第六章

 霊道場に入ると、すでに日向や渚、寛治と副島が向かって前でスタンバっていた。俺達を見かけた渚は、

「試合開始は一五分後。それまでに用意しなさい」

 と言ったっきり向こうに戻ってしまった。いつになく真剣なまなざしで、俺が長らく忘れていたあいつが霊道をする目でもある。

 戻って来たんだな、俺は。という気持ちが体中から沸き起こるのが分かる。

 どこから聞きつけたのか、霊研と霊道部が戦う……つーか、元霊道部員俺と現霊道部最強メンバーが戦うことは知っていた人も多いらしく、かなりの観客が俺達の試合を見に来ていた。霊道勝負を上から見渡すための二階席には人人人人……。ああ、緊張するぜ。こうした場合はどうすればいいんだっけ? 人って三回かいて飲み込めばいいのか。…………。ってこりゃ入だ。

 観客席を見やれば、『見にくるよ、お兄ちゃん!』と言っていた我が妹、舞の姿を見かけたし、なんと寮母の汐織さんの姿も見える。

 霊道の試合の審判としてはフワちゃん……もとい体育教師不破悟が担当することになっているらしく、彼は笛や旗なんかを持って霊道場隅にスタンバイしている。

「……………さて」

 したい開始二分前になり、準備運動を終えた俺達は、一旦集まった。三人で……ではなく、勿論ナギやクリス、香恋を含めた六人が、である。俺達は円陣を組み、

「……いいか、相手は霊道部の最強さんたちだ。こちらが立った数日頑張ったって実力が追い付く相手じゃない」

 俺はほかの五人に口を開く。

「だが、俺達はやれることはやった。簡単に追いつくことも難しいだろうが、相手の足もとを奪うくらいはできる」

 そのための練習を、何日もやって来たんだ。

「………あちらさんの、鼻を明かして、一発かましてやろうぜ」

『はいっ!』

 女子五人の元気な挨拶。……今更ながら、霊研チームは男子俺一人なのな。ハーレム状態って言うのか、こういうのって。……別に嬉しくもなんともないが。

「霊研、ファイトっ!」

『ファイトッ!』

 六人、手を合わせて、それを下に強く気合いを入れて押し出す。

 審判のフワちゃんが試合開始一分前を知らせ、俺達は霊道場の真ん中へと歩き出した。


「……霊道部対霊研究部の練習試合。ルールは日本高校霊道協会の霊道規定にのっとります。フェアな精神で、言い試合となることを望みます。……両選手、前へ」

 俺は一歩前に踏み出し、日向の前に立つ。霊道の試合では選手が霊媒者、霊、霊媒者……の順に横に並んでいくので、俺の隣にはナギ。ナギの前には渚がいる。

「それでは、試合を始めます!」

 フワちゃんの合図により、俺と日向は握手を―――こんな状況でなければ絶対にしたくない握手をする。

「……目にもの見せてやるぜ、日向」

「どうですかな、僕が返り討ちにしてあげましょう」

 横でも、

「よろしくお願い申し上げる、渚殿」

「こちらこそ。貴女と戦えることを楽しみにしてるわ」

「あ、あの、よ、よろしくお願いします。須藤さん」

「はい。僕しても全力で行かせてもらいます」

「貴方、足元をすくわれないようね気をつけましてね」

「……フンッ、そんなこと俺がするはずがなかろう」

「アンタ、どれだけの実力かは知らないけど、まあ見ておいてよね」

「―――覚悟」

「……よろしくですね」

「ふふん。神霊の実力、見せてあげるわよ」

 と、それぞれ戦う相手に言葉を浴びせている。

 ………皆、気合は十分だな。

「それでは、まず、双方の先鋒は真ん中に進み出てください」

 霊道の試合では特にフィールドの制限がないため、相対の初期位置は霊道場の真ん中、と言うことしか定められていない。

「……じゃ、沙羅ちゃん。準備はいい?」

「はい。精一杯がんばります!」

「クリスは?」

「問題なくて。準備OKですわ」

