第9話 天の象の八卦兵 エドワード・サン

「おまえは、何者だぁぁぁ…」


エグバート城の城壁の近く、先刻せんこく、エドワード王子と近衛兵団長イライアスが脱出した城の隠し通路出口付近において、金色の鎧をまとった庚申こうしんは、麻のローブに身を隠した正体不明の相手に向かって、言葉を投げた。


「おまえは知らなくてもよいことだ」


麻のローブの奥から声が投げ返された。


庚申の振り下ろした木槌きづちを持つ手に力が入った。


ローブ姿の人物は振り下ろされた木槌を、頭上で二本の刀を交差して食い止めていた。


「そうかぁ、ならばお前の名前などぉ、どうでもいぃ。ここで死ぬのだからなぁ」


庚申は、膠着状態を解き放つため、振り下ろしていた木槌を、接する刀から離して、一旦自分は後方へ身を引いた。


ローブの人物も、頭上で身を守っていた二本の刀を腰元に下ろした。


「死ぬのは私ではない。貴様だ、庚申」


ローブの奥から、落ち着いた口調の言葉が発せられ、身にまとうローブの周囲に、紅い炎に似たオーラが現れた。


「こしゃくなぁ」


庚申は憤然として、木槌を振り上げたままローブ姿の人物に襲い掛かる。


ローブの人物は、二本の刀を身体の前にゆっくりと移した。


そして、右足を後ろに引き半身の態勢を取って、右手に持つ刀は上段に構え、左手に持っている刀は下段に構えた。


そして、ローブの奥から二言三言の何かを唱える声を出した。


「…ライゼ……ウ」


庚申の耳には一瞬、何をつぶやいたのか、聞き取れなかった。


「死にやがれぇぇぇ…」


庚申が奇声を発しながら、振り上げた木槌をローブ姿の人物の頭上に勢いよく落とす。


木槌が頭上に達する前に、ローブ姿の人物が構えた二本の刀の先から、紅い炎が現れた。


その炎は、大きな獣が口を開けている形に変わり、やがて木槌もろとも庚申の身体を、飲み込んだ。


炎に包まれた庚申は、声を発する間も無く、身体を縦にぷたつにされその場に崩れ落ちた。


ローブの人物は、庚申が地に伏すのを見届けると、二本の刀を左右の腰元こしもとにあるさやに納めた。


「あんた…何者だい」


近くで戦況を見守っていたヴィゴが、ローブの人物に声をかける。


「単なる流れ者だ。たまたまこのエグバートの近くを通りがかった」


「あんた…者じゃないぜ」


ヴィゴが目を丸くして、ゴクリと唾を飲み込んだ。


城外にいたバーンハルトの兵士は、エグバートの守護兵とヴィゴを始めとするヘイデン軍の中でヘイデンの指揮に従わなかった者達の力によって、ほぼ制圧されていた。


「あとは、問題なかろう」


ローブの人物は、そう言い残すと、ヴィゴが声を再度かける間も無く、森の木々の中へと

姿を消した。



森を駆け抜けていたイライアスは、光が差し込む開かれた場所に飛び込むと、岩を積み上げて作られたほこららしきものと、その横に見覚えのある青い甲冑を目にとらえた。


「王子、ご無事でしたか」


イライアスは、青い甲冑を着て仁王立ちするエドワードの元に一目散で駆け寄った。


「イライアス、お前も無事であったか」


背中越しに声をかけられたエドワードが振り向き応えた。


イライアスはエドワードの前でひざまづき、深々と敬意を示した。


そして、エドワードの無事を確認し、心から安堵した。


「イライアス、あれを見よ」


エドワードが、跪くイライアスの頭上で祠の方角を指差した。


イライアスがエドワードの指先の方に目を向けた。


「おぉ」


イライアスは驚嘆きょうたんせずにはいられなかった。


そこには、盛り土に剣身を半分ほど隠して埋まっている、見事な装飾の鞘に納まった一本の剣があった。


「王子、あれが王の言われた聖剣でございますか」


イライアスの問いに、エドワードは剣を眺めながらうなずいた。


そして、ゆっくりと土中に埋まる聖剣の前に歩みを進め、恐る恐る剣の鞘に手を伸ばした。


伸ばした両の手に力を込める。


青い甲冑の肩口から剥き出しの上腕部が盛り上がる。


