第24話「強い決意」
24話「強い決意」
気づくと秋文は、呆然とリビングに座っていた。
真夜中だというのに、窓の下には街の明かりが耐えることはない。
この見える街の中に千春はいるのだろうか。そう考えてすぐに、いるはずがない。と、自分の勘が言っていた。
千春の家まで行ったのは覚えていたけれど、家に帰ってくるまであまり覚えていなかった。
テーブルには彼女が書いた手紙が置いてある。
千春はきっと知っていたのだろう。
秋文がスペインチームから誘われているという事に。
そして、そのチームに入ることを千春は望んでいるのだ。
そんな事をすれば、彼女とは離れて暮らすことになってしまう。そして、実際に千春は目の前からいなくなってしまった。
彼女はどうして何も言わずにいなくなってしまったのだろう。
フラフラになった体を鞭打って立たせた、寝室まで行く。
試合後に遠方から帰ってきて、そして千春がいなくなった。体力的にも精神的にも秋文は疲れはてていた。上手く考えられないのはそのせいだろう。
空腹も感じていたけれど、今は体を横にしたかった。
ベットに横になって目を閉じる。
すると、ポケットに何かがあるのに気づき慌てて取り出す。
千春が置いていったプレゼントだった。
すぐに起き上がって、プレゼントの箱を眺める。すると、リボンに小さな紙が挟まっていた。
それを見ると「早いけどお誕生日おめでとう。」と書かれていた。
「………それまで帰ってこないのかよ。」
秋文の誕生日は、秋の中頃だった。
今はやっと梅雨が開けそうな頃だ。
千春は秋になっても帰ってくるつもりはないと意味するメッセージに見えた。
秋文はプレゼントの中身も見ずに、ベットの隣にあるサイドテーブルにプレゼントを置いた。
そして、まだ千晴の香りが残るベットで横になり目を閉じた。
夢に出てくる千春は笑っていてくれる事を願いながら。
ピンポーンピンポーン
リビングから来客を告げるベルが鳴っている。その音で秋文は目を覚ました。
部屋は夕焼けで赤く染まっていた。
「寝過ぎたな………最近、寝不足だったからな。」
独り言を言いながら、リビングにあるインターフォンを見ると、見慣れた顔が2人写っていた。
出と立夏だ。
立夏は荒い映像でもわかるぐらいに不機嫌そうに立っている。今この2人に会ったら面倒な事になりそうだったが、ここで無視した方が更に大変なことになるのを分かっていたので、「今開ける。」と返事だけして、玄関に向かった。
それに、この2人ならば、きっと千春の事を詳しく知っていると思った。
秋文がドアを開け、「悪い、寝てて遅くなった。」と、2人を部屋へと入るように促した。
すると、立夏がずんずん近づいてきて、何も言わずに思い切り拳で秋文の脇腹を殴った。容赦なく、2回も。
「いーーーっっ!!てぇーな、何すんだ、立夏っ!」
「バカ秋文っ!私の親友に何してんのよ!ヘタレ男っ。」
「おまえなふざけんなよ!喧嘩売ってんのか?」
「そうよ!」
「秋文ー。キッチン借りるぞ。」
「…………あぁ。」
「出、何で何も言わないのよ!」
いつものように、口喧嘩をしてる秋文と立夏の横を平然と歩いて持ってた袋からテイクアウトしてきた料理をテーブルに並べ始めた。
立夏は文句を言っているが、秋文はホッとして出に近寄った。
「話は後でしよう。秋文は寝起きなら何も食べてないんだろ?」
「あぁ、昨日の夜から食べてないんだ。」
「だろうな。」
出は苦笑しながら、「皿借りるぞ。」と言って、千春が持ってきた食器を並べていく。それを複雑な気持ちで秋文は見つめた。
「飲み物あるか?」
「あぁ……冷蔵庫になにかあるはずだ。」
「じゃあ、少し貰うか…………秋文、これは?」
冷蔵庫を開けた出は、中身を指差して聞いてくる。何か不思議なものを置いた記憶はないので、秋文もその中を覗き込む。
「これは………。」
そこにはタッパーに入った料理が沢山入っていた。それぞれに「お肉の野菜炒め」「ロールキャベツ チンして食べてね。」「デザート ババロア」などなどメモ書きまで残してあった。
「千春が作って行ったんだ。」
「そうか……。これは、おまえが食べるべきだな。日持ちするものもあるみたいだし。」
「あぁ。」
冷蔵庫を眺めすぎていると、ピー!と機械音が鳴った。早くドアを閉めろと言っているようだった。冷たい風が体に感じる。小さくため息をついて、秋文は冷蔵庫を閉めた。
「さて。ここに私たちが来た理由。わかってるでしょ?」
リビングのテーブルに料理を並べた。ソファには、出と立夏が座り、秋文はカーペットの上に座った。
憮然とした態度の立夏がそう言うと、秋文はいつもの調子で話をする。寝たことで少し冷静になれていた。
「千春の事だろ?3日前の朝以来会ってない。連絡も取れない。」
「で、この手紙を置いていったって事ね。」
テーブルに置いたままだった手紙を見つめて、立夏が言うのをただ頷いて肯定した。
「俺が会社を設立して仕事が多くなって会えなくなる事が多くなったんだ。そして、スペインのチームに誘われてるのも、話せなかった。会社の事説明したとき、すごく嬉しそうだったのに。断るから話さなくていいって勝手に思ってた。………また、同じことをして傷つけたんだろうな。」
