第27話「届けないメッセージ」
27話「届かないメッセージ」
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涙を堪えて秋文を見送ってから、もう少しで2年が過ぎようとしていた。
千春は、あの日を思い出すと、秋文にちゃんと言葉で伝えた方が良かったのではないか。抱き締めて、やっぱり離れたくないと言えばよかった。と、後悔する日もあった。
けれど、秋文が夢を叶えられないのは自分が秋文と一緒にいるからだと千春は思っていた。
自分が秋文の夢を壊してしまっている、と。
『ハイ!千春、ボーッとしてどうしたの?早く食べないと休憩終わっちゃうわよ!』
『……ごめんなさい!考え事してて……。』
千春は慌てて返事をすると、一緒に昼食を食べていた職場の人たちに笑われる。
外食だと、やはりボリュームが多くて、皿の上に半分以上あるスパゲッティーを見つめてため息をついた。
『千春もここに来て2年ねー!日本が恋しくないの?』
『そうよ!恋人に会いたい?』
『日本は恋しいかなー。でも、恋人はいないのよ。』
『こんなに魅力的なのに?日本の男は損してるわね。』
アメリカ人の同僚は、千春をとてもよく可愛がってくれているのが、自分でもわかった。
海外での初めての仕事。不安が多かったけれど、すぐに慣れてしまっていた。
千春は、秋文のスペインチームへの移籍について聞き、そして考えてから、すぐに職場へ海外への異動希望を出した。元々、海外への異動を断る人も多く人手不足だったようで、千春の異動はすぐに決まった。
海外への異動を考えたのは、秋文がスペインでプレイして欲しいからだった。自分がスペインについていく事も考えたけれど、きっと会社を言い訳にして行かないのではないかと思ったのだ。
海外に行ってしまえば、気軽に会うことが出来ない。
千春自身が、秋文の夢のために自ら離れる。その気持ちを秋文ならわかってくれると信じていた。
もし、千春が離れても会社のために残ってしまったとしても、彼の考えたことだから仕方がない。
けれど、秋文ならば夢を叶えてくれると信じていた。
そして、秋文は今、スペインのチームで活躍をしている。海外選手としては異例である、司令塔としてチームに入り試合に出ていた。
アメリカでも、秋文の活躍を見ることがあり、テレビに映ると、目が離せなくなってしまっていた。
それでも見足りないので、日本のスポーツテレビを見たり、ネットで検索して見てしまう日々が続いていた。
異国の地で、様々な刺激を受けながら新鮮な毎日を過ごしているうちにあっという間に2年が過ぎようとしていた。
日本に帰ることはほんどなく、帰ったのは2回ぐらいで、全て仕事での帰国だった。
千春の勤めている会社は日本の会社のため、アメリカの職場でも日本人が多くいた。
そのため、簡単な日本語はアメリカの人にも通じるのでやりやすかった。
日本人同士で日本語を話すと、秘密の話をしているように感じられるかなと、始めは気を使っていたけれど、それは杞憂だったようだ。
昼休みが終わり会社に戻ると、すぐに日本人のスタッフに声を掛けられた。
「世良さん!ちょっといいですか?」
「塚本さん。どうしましたか?」
塚本尚は、年上だったけれど同じ時期にアメリカに異動になった同期の男性だ。
背が高く、黒髪に切れ長の目、そして色白の肌。頼れる先輩肌で、気さくな性格は花巻先輩のようだった。
そして、見た目は何処と無くだけれど、秋文に似ているように千春は感じてしまい、会う度に緊張してしまってた。
「前に話した資料って、もう日本からメール来てる?」
「はい。今、塚本さんのPCに送りますね。」
「ありがとう。確認するね。………塚本さんがいつもしてるネックレス、これって桜だよね?」
「そうです。名前に春があるので、自分らしくてお気に入りなんです。季節は関係ないのですけど……。」
「ううん。似合ってると思うよ。春になったら、ワシントンの全米桜祭りっての行ってみない?」
「ありがとうございます。ぜひ行ってみたいです!」
塚本は、桜の花びらのネックレスを指差して、そう誉めてくれた。
大切な人から貰った物を誉めてくれるのは、とても嬉しくて思わず、緊張が溶けて笑顔が溢れてしまう。
すると、塚本は少し驚いた顔をして、ボーッと千春を見つめていた。
「あの、塚本さん?どうしましたか?」
「………いや、何でもないよ。ぜひ、行こう、桜祭り。」
「はい!会社の人も誘ったら喜んでもらえるでしょうねー。」
「………あぁ、そうだね。」
何故か苦笑しながら「資料のメールよろしく。」と、言い残して塚本は自分のデスクに戻っていった。
もともと、お花見は好きで毎年四季組で桜を見に行っていた。けれど、秋文がこのネックレスをくれたことで、更に桜が好きになっていた。
桜をモチーフにしたものをみると、ついつい気になって見てしまうほどだった。
ワシントンにある桜祭りは有名だったので、千春もとても気になってはいた。それに行けると思うと、少し先の話だったけれど、楽しみに思えた。
就業時間が終わり、千春はすぐにスマホを開く。
すると、1件のメッセージが来ているのがわかり、千春はドキッとする。
急いでそのページをひらくと、メッセージの送信者が秋文だとわかった。
内容はとても短いものだった。
「今日はいい試合が出来た。俺よりすごい選手は沢山いるけど頑張る。」
秋文らしい簡潔な文章だった。
けれど、それだけで千春は、目が潤んでしまうのがわかった。
秋文は時々千春にメッセージを送ってくれた。
「おはよう。」という、短い挨拶の時もあれば「こっちは暑いけど、おまえのいるところはどうだ?体調には気を付けろよ。」と、千春を気づかってくれるものなどがあった。
それを読むたびに、秋文の顔が浮かんできて、嬉しさと切なさと、寂しさが千春を襲った。
秋文に会って、沢山抱き締めて欲しい。暖かい体温と、彼の優しい声を感じたい。
そう思ってしまうのだ。
彼からのメッセージをしばらく眺めてから、千春はスマホをバックの中に入れた。
千春はメッセージを読むだけで、返事は送っていないのだ。
既読がつくので、秋文は千春がメッセージを読んだのわかるはずだった。
秋文のメッセージに返事をしたいなる事は多かった。けれど、千春はその気持ちを必死に我慢していた。
1度秋文にメッセージを送ってしまったら、我慢していた気持ちが溢れて、彼に伝えてしまいそうだと千春は思っていたのだ。
秋文は今、日本ではない異国の地で夢のために挑戦しているのだ。頑張っている所を邪魔などしたくはなかった。
秋文に「会いたい。」と一言でも言ってしまったら、千春の気持ちが抑えきれなくなってしまいそうだったのだ。
気持ちを落ち着けながら、千春は首もとの桜のネックレスに触れる。
そして、小さな声で「頑張ってね、秋文。応援してる。」と、届かない言葉を口にしたのだった。
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