第1話「素の自分」
1話「素の自分」
「ぅー………さみしいーよー………。」
千春は、お酒の入ったらグラスを持ちながら、テーブルに顔を置いた。そして、ため息をつくようにそう呟いた。
白い肌は赤くなり、頭はぼーっとして、上手く物事を考えられなくなっている。自分でも飲み過ぎている、そんな事は千春もわかっている。
お酒を飲めばその時は忘れられる。いつもはそうだった。
けれど、今回は違った。
いくら飲んでも、頭の中から先ほどまで恋人だった人の顔が忘れられないのだ。
「おまえ、飲み過ぎだ。ったく、誰が家まで送ると思ってんだよ。」
そう言って、向かい側に座っていた、黒髪で切れ長で真っ黒の瞳の男は、手から溢れそうになっていたグラスをひょいと取り上げた。
「あー!秋文ー、それまだ飲むー……。」
「だったら、まず体を起こせっっ!」
「千春は飲み過ぎだから、私が貰う!」
秋文が没収したお酒の入ったグラスをひょいと取って、ゴクゴクと飲み始めたのは、赤茶色の髪をショートカットにした、美人系の女の子だった。
「立夏ー!それ、私のなのにー……酷いよ……。」
「大丈夫、他の注文してあげるから、ソフトドリンクを。」
「いじわる!」
「ほら、千春。飲み続けて寝てしまったら、俺たちを集めた意味がないだろう。フラれたと言うのはわかったけど、詳しく話さなくていいのか?」
優しく心配してくれたのは、背が高くて、そして少しガッシリとした体格の男のだった。秋文の隣に座っており、慰めるように優しくて問いかけてくれる。ふわふわの茶色髪の毛は地毛で、とても綺麗な色をしている。
「出は優しいなぁー……話し聞いてくれるなんて。」
「いつも聞いてやってるだろうが、俺たちは。」
「……秋文は意地悪っ!」
「うるせーよ。」
フンっ!と視線を逸らしたまま、ビールの飲み始める秋文を、千春はジロリと鋭い視線で見つめた。
千春の目の前に座っている、黒髪で俺様で強気な男は、一色秋文。いつも文句ばかり言いながらも、しっかりと話しを聞いてくれるのを、千春は知っていた。
秋文の隣に座っているのは冬月出。とても優しくて真面目で頼れる大人の男性で、いつも甘えさせてくれる出は、お兄さんのような存在だった。
そして、千春の隣に座っているのは橘立夏。千春の親友だ。おっとりしている千春とは正反対でサバサバしており、出来る大人の女性だった。
「ほーら!折角、四季組が集まってるんだから、話なさいよ。」
「四季組」というのは、立夏が名付けたこの4人のメンバーの事で、4人には四季の春夏秋冬の文字が一文字ずつあるので、そう呼んでいたのだ。初めては、「変だよー!」と、笑っていたけれど、今ではすっかりその呼び方が定着していた。
高校や大学と、学生の時は毎日のように会っていたけれど、社会人になると、そんなに頻繁には会えなくなってしまう。社会人ももう5年目にもなるとそれぞれが忙しくなってしまう。それでも、1、2ヶ月に1度は会うようにしていたが、今回の集まりは急だった。千春が「また、フラレた!助けてー!」と、SOSの連絡をグループメールで送ってたのがきっかけで、たまたま空いていた3人が数時間後には、こうやって集まることが出来ていたのだった。
「で、なんでフラれたのよ?今は、確か憧れの先輩だっけ?」
「うん……大学の頃からかっこいいなーって見てた先輩だったんだけど。たまたま、仕事とで一緒になって。付き合うようになったんだけど。」
「2か月前ぐらいに、千春が「彼氏出来たー!」って、嬉しそうに報告してくれたよな。」
「……別れるの、早っ。」
「秋文ー……私、結構凹んでるだよ?」
「で、今回はどうして別れたの?」
立夏は、よしよしと千春の頭を撫でながらそう聞いてくれる。千春は、思い出すだけで泣きそうになりながらも、相手に言われたことをゆっくりと話した。
「………先輩は、女の子らしい人が好きみたいだったから、頑張ってそれに近付けようと思ってたんだけど、先輩はそれに気づいてくれて。「千春の好きなことを教えて。頑張らないで、千春らしさでいいよ。」って、言ってくれたの。だから、趣味とか、食べ物とか、好きなこと少しずつ教えたんだけど…………。」
「………思ってたのと違うって。」
「また、それかよ。」
「おい!秋文……。」
秋文の突っ込みに、出が止めにはいるが、すでに遅かった。千春は、うるうると目に涙を溜めていた。
「自分を出していいよって言われたから、お酒とかお肉とか好きだって言ったり、アニメとかゲーム好きだって教えたり、休みの日はおうちでまったりしてます。とか、本当の事教えたら、ダメって……本当の私は、誰も好きになってくれないのかな……。」
千春は、色白で女の子らしい容姿、そして、ファッションも綺麗系なものが好きなので、見た目はとても男ウケがよかった。そのため、学生の頃から千春はモテていたけれど、いつも長続きしなかった。
別れを告げられる理由は、いつも同じ。
「思っていたタイプと違った。」だった。
酷いときには、「嘘ついてんじゃねーよ!」と、罵声を浴びせられ、千春がかなり落ち込んでしまった事があった。
けれど、立夏と秋文が、千春を酷く振った相手に、こっそり殴り込み(精神的な攻撃が多かった。)をしているのは、千春には内緒だったが。(その時の出の役目は、千春の見張りと慰め役だった。)
「おまえ、同じことばっか繰り返してるな。」
「ぅ………。」
「秋文の言う通りねー。ちゃんと中身見てくれる人にしなさい。初めから素の自分を出してけばいいじゃない。」
「……素の自分なんて、誰も好きになってくれないよー。」
「そんな事ないだろ。まず、やってみなきゃわからないだろう?」
「自信ないな……。私の中身見ても、好きだって言ってくれる人なんて、今までいなかったもん。」
千春は過去の恋愛を思い返してみても、そんな人はいなかった。趣味は隠して、かわいく見せ女の子らしい言葉や返事を作っていた。
嘘をつていたのかもしれない。そう思うと、自分が悪いのだとわかる。けれども、誰かに好かれたい、そんな気持ちが千春は大きかった。
千春は一人きりの時間がとても多いのだ。
「わぁーーー!やっぱり飲むー!」
「あ、それ私のドリンクっ!」
千春は、立夏のお酒を奪い取り一気飲みをした。
きっと、酔って寝てしまえば忘れられる。千春は、そんな思いでお酒を飲み続けた。
★☆★
「ま、あんだけ飲めば、そうなるわよね。」
「千春もショックだったんだろ。仕方がない。」
テーブルの上に腕を組んで枕にして眠ってしまった千春を3人はそれぞれの思いで見つめた。
「…………ほんと、バカなやつ。」
「で、秋文はどうすんのよ。また、別れてホッとしてるだけなの?」
「………なんだよ。」
秋文は、痛いところをつかれてしまい、視線を立夏から逸らした。それを見て、立夏は大きくため息をつく。
「千春は全く気づいてないのよ。今日の言葉聞いてわかったでしょ?素の自分を好きになってくれる人なんていないと思ってるわ。」
「…………。」
「今回も別れたから秋文は安心かもしれない。けど、次こそ千春がそのままの自分を出して恋人見つけたら、あの子、誰かに取られるわよ。いいの?」
立夏の強い言葉が、秋文を責めていく。
秋文は逸らしていた視線を、千春に向ける。先ほどまで泣くのを我慢していた瞳から涙が溢れた跡が残ってた。
それを見ると、秋文は胸が痛くなる。
「俺は………。」
そこまで、言ってから秋文は言葉を飲み込んでしまう。
こんな近くにいるのに、目の前の女は全くこちらを見てくれない。それなのに、そんな事を言っていいのだろうか。
けれど、千春が本当に手の届かないところまで行くのは、想像が出来ないし、考えるだけで苦しくなってしまう。
俺は、素のおまえが好きなんだ。
そんな言葉を彼女に伝える日が来るのか。
秋文は、大きくため息をして味のしないビールを飲み干した。
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