「…………秋文。それは。」
「あんた達って本当にバカね。」
困った顔の出と、呆れ顔の立夏。
この状態は、どこかで見た光景だと思った。そして、すぐに思い出す。千春が元彼氏と会った時の話だ。それを打ち明けたときの2人の顔はまったく対照的だった。
それがまた、秋文の家で再現されている。それを、起こした原因は秋文本人だったが。
「千春がそんな事で、秋文の前からいなくなったと思ってるの?あんなにあんたの事好きなのに?」
「それ以外に何が……。」
「手紙よく読んで見なさいよ。」
「…………。」
千春の手紙を手渡されて、悲しくなるそれを読むのは嫌だったけれど、もう一度よく読み直す。
サッカーをしている所が好き。夢を叶えてください。………千春は、自分の夢をどんなことだと思っているのだろう。千晴といること…………けれど、ここにはそういう事ではないとわかる。
彼女に話した、自分の夢。それを考えて、ハッと思い出したことがあった。
「………もしかして、日本代表の。」
「少しはわかったみたいね。」
千春に話したのは、自分が日本代表に戻る事だと秋文は話した。
会社企業は、先輩のためでもあり、千春のためだった。もちろん、秋文がサッカーを引退した後を考えての事だから、自分のためでもある。そう思ってきた。
けれど、千春は違ったのだ。
秋文が本当に好きな事は何なのか。しっかりと分かっていたのだ。
サッカーが好きで、そして世界に挑戦したい事を。
秋文自身よりよくわかっていたのだ。秋文をよく見ていたから。
「千春は自分のために夢を諦めてるんじゃないかって思ってたのよ。」
「それは……そんな事は……。」
「ないって言えないでしょ?千春が寂しがるからって思ってなかった?」
「…………。」
仕事で忙しくて会えないだけでも寂しがっていたのだ。海外に行ってしまったら、彼女は寂しがる。泣いてしまうだろう。そんな風に考えてしまっていたのは、秋文だった。
「だって、そうだろ?あいつは寂しがり屋なんだ。会えない日は寂しいって言ってた。海外なら数ヵ月は会えないんだ。もしかしたら、1年以上かもしれない。……そんなこと、千春にさせたくないんだ。」
自分の知らないところで彼女を悲しませたくない。会えないところで、泣いていたら慰めることも抱き締めることも出来ない。
彼女は仕事も好きなはずだ。海外に連れていく事も出来ない。
「………本当にあんたは千春の彼氏だったの?千春の気持ち、わかってなさすぎよ。」
「………っっ。俺はおまえよりあいつを見てたよ。ずっとずっと……。」
「じゃあ、何で千春は目の前からいなくなったのよ?」
それがわからない。
わからないから、苦しいのだ。
自分が千春をわかっていなかった。彼女の気持ちに気づけなかったのが悔しくて堪らなかった。
そして、千春に謝りたかった。
返事が出来ずに固まったままの秋文をみつめて、立夏は立ち上がって、強い口調で責めた。
立夏らしい叱咤の方法だとわかっているが、今はその声さえも辛かった。
自分が1番彼女を理解していると思っていたのに、それは勘違いだったのだ。
「あいつは、俺がスペインに行って欲しかったのか。長い間、待たせることになっても……?」
「秋文は、10年も片想いしてまってたなら、千春にも待たせてやればよかったじゃない!そんな時間も待てないほど千春はバカな女だと思ってんのっ!?このヘタレ男っ!」
「立夏…………言葉が汚ないぞ。でも、立夏の言っている事は正しいかもな。千春は、きっと待っていられるさ。秋文のサッカーしている姿が好きなんだろ?……待たせてる訳じゃない。応援してくれてるんだろ。」
この2人は何でそんなにも俺や千春の事をよく見ているのだろうか?
恋人でもない、ただの友達だ。
けれど、秋文や千春と同じように、この2人も俺たちをしっかり見ていてくれたのだろう。
それを感じると、出と立夏に感謝しかなかった。
2人が言うように、千春は自分には勿体ないぐらいのいい女だ。それなのに、信じないで彼女は寂しがるから、夢を諦めるなんて、自分勝手な我が儘だ。
彼女のためと言いながらも、秋文自身が寂しいだけなのだ。
そんな秋文の背中を押してくれたのだろう。
自分が目の前からいなくなることで、自由になって欲しいと。
「あいつは、どこで俺を見ていてくれるんだ?」
「………まぁ、日本ではないことは確かね。」
「会いに行きたいか?」
「……会いたい。けど、今はそうじゃないだろう。」
千春に会って、抱き締めしっかりと謝りたい。
けれど、今は胸を張って会えるはずもない。
きっと、みっともなくてかっこわるい自分だ。
彼女がせっかく、道を作ってくれたのだ。
自分でも諦め、そして忘れかけていた夢を。それを、追いかけていくのが今、彼女のために出来る唯一の方法だ。
「決めたよ。俺はスペインに行く。」
そう強い言葉で言った秋文を見つめて、立夏と出は満足そうに微笑んだ。
先程までの迷いの瞳は、もうそこにはなく、真っ直ぐと前を見据える力強い視線が、秋文にあった。
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