけど、大司教様には、そのォ~――信者リスナー数が多いので……」


「なっ、なにぃ~……信者が多いですとォーーーッ!なんかソレ聞いたら、ますます腹立ってキタ!コテンパンのけちょんけちょんにしたるッ!!」


「えっ!?えっ?」


 エレクトリカル・マジカル・インターフェースを展開。このEMIは以外からは見えないので、どんなアクションをこっちが選ぶかはバレない。

 この程度の相手、定型魔術で十分。

 よし、コレだ。一気に魔術でかたを付ける。


「くらっちゃいなYo、火炎乳ブレストファイヤー!!!」


 おっぱい周辺から超高熱の熱線を照射。

 効果は――相手は死ぬ、これで決まりッ!

 ――決まりのはず、だった。

 しかし、――

 熱線は大司教の手前で妨げられている。


救世主教メディウム呪禁プレイ有害魔術フィルタリング接触制限ブラックマジック>発動!これにて、其方のような汚らわしい売女風情の呪術など、決して私には届きはせぬ」


 こりゃ、驚いた。

 シールドとかバリアとか、そのたぐいの魔術防御系の呪文なのかも知れない。ともかく、の放った呪文の効果は大司教の眼前がんぜん未然みぜんに防がれてしまった。

 何より驚いたのが、その一連の行動が、モニタと化した宗教画に映し出されており、その下に置かれた巨大な石碑に信徒の声コメントが無数に投影されている。

「開幕ぶっぱキタ―――(゚∀゚)―――― !! #断罪実況」

「お!魔術だ魔術」

「詠唱無しからの呪文投射スペルキャストとか地味にすごい」

火wwwwwブレ炎wwwwwスト乳wwwwwファイヤー

「( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!」

「異教徒かわョ」

「邪教徒ちゃんおっぱいでかいからすき」

「ゼノグラシアラザボス△」

 信徒の声コメントに混じって、100Cだの10Sだの、謎の文字も表示されている。どうやら、それはお布施ふせらしい。


 こいつら――

 魔術的な加護か術式か分からんが、戦闘を、ニャルロッテの言葉を借りるなら、公開処刑を、楽しんでやがる。

 古代の円形闘技場アンフィテアトルムで行われた命のり取りという見世物みせもの同様、今この状況を観戦し、享楽きょうらくおぼれている。

 鬱積うっせきした憤懣ふんまんけ口、――なるほど。究極神メディアとはよく云ったもんだ。

 ショー・ビジネス化した宗教、そういった側面がこの救世主教には色濃く存在し、大衆迎合主義ポピュリズムの一端が見え隠れする。極度に権威化された支配体制とのひずみ、そんなところか?


 よ~し!

 そっちがその気なら、こっちもその手に乗ってやる。

 YouTuberとしてはしょぼくれ底辺だったが、VTuberとしては謎の人気を博したが、本気でエンタメしてやろうじゃないか!

 大司教のおっさん、見せてやろうじゃないか、本物の人気を。

 が信じる『かわいいは正義』を!いや、『おっぱいは正義』を!!!

 そして、正義は勝つ!


 ――すなわちッ、お っ ぱ い は 勝 つ !!!!

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