第8話 ヘイデン軍 下士官 ヴィゴ
「イライアス殿」
不意に背後から、若々しく、そしてイライアスの耳に懐かしく響く声が聴こえた。
「その声は・・・」
またも窮地に追い込まれた状況で、イライアスがすかさず振り返ると、
そこには、
「おぉ、お主はヴィゴ…か…」
イライアスの目の前に、5〜6人の兵団が駆け寄ってきた。
先頭を駆けてきた男は、イライアスの指導を受けた後、
ヘイデンの配下となっていったヴィゴという者であった。
他の者もイライアスが教え導いた者たちであった。
「イライアス殿、御無事でしたか。お久しぶりでございます」
ヴィゴが、イライアスに向かってくる10数人のバーンハルト軍とイライアスの間に割って入り込んだ。
続けて、ヴィゴの後方を走ってきた兵士たちもイライアスを守る様にして周りを囲んだ。
「イライアス隊長」
周りを囲んだ兵士たちから次々とイライアスに声がかかる。
「お前たち…」
昔、鍛えた者の顔が並ぶ。
イライアスは、緊迫した場面であるにも関わらず、心から嬉しさがこみ上げ、
もう一度奮起できるような力を得た気分だった。
…と同時に、ヘイデン軍の彼らが自分を助けるような行動をしていることに疑問を持った。
「お前たちは、ヘイデン様の命令で城を攻めているのではないのか。なぜ私を助けるのだ」
イライアスは怪訝そうな顔で、ヴィゴの背中に問いかける。
「我々ヘイデン様の配下の者は、全ての者がヘイデン様の考えに納得しているのではありません。」
ヴィゴは向かってきたバーンハルトの兵士を切りつけて、イライアスに背中越しに答えた。
「サイラス王は元々、旅好きのエドワード様よりも第二王子ヘイデン様に国王の座を譲ろうとお考えでした」
ヴィゴが敵をなぎ倒しながら続けて言うと、
「それは私も当然ながら知っている」
イライアスも自身に向かってきた敵を薙ぎ倒しながら、ヴィゴの言葉を遮るように言った。
「しかしながら、この度のエドワード様への突然の戴冠と自身を辺境に封ずる決定に逆上し、魔導士バーンハルトに御身を捧げて魔族になられてしまいました」
イライアスは驚きを隠せなかった。
「なるほどその様なことがあったのか…」
イライアスは、憤りが腹の底から込み上げてきた。
「我々はヘイデン様を信じておりませぬ」
身体をイライアスの方に向けたヴィゴは、強い眼差しで叫んだ。
その瞬間、イライアスの目に、ヴィゴに斬りかかる敵が映った。
〈いかん…〉
言葉より先にイライアスの体が動いた。
イライアスはヴィゴの前に滑り込み、相手の振り下ろす剣先からヴィゴを庇った。
イライアスの肩口から勢いよく血が噴き出した。
「イライアス殿」
声をかけながらヴィゴは、イライアスを襲った敵の腹に剣先を突き刺した。
「心配するな…傷は深くはない」
イライアスは、ヴィゴを少し睨みつけながら
「戦火におるときは、気を抜くでないと教えたであろう」
ヴィゴはバツが悪そうに頷いた。
「しかしながら…お主らの助けがなければこの場で私は命が果てていたのも事実。
お主らが駆けつけてくれたこと。そして、何より自分達の正しい信念に基づいて行動する姿。誇りに思うぞ」
ヴィゴの目に涙が溢れた。
「そのお言葉を頂けただけで、我々はこの場に駆けつけた甲斐があります。しかしながら、エドワード様のお姿が見えませぬ。ヘイデン様がバーンハルトに心を奪われた今、エドワード様をお守りするのが我々、王国軍の役目」
ヴィゴがイライアスに問いかける。
「王子は森の先にある山の祠に一足先に向かっておる」
イライアスが肩口の傷に片方の手を当てながら話した。
「そうでありましたか…、それでは我々がこの場を食い止めますゆえ、イライアス殿は
エドワード様の後を追って頂けませんでしょうか」
イライアスの顔が思いつめた顔になった。
険しい表情を浮かべ、王子の身は案じつつも、しかし自分を助けた部下たちを案ずる気持も微かにあった。
しかしながら自分が守るべきものは、王国であり、今は王からの命を受けて、王子を守ることが使命と心に誓っている。
部下も大切に思うが、戦いの最中では王国を共に守る同士であり、共に王国に命を預けた軍人である。
軍人として優先されるべきは、王国の国益となる事柄であり、王の命令であると定めている。
だからもう、それ以上は何も案ずることはなかった。
それがエグバート王国軍近衛兵団長であるイライアスのプライドだった。
ただひたすらに王子の後を追うことだけが、イライアスの身体を突き動かしていた。
「ヴィゴ、この場はお主に任せたぞ」
「承知いたしました。イライアス殿」
ヴィゴが力強く叫んだ。
イライアスはすぐさま森の方角に向かって駆け出した。
〈死ぬな…お前たち〉
心で強く思いながら、肩口の傷を抑え必死に駆けた。
そして、イライアスは、無我夢中で森の中の雑草に飛び込んだ。
見えないその先に何があるのかもわからずに。
初めて会った人物に命を救われ、そして部下に助けられて九死に一生を得た。
今はもう自分より先に森に入った王子を、必死に追うことだけを考えた。
イライアスは低く身をかがめ、膝ほどに伸びた雑草の中に身を隠しながら前へと進んだ。
肩の傷口が疼く。
生きている証拠だと思った。
この痛みを感じる限り、王子の後を追っている自分を意識していられる。
出血で、意識が朦朧としそうになりながらも懸命に力を振り絞った。
城の内外で起こっている騒然とした様相が一変して、森の中は木々の合間から射し込む陽光と、静寂が流れていた。
自身が搔きわける草の音と息づかいだけが、イライアスの耳を働かせる。
振り返ってみても追手は無かった。
森に飛び込んだ自分の姿を敵は見失ったのだろうか。
イライアスには知り得ないことであったが、ただひたすらに前へと進んだ。
少し傾斜がきつくなり、山の裾野を駆け上がっていることがわかった。
目指す山の中腹にある祠は近い。
王子は無事であろうかと一心に思い続けて駆けてきた。
やっと、イライアスの目に木々の端が見えて、明るい陽射しが正面に大きく差し込んできた。
〈やっと着いた〉
息を切らしながら、イライアスは光の射し込む先へ飛び込んだ。
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