土中に隠れていた剣身が、少しづつあらわになる。


「なんと見事な…」


再度、様子を見守っていたイライアスが驚嘆を漏らす。


力を込めていたエドワードは、渾身の力で最後の剣身を土から引き、片方の手で鞘からゆっくり剣を抜いた。


陽の光が剣身に反射して、神々しいまでの光を放つ。


「これが父が以前から話されていた乾為天けんいてんの聖剣」


エドワードは輝きに満ちた剣身に目を奪われながら呟いた。


聖剣の光に呼応して、エドワードの持つ王から手渡された金色の玉石が、エドワードの胸の辺りで光を放った。


エドワードは、剣を持つ右手とは反対側の左側の手で、胸の中から光る玉石を出した。


【天】


光る玉石に文字が浮かび上がった。


「王子…これは」


まばゆいばかりの光の中で、イライアスは目元に

小手こてかざし呟いた。


「わからぬ…。しかしこの剣と、父から授かったこの石は私の宿命なのかもしれぬ」


両の手に光るものをじっと見つめながら、エドワードは静かに語り出した。


「父より、二十年前のバーンハルト軍との戦いを幼き頃、私と弟は何度も聴かされた。

そして、聖剣の持つ力と八宝石の力の話も。どちらも現実に見た事はなかったが、今こうして私の手の中にある。この二つを持つものは、世界を悪から救う八卦兵という選ばれし者の証なんだと聴かされてきた」


「ということは、王子がその伝説の…」


イライアスが神々しいまでの光に耐えながら聞き返す。


「そうだ、私は八卦兵の一人。天の象 エドワード・サンだ」


右腕を天空に高く突き上げて、聖剣の剣先に眼をやりながら、エドワードは吠えるように雄叫びをあげた。


「王子、この剣とこの大陸の何処かにいる同士がいれば、バーンハルト軍の魔族など敵ではありませんぞ」


イライアスの言葉に力が込もった。


「そうだな。この剣は大きな力を宿している。そして同じように大きな力を宿した武器を持つ仲間がいればバーンハルトの軍勢を殲滅せんめつし、この世界に再び平和をもたらすことができるぞ」


言い終わると、エドワードが持っている剣を一度振り下ろした。


一陣の風が、振り下ろした剣先から吹いた。


「王子、父君のお言葉にありました通り、お仲間となられる同士をお探しください。私は一旦城に引き返します」


イライアスは、再び頭を下げて敬意を示した。


「ああ、わかった。私はこれよりこの大陸にいる仲間を探す旅にでる。そして、宿敵バーンハルトを倒しエグバートの仇を必ず取ってみせよう」


エドワードの目が天を仰ぎみる。


「しかしイライアスよ、この広い大陸でどうやって仲間を見つければよいのか…」


エドワードが少し困り果てた顔で言った。


「王子…その手がかりをいろいろな村々に立ち寄って、民に聞くのです。王子が探す同士も

必ずやバーンハルト軍の攻撃から何かを守るために、力を使っていると考えます」


そして続けざまに、それから…と思い出したかのように、イライアスが言った。


「そういえば…西の方角にユーフリードという大きな街があります。その街の自衛団は屈強で、それを指揮する者が何でも不思議な力を持っている者であると噂で聞いたことがあります」


「それは確かか、イライアス。もしそうであるならば、その男こそ同じくバーンハルト打倒に力になってくれる者かもしれぬ」


エドワードがイライアスの目の前で片膝を折り、目線を合わせて応えた。


「噂が本当ならば、是非とも会ってみる価値はあるかと思われます」


イライアスの目に力がこもる。


エドワードは、はたと立ち上がり、聖剣の剣身を鞘に納めて、自身に帯剣たいけんした。


「イライアスよ。私はユーフリードに向かう。お前はエグバート城に戻り城の状況を確認せよ」


「御意にございます」


イライアスは、エドワードの言葉に、軽く頭を前に傾けて頷いた。


そうして、二人は互いに向かうべき方向の森の入り口に向かっていくのであった。


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