 沙羅ちゃんもクリスも俺に向かって、緊張しながらも、そう返してくれる。

「………行ってこい!」

 俺は二人の背中を試合開始場所へと送り出した。


 霊道場の真ん中で、二人の霊媒者と二人の霊が対峙している。

 一方は、小さな体の女の子、夙川沙羅。黒い戦闘用ドレスに身を包み、右手に鎌を持つクリス・ローゼンベルク。

 もう一方は、眉目秀麗成績優秀のイケメン、須藤寛治。身長二メートルはあるかと言う大柄な体に両手で身長よりも高い三メートルほどの槍を携える、鳳大鵬だ。

 オーダーは予想通りだったな、と俺は思う。

「………それでは、双方、位置について」

 クリスと大鵬が約五メートルの間を開けるように位置どる。始めは沙羅ちゃんが大鵬の後ろ、寛治がクリスの後ろといった形だ。

 そして、そこから大鵬とクリスはたがいに相手を鋭く睨みながら、縁を描くようにして、一八〇度位置を変えていく。大鵬が寛治の前に、クリスが沙羅ちゃんの前になるように、だ。これが霊道発足以来の伝統的なやり方らしく、いわば一つの儀礼のようなものだ。

「………準備は、いいですか?」

「はい」「無論」

 クリスと大鵬が、それぞれレフリー、フワちゃんにそう返す。

「……では、試合開始っ!」

 フワちゃんの合図とともに、試合の第一ラウンドが開始された。


 まず動くのはクリス。黒のドレスを後ろになびかせ、同じく黒の鎌を右手に、やや体よりに構えて大鵬に真正面からアタックする。

 大鵬は動じず、冷静に槍を正面に構えて、

「………はっ!」

 目にもとまらぬ速さで、前に突き出す。

 正確無比な、鋭い突き。おそら初見ではよけられないだろう。だが、クリスと沙羅ちゃんにはすでにナギの特訓がしてある。

 クリスは大鵬の槍の一撃を自らの体を右にそらすことでよける。槍の攻撃は薙刀の『線』と違い『点』なので、大きく避ける必要はないのだ。迫りくる槍の恐怖に耐えることも、特訓の重要な課題の一つであったが、クリスはうまくやってくれているようだ。

 クリスはさらに大鵬の懐へはいりこむ。槍の先端から大鵬の体までは三メートル弱。そこまでを三歩で詰めて右から左で鎌で払いを―――

「……甘いっ!」

 大鵬はそう叫ぶと、体を重いステップで右―――つまり、クリスからみた左にそらす。

「破!」

 鎌の一撃を住んでの所でよけると、槍をそのまま右から左へと、大ぶりに振るう。

「…………きゃっ!」

 クリスの目の前に槍の一撃が迫り、その体に攻撃がヒットし、すり抜ける。だが―――

「…………」

 フワチャンからは撃墜判定が出ない。それもそのはず。クリスは鎌を自身の前に突き出して、槍に鎌を当てたからだ。

 霊道の試合規定では、相手の攻撃にこちらの武器を当てれば、その攻撃を無効になる。ただ、自分の武器のある特定の決められた部分―――クリスの鎌の場合だと、その腹だ―――に当てないと防御判定にならないため、実際にやってみると結構難しい。沙羅ちゃんとクリスの特訓において、槍の正面防御は無理にしても、横払いにはそれで対応するように言っておいたし、沙羅ちゃんもとっさの判断でその指示ができたのだろう。

「……次は、こちらの攻撃ですわよ!」

 クリスは駆け、横払いにより体勢を崩した大鵬へと迫る。今度は鎌を下から上に擦り上げるように繰り出す。が、大鵬は横払いで体に残ったエネルギーを使い、前に体をずらす。クリスの鎌の軌道が大鵬の霊体をかすり、空を切った。

 そして、大鵬はいち早く距離をとり、元の間合いへと戻ってしまった。

「……クリスちゃん、大丈夫かしら?」

 横からアイリが聞いてくる。

「ああ。初撃は悪くない。それに、大鵬の間合いの取り方の手ごわさは今に始まったことじゃないさ。もっとも、それで英霊なんだから、弱っちいもんだったら腰ぬけにもほどがあるだろ」

