第7話「甘い余韻」






   7話「甘い余韻」





 秋文の告白を受け入れ、恋人同士になったふたり。けれど、友達としての期間が長かったためか、距離感が掴めずに千春がおろおろしてしまう。すると、部屋を出るときに秋文に手を掴まれ、そのまま指を絡めて手を繋がれてしまう。そのまま、店の廊下を引っ張られるように歩く。


 恋人らしい行動に、一気に恥ずかしくなった千春は、秋文の顔を見上げると、彼は得意気に微笑んでいた。





 「おやおやー。なるほど、そうゆう事だったのか。」

 「……店長っ!」

 


 スタッフルームから出てきた店長は、繋がれた手を見つめながら、ニヤニヤと笑いながらそう言った。

 


 「変なところにバラさないでくださいよ。」

 「そんなことしたら、信用なくなってこの店潰れちゃうからねー。秘密にしてますよ。お幸せにー!」

 「…………なんか、信用できないんだよな。」



 秋文はそんなことを呟きながら、カフェを出た。もちろん、車に乗るまで手を繋いだままで。





 「で、何でそんなに緊張してんだよ。」


 

 秋文の車に乗ってからというもの、千春はどういう風に話をすればいいのかもわからず、助手席に座って、ただまっすぐ前を見ることしかできなかった。


 「まさか、まだ助手席は嫌だったとかじゃないよな……?」

 「違うよ!でも、急に付き合うとなると、秋文とどう接すればいいかわからなくなって。」

 「……いつも通りでいいだろ。」

 「いつも通りって、どんな感じだっけ?」



 困り顔で秋文を見つめる。秋文は、いつも通りに接してくれているのだから、同じようにすればいいとわかっているけれども、何故か恥ずかしくて出来なかった。


 秋文の隣に座ったり、手を繋いだり、話しをしたり、そして、目が合うだけで、千春は頬が赤くなるのを感じた。

 まるで、初めて付き合った時のように、全てが緊張の連続だった。



 「はぁー……おまえなぁ、俺をどうしたいんだ?」

 「え……?」

 「恋人同士になった瞬間、恥ずかしくなるとか。俺を意識してるってことだろ?」

 「……そうだけど……。」

 「可愛すぎるだろ、それ……。」



 いつの間にか、千春のマンションの前に車が停車しており、秋文は自分のシートベルトを外すと、体を千晴の方に寄せて、両手で千春の顔を優しくつつんだ。



 「付き合い始めたばかりだから我慢しようと思ってたんだけど……。」

 「秋文……?どうしたの?」

 「ずっとずっと我慢してたんだ。だから、おまえにキスだけしてもいいだろ……?」

 


 手で顔を包んだまま、右の親指で千春の唇を秋文がゆっくりとなぞる。

 それだけで、千春は体が震えそうになる。



 「でも…恥ずかしいよ。秋文……。」

 「我慢しろ。おまえに彼氏が出来る度に、俺は嫉妬で苦しんでたんだ。……やっと俺のものになったんだから、おまえを感じさせてくれ。」


 そんな切なそうな表情で彼に求められてしまうと「だめ。」と言えるはずもない。

 顔だけではなく、首もとまで真っ赤にしながら、千春は小さな声で返事をした。



 「……1回だけなら……。」

 「あぁ、1回でいいから。」



 大切なものを愛でるように、目を細めて千春を見つめ、そのまま優しく千春に口づけをする。

 短い時間だったが、彼の温かい唇の感触を感じて、千春は胸が苦しくなるぐらいにドキドキしていた。


 「なぁ……千春、もう1回。」

 「え、ちょ……っっー……。」



 我慢出来ないと言わんばかりに、千春の返事を待たずに秋文はまたキスを繰り返した。2回目のキスは、千春の唇を食べるように彼の口に覆われてしまう。

 舐めるようなキスに、思わず体を固まらせて彼に抱き締められたまま彼の甘いキスの翻弄されてしまう。



 「あ、秋文……1回だけって言ったのに……。」

 「ダメだ。気持ちよすぎて、我慢できない。」



 秋文は、荒い呼吸をしながら、もう1度キスを落とした。ぬるりとした感触が、千春の口の中で動く。深い深い口づけに、千春は甘い声を洩らしながら、彼の与えるキスを受け入れていた。


 「あと1回。」が、その後も何回か続いた後。千春は、すっかり体の力が抜けて、くったりと秋文に体を預けてしまっていた。



 「……秋文……1回じゃなかったよ……。」

 「悪いな。……おまえとキスしてたら、止まんなくなった。」



 熱を持った千春の体をぎゅーっと抱き締めながら、秋文は恥ずかしそうにそう言っていたが、ちっとも悪そうにはしていなかった。

 きっと、1回でやめるつもりなんて元からなかったのだろう。

 そんなことを思いながらも、彼の胸で呼吸を調えていると、彼の体も熱くなっており、鼓動も早くなっていた。


 彼も自分と同じぐらいドキドキしているのだとおもうと、千春は嬉しい気持ちを感じていた。



 「そろそろ離れないと、次はこのまま俺の部屋まで連れて帰るぞ。」

 「えっ!?」



 秋文の甘い誘いだったけれど、さすがにすぐに彼の家に行けるわけもない。


 千春は、慌てて秋文の体から離れた。すると、彼は苦笑しながら「残念。」と言った。



 送ってもらったお礼を言って、車から降りると秋文が窓を開けて「千春。」と呼んだ。千春は、少し屈みながら彼を見ると、秋文はハンドルを握りながら、千春の顔を見ると優しく微笑んだ。



 「これから、よろしく。」

 「……うん。こちらこそ。」

 「じゃあ、また連絡する。おやすみ。」



 秋文は、挨拶をするとそのまま車を走らせて行ってしまった。


 今までは優しいけど、意地悪で俺様な男友達だった。

 けれど、千春に好きだと気持ちを打ち明け、恋人の関係になった彼は、とても甘く優しい男性になっていた。


 そんな彼に10年以上も片想いをされていたというのは、今でも信じられない。そんな自分を深く愛してくれる秋文が自分の恋人になったのだ。

 これから、彼がくれる時間はどんなものになるのだろうか。

 今のように、優しく甘く接してくれたり、熱く激しく求められるのだろうか。




 部屋に戻り、一人になった後も考えることは秋文の事ばかりだった。

 付き合う事になり、いつもよりテンションが上がって、子どものように喜ぶ秋文の笑顔。そして、先ほどの甘いキスを繰り返しくれた、熱を帯びた瞳で見つめる色気のある彼。そんな事を思い出しては、ベッドで枕を抱きしめながら、恥ずかしくなってしまう。




 自分は彼に夢中になってしまうのではないか。そんな予感を感じながら、千春は甘い余韻に浸っていた。



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