みみすばれる短編集

えいみー

新世界ふたりぼっち

真っ暗だ。


当然だ、窓もカーテンも締め切って、目も閉じているのだから。


僕はこの時間が好きだ。

目を閉じ、微睡みの中にいるこの時間が。



「僕くん、僕くん」



声が聞こえる。

僕を呼ぶ声だ。

いつも聞きなれた声だ。



「………お姉さんを困らせる寝坊助君は誰かな~?」



ずしり。


僅かだが、僕の身体に重いものがのしかかり、ベッドにしているソファーがぎしりと鳴る。


だが、不快でも辛くもない。

むしろ、心地よい。



「………う、ん?」



僕は目を開けた。

少々ぼやけた視界が開けると、最初に飛び込んできたのは、いつも見慣れた赤い瞳と、黒い長髪。


まるで猫か何かのように、仰向けになった僕の上に乗っている。


優しい笑顔で、先程まで眠っていた僕を見つめている。



「………おはよ、僕くん♪」



と、笑顔で挨拶するお姉さん。



「………おはよう、お姉さん」



と、少し笑って返す僕。

これが、僕の朝だ。





………………





………聞いた話によると、世界は既に終わってしまったらしい。


らしいというのは、僕には世界が終わる前の記憶が無く、お姉さんも詳しくは教えてくれないからだ。


気が付けば、僕は既に半分ほど廃墟となった学校の中に居て、お姉さんと一緒に日々を過ごしている。


昼間は暑いし夜も寒いが、雨風を防げる分外よりずっとましだ。



「それじゃあ、いただきます」

「………いただきます」



僕と一緒に、繋げた学生机を挟んで朝食………非常用のレーションと保存食を食べる、このお姉さん。


記憶も名前も思い出せない僕を、いつも助けてくれる。

お姉さんが居なければどうなっていたか、と思う事などいつくもある。


感謝してもしきれない。



………ただ、いくら日中が暑くて資源もないからといって、へそ出しスタイルのタンクトップにミニスカートというのはどうにかして欲しい。


当たり前だが、お姉さんは大人なので子供の僕から見れば大きい。

どことは言わないが、大きいのだ。


そして僕だって男の子だ。目のやり場に困ってしまう。



「………ん?お姉さんの顔に何かついてる?」



ニヤニヤと笑いながら、お姉さんが聞いてきた。

僕がチラチラ見ている事がバレていたようだ。



「な、なんでもないですっ」



そう誤魔化して朝食を食べる僕。

相変わらずニヤニヤ笑っている所を見ると、誤魔化しきれていないようだ。


朝から少し恥ずかしい思いをしてしまった。





………………





朝食を食べ終わると、僕とお姉さんはバイク………所謂サイドカーと呼ばれるタイプに乗り、学校の外へと出掛ける。


運転は、勿論お姉さんが担当。

僕はお姉さんの後ろに抱きついている。



学校の外には、強い日差しと、学校のような崩れかかった廃墟が広がっている。


僕とお姉さんの仕事は、ここから使えそうな機械や、食べられそうな物を探す事だ。

日々を生き抜くには、無くてはならない仕事だ。

ご飯を食べなければ、僕もお姉さんも死んでしまう。



「今日はここを探索しましょうか」



サイドカーを止め、僕とお姉さんは、ある大きな廃墟の前に降りた。


今までも何度かやってきた、スーパーマーケットと呼ばれていた所だ。

ここには、何年も持つような缶詰めや、飲む為の水が沢山ある。



「それじゃ、私は西の方を見てくるから、僕くんは北の方をお願いね、30分後にここで合流しましょう」



僕とお姉さんは、二手に別れてスーパーマーケットを探索する事にした。


お姉さんと別れるのは寂しいが、広いスーパーマーケットを探索するには、二手に別れるのが合理的で正しい。


僕は寂しさを堪え、スーパーマーケットの北側へと足を進めた。



北側は"元"食品売り場。


腐ってもう食べられなくなった物があり、嫌な匂いと、むあっとした熱気が漂っている。


臭いし暑いが、缶詰め瓶詰めのような食べられる物があるのはここだ。

僕は悪臭を我慢して、食べ物を探す。



「たしか、缶詰め売り場は………」



僕が缶詰めを置いてある場所へ足を進めようとした、その時だった。


ぴちゃぴちゃ


何か音が聞こえた。

唾を口の中で動かすような、水の音が。


それを聞いた瞬間、僕の背筋が凍り、嫌な汗が額を伝う。


まさか「奴等」が来ているのか。

ここは奴等のテリトリーから外れているハズなのに、何故?


色々な考えが頭を過るが、まずは生き延びる事を考えなければならない。


まずは奴等に見つからないように、静かにこの場を離れようと僕は考えた。

抜き足、差し足と、ゆっくり奴等から距離を置こうとする。



だが、今日の僕はとことんツいていなかったようだ。

床に散乱していた金具に足を引っ掻け、ガシャンと音を立ててしまった。



キシャアアア!