「まあ、そうなんだけどね」

 俺は再び勝負場へと視線を戻すと、大鵬が槍を高速で突いているところだった、。

 クリスはその大鵬の突きを少ない動きでよける。だが、すぐに引っ込まれた槍は、もう一度クリスを襲う。

「………くっ!」

 クリスはそれを左によけようとするが、槍はそこまで届かない。……というか。

「……フェイクか」

 今放っている突きはフェイク。そして、フェイクの突きを何度も繰り返し、相手が体勢を崩したところで本命の一撃を放つ。まさに、動く攻撃要塞。

 視認するのが難しいほどに高速で放たれる槍の影。クリスはそれを右に左に後ろにとステップでよけ続ける。

 だが、

「……あっ!」

 クリスの悲鳴が聞こえたかと思うと、彼女は足を滑らせ、後頭部から床に激突してしまうような体勢になる。

「……クリス!」

「貰った!」

 俺の叫びをかき消すように、大鵬が重しの乗った本命の一撃をクリスに放つ。

 その時。沙羅ちゃんの口元が、少し釣り上ったように見えた。あれは―――『かかった』

「甘いですわよ!」

 クリスはなんと、その状態から自らの柔軟性を駆使して体勢を立て直し、本命の一撃をよけ―――そのまま足のばねを存分に使った跳躍で大鵬に肉薄する。

 鎌の横払いが大鵬を襲い、大鵬はかろうじてそれをよける。が、霊体の髪を少しかすった。

 見えないのだ、軌跡が。

 ナギも最初クリスと戦ったときに感じた、と言っていたが、鎌と言う武器は変則的で、その軌跡が読めない。

ましてや、初見でその連撃をよけきることは不可能に近い。

右、左、下、上、斜め袈裟、突き、回し、右、袈裟、といくつもの攻撃が疾風怒濤に大鵬を襲う。大鵬はその攻撃を大柄な体に似合わず繊細なステップでよけていたが、ついに、クリスの強襲燕返しで、大鵬の体にヒットした。

ピ―――――――――ッ!

