第2話 バーンハルト軍 木氣将軍副官 甲乙

洞窟内が騒がしくなった。


村の民は洞窟内の壁際に身を寄せた。


祭壇までの路が広くなる。


そこに、黒いよろいを付けた兵士がなだれ込んできた。

兵士がローブの人物を取り囲む。


続いて赤い鎧をつけた一人の兵士が洞窟内に現れた。


赤い鎧の兵士は、この軍勢を率いてきた隊長らしき兵士に見えた。

「やっと、探したぞ。貴様は前の戦いにおいて大魔王様の復活を邪魔した八卦兵とやらの生き残りであろう。今度は逃がさんぞ」


赤い鎧の兵士が洞窟の入り口付近からローブの人物に近づいた。


その刹那せつな、ローブの人物は腰元こしもとに帯刀した二本の刀のうち一本をさやから抜刀ばっとうし、自分を取り囲む兵士の一人を切り捨てた。


一瞬の出来事であった―


壁際に寄っていた村の民からは、叫声きょうせいと悲鳴が入り混じって聞こえてきた。


ローブの人物はなおも刀を構えながら、洞窟の入り口に立つ赤い鎧に一直線に走り寄る。


赤い鎧の兵士が剣を抜き応戦する構えを取った。


「俺様をバーンハルト軍木氣将軍もっきしょうぐんの副官、甲乙こうおつ様と知っての事か」


甲乙と名乗る赤い鎧の兵士が叫びながらローブの人物が向かって来る方へ斬りかかった。


ローブの人物は、赤い鎧に迫る中、小声で何かを囁いた。

突如、ローブの人物が持つ刀の先から、火のかたまりのようなものが打ち出された。


甲乙は、とっさに火の塊を避けようとして横に飛び跳ねた。


今まで、甲乙の身体に隠れていた洞窟の入り口がはっきりと見えた。


ローブの人物は、甲乙に目もくれず一目散に洞窟の入り口を目指した。


だが、赤い鎧の投じた得物えものが逃げるローブの背後を衝く。


間一髪、ローブの背後をく得物との間に、マーレが滑り込み、持っている短剣で得物を地に払い落とした。


「導師様、ここは私が時間を稼ぎます。どうぞお逃げください」


ローブの人物は、引き返そうと一歩を踏み出したが、少女が剣を構える姿を見て、只ならぬ強さを感じたため、少女にその場を託すことに決めた。


「すまぬ、恩は忘れんぞ」


顔を隠したローブの奥から、確かな響きの声がマーレに伝わる。


それを聞いたマーレは、ローブの人物の方に顔だけ半分振り向いて、返事の代わりに軽くうなずいて返して見せた。


「追え、奴はまた逃げる気だ。追うのだ」


黒い鎧が逃げるローブを追いかける。


洞窟の入り口付近で、マーレが向かって来る黒い鎧を短剣で斬り倒してゆく。


ローブの人物は、洞窟を抜けて、山の中腹から下に見える大木たいぼくに向かって、谷から身を投じた。


大木の枝に絡まりながらも村の地面に両足で着地することができた。


だが、無事に着地をした村の中にも、甲乙が引き連れていた兵士たちが数十名待機していた。


ローブの人物は、向かって来る兵士に対して、もう一つの腰元に帯刀している刀を抜刀して、二刀流にとうりゅうの構えで迎え撃った。


黒い鎧を付けた兵士が一人また一人と崩れ去る。


正に一騎当千いっきとうせんであった。


ローブの人物が飛び跳ねて空中で一回転しながら、二本の刀を向かってくる敵に向けた。


そうして両手に持った一方の刀は下から上へと斬り上げ、もう一方の刀は上から下へと打ち下ろした。


兵士たちはローブの人物から距離を置き、間を取った。


そこへ、祭壇の洞窟から追ってきた兵士の怒号どごうが迫った。


兵を率いる甲乙の姿も遠くに見えた。


ローブの人物は、周りを取り囲む兵士を牽制けんせいしながら、村の入り口にまた駆け始めた。


入り口付近に辿り着く頃、辺りは日が陰り始めていた。


村を出て追手が迫る中、広大な牧草地に逃げ込む。


辺りには、一本の木すらも見当たらない。


見渡す限りの広い平地である。


「平地に逃げ込んだぞ。あそこは隠れる場所などない一気に捕らえよ」


甲乙の叫び声が聞こえる。


甲乙の軍勢が、血に飢えた獣のような様相ようそうで、平地になだれ込む。


ところがすでに、平地にはローブ姿の人物は見当たらなかった。


あるのは、馬のひざほどにも満たない牧草が辺り一面を覆い尽くすのと、それを食む牛、数頭の黒馬に交じっていななくく白馬、地平線の彼方に落ちる血の色に似た夕日だけであった。


「あの野郎・・・。まだこの近くにいるはずだ。探せ。探し出して捕らえるのだ」


甲乙が持っている剣を振り上げながら叫んだが、その後、黒い鎧の兵士たちはローブの布一枚をも見つけるには至らなかった。


「奴め、どうやってこの平原から消えたのだ…」


甲乙はもどかしさと悔しさをにじませながら、取り逃がした後悔の念を握りしめた拳に力を込めて吐き出していた。

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