エンジンのような羽尾を立てて、腐った肉を頬張っていた奴が、奴と僕を隔てていた商品棚をなぎ倒しながら現れる。


バッタを人形にして巨大化させたような奴。

詳しくは解らないが、世界が終わった後現れ始めたという。

そして奴は、最悪な事に肉食だ。



「あ、あ、あ」



眼前に現れた奴を前に、僕は倒れ、動けなくなった。

腰が抜けたのだ。

恐怖から、身体も言う事を聞かない。


そんな僕を前にして、奴は笑うかのように、その横に開く口からだらりとヨダレを垂らして迫ってくる。


このままでは、僕は数分後には奴の腹の中だ。

絶体絶命、万事休す。


僕が諦めかけた、その時。



ズドン



轟音と共に、奴の片方の複眼が吹き飛んだ。

破片と奴の体液が、その場に散らばる。



ギィィ!!



悲鳴のような叫び声をあげ、のたうち回る奴。

そして。



「僕くん!」

「お姉さん!」



背後から、いつも聞いているあの声が響いた。

振り向くと、そこに居たのは、大きな銃を構えたお姉さん。

また、お姉さんが助けに来てくれた。



ギィィ!!



怒り、自分の複眼を破壊したお姉さんに対して、奴はその鍵爪を振り上げて突撃する。


それより早く、お姉さんは銃の引き金に手をかけ、引く。


再び、ズドンという重い音が響いた。

同時に、奴のもう片方の複眼が吹き飛ぶ。


三度、ズドンという音が響いた時には、奴の頭が吹き飛んだ。


破片と体液を撒き散らしながら、奴はお姉さんが足元に倒れ、そのまま動かなくなる。



「僕くん!」



奴の亡骸を飛び越え、お姉さんはその場にへたり込んだ僕の元に駆け寄る。


心配しているのか、その表情には余裕がない。

泣きそうになっているようにも見える。



「僕くん大丈夫?!怪我はない?!」

「だ、大丈夫です、あ、ありがとうございます」



おぼつかない口で、僕は心配するお姉さんに礼を言った。


今回のように、お姉さんには何度も助けられている。

正直、申し訳ないと思う。



「………僕くんが居なくなったら、私………私………」



ぎゅうと、お姉さんは僕を抱き締める。

もう放さないと言うかのように。


世界が終わる前の記憶はないが、大人の女のこういう台詞は、本来子供の僕ではなく、

同じ大人の恋人や結婚相手に言う物だというのは、なんとなく解る。


だが、今の世界は、少なくとも僕達の手の届く範囲には僕とお姉さんしか人間はいない。

たとえ子供でも、一人になるのはお姉さんには耐えられないのだろう。


たしかに僕も、お姉さんが居なくなったらと思うと、耐えられない。





………………





サイドカーの側車に、手に入れた食料や日用品を詰め込み、僕とお姉さんはスーパーマーケットを後にした。


何度も来ていた場所だが、奴のテリトリーに位置していると考えると、探索の場所を変える事も考えなければならない。


豊富に物があるので惜しいが、命には変えられない。



明日の事は明日に考えるとして、太陽が沈む前に僕とお姉さんは学校に戻った。


奴等はどうやら夜行性らしく、太陽が沈むと活発になる。

その前に、奴等のテリトリーから離れなければならない。



晩御飯を済ませ、プールの一部を改造したシャワーで一日についた汚れを落とす。


直に、夜が来た。


太陽は沈み、空には無数の星が瞬く。

お姉さんに聞いた話によると、世界が終わる前はこんな物は見られなかったようだ。


僕も記憶はないが、そんな気がしている。



「………お姉さん」



就寝前、僕はお姉さんの所を訪ねた。



「………なぁに?」



お姉さんは、僕に優しく微笑みかけた。


日中、奴に襲われた恐怖を引きずっている。

故に、僕は一人で眠れない。

だが、今眠らなければ明日に響く。


だから、恥ずかしさを堪えて、僕はお姉さんに訪ねた。



「………今日、一緒に寝ていいですか?」



その一言をなんとかひねり出した僕に、お姉さんは嫌な顔一つせず、微笑みを浮かべたまま優しく答えた。



「いいよ、おいで」



その一言を聞き、僕はすぐにお姉さんのベッド………保健室にある物を引っ張ってきた布団の中に入り込み、お姉さんに抱きつく。


お姉さんの胸に顔を埋めていると、とても安心する。

僕は、この場所が大好きだ。



「よしよし、大丈夫大丈夫」



お姉さんに頭を撫でてもらうと、心が落ち着く。

先の解らない毎日だが、ここにいるとそんな事も忘れてしまう。


柔らかくて、暖かい。



「………何があっても、側にいるからね」



お姉さんが何か言っている。

お姉さんの声を聞くと安心する。


お姉さんの優しさに包まれながら、僕はすっと、意識を手放した。



さて、明日はどう過ごそうか。

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