 フワちゃんのホイッスルが鳴る。

 これで、まずは一人。

「一本! 夙川沙羅とクリス=ローゼンベルクの勝利!」

 どっ、と霊道場に歓声がわく。

 そりゃそうだろ。名もない中等部の生徒が、霊道部エース級の英霊を破ったんだから。

「やりました! 私!」

 沙羅ちゃんとクリスがこちらへ駆けてくる。俺は沙羅ちゃんの頭にポン、と手を置いて、わしゃわしゃとなでてやる。

「……よくやった、沙羅ちゃん。クリス」

「やったわね! 沙羅ちゃん! クリスちゃん!」

 アイリも沙羅ちゃんの勝利に歓喜の言葉を浴びせかける。

「はいっ! ありがとうございます! 私の指示に至らない点もあったかもしれませんが、クリスが頑張ってくれました!」

「そんなことはないわよ、沙羅。貴女の指示のおかげで私は勝つことができましてよ。……ただ、まあ最後の指示で急に『燕返し』と言われたのは驚きましたが」

「えへへ。クリスならできるかな、と思って」

「……まあ、結果的には最良の判断だったと思いますわね」

 沙羅ちゃんとクリスは嬉しそうに、笑う。

「沙羅ちゃん、クリスちゃん。次はある意味本命の副島とその霊だ。勝てるかどうかは分からないが、全力で頑張ってきてくれ」

「「はいっ!」」

 二人分の元気な返事を残して、沙羅ちゃんとクリスはもう一度戦いの場へと戻って行った。

「惟っ」

 すると、向こうのサイドから試合の終わった寛治がこちらへ歩いてきた。その顔には悔しさはにじむものの、「やりきった」男の顔をしている。

「あはは。やられちゃったね」

「……クリスの鎌は、意外とやりにくかったんじゃないか?」

「まあね。僕もあんな攻撃は見たことなかったよ。鎌の燕返しなんて、それこそ極めれば英霊狙えるくらいの必殺技だよ」

「そうだろそうだろ。褒めろ褒めろ」

 寛治は俺の隣に座りこんで霊道場を見渡しながら、

「でもまあ、惟とまたこういう風に霊道場で話せるとは思ってなかったな」

「そりゃまあな。俺も思いもしなかったよ。でも、霊研を守るためさ。負けられねぇ」

「……理由はどうとでもいいのさ。惟がここに戻ってきてくれたこと。それが僕は嬉しいよ」

「……………」

 黙り込んでしまった俺に、寛治は、

「こうしてみると、昔を思い出す。渚と僕と惟と………あの時と違う点と言えば、僕達が敵同士だということだけどね」

「……ああ。だから、俺達は全力で行かせてもらうぞ。勝ちにいくつもりだからな」

「ふふっ。惟は惟らしいな。まあ、でも、おそらくそちらの思惑通りに簡単には行かないと思うけど」

「? どういうことだ?」

 寛治の妙な含みに違和感を覚えながらも、試合場所に目を戻すと、すでに四人は開始場所についていた。

 沙羅ちゃんとクリスの前には立ちはだかるのは、無口系少女副島希に、名前不詳の神霊。

 副島の霊は依然として武器を見せない。ということはなにか特殊な武器なのだろうか。

 そんな、俺の思いをよそに、

「では、第二試合を始めます。試合開始っ!」

 フワちゃんは試合開始の合図を告げる。

 さて、どうでてくるか………。

 と思った時だった。

 バンッ!

ピ―――――――――――ッ!

 耳をつんざくような音と共に、ホイッスルが、なった。

「え………」

 何が起こったのか、まったく見えない。

「し、試合終了。副島希の勝利!」

 周りの観客達もざわめく中、フワちゃんの声だけがただ、霊道場に響く。

 そして、副島の霊の手の中には、右と左、それぞれに拳銃が握られていた。

「……我が霊道部の期待の星。最年少英霊使い副島の英霊。その名は―――」

 寛治はその霊の持つ銃からまだ硝煙が漂う中、こう言った。


「二丁拳銃(ダブルアーミー)だ」


 霊研VS霊道部。

夙川沙羅&クリス・ローゼンベルクVS副島希&二丁拳銃。

 一瞬で、勝負は決した。

「……マジかよ」

 俺はそのあまりの速さに絶句する。まさに瞬殺。一撃必殺だ

 二丁拳銃と言うらしい副島の霊が使用した武器は、拳銃。それも、左右の手に一つずつだ。

 その名の通り、二丁拳銃。

「けど、それをマジでやるやつがいるか……?」

 銃は霊道で使用する武器においてはかなりレアな部類に入る。相手の意表を突くには適しているが、初撃を避ければ次弾装填までの隙をついて討つことができる。霊道で使用可能な拳銃はシングルアクションしか認められていないからだ。

 そのためか、銃を使いこなせる霊はなかなかいなかった。だが、もし彼女、二丁拳銃が銃を完璧に扱えるとしたら………。

 かなり、強い。

 正直、戦いたくない相手だ。

 ……伊達に英霊じゃないってことか。

 それに、その霊を補助する副島の判断力も、並みじゃないはずだ。そう思うと、あの小さいからだから凄まじいオーラが発せられているように感じ、俺は絡め取られそうになる。

「……すみません、惟さん。全然歯が立ちませんでした」

 みれば、沙羅ちゃんとクリスが肩を落としながらこちらへと歩いてきた。

「いいや、構わないさ。……それよりアイリ」

「うん。次、あたしよね」

「ああ。………大丈夫か?」

「勿論。……相手は、めちゃくちゃ強そうだけど、あたしはあたしなりにあがいて見せるわ」

 と、アイリはかなり意気込んでいる。だが、気合だけで副島&二丁拳銃のコンビは崩せないだろう。となると、本命は俺。俺が、奴らをどうにかしないといけないわけだ。

「アイリ。香恋。ちょっといいか」

 俺は彼女達二人が試合場に出る前に、なんとか思いついた作戦を教えておく。

「お前達にやってもらいたいことは、ズバリ、時間稼ぎ。おそらく奴はアイリ達の手には負えない。でも、次に俺が戦う時までのために、ある程度の動きは見ておきたい。だがら、香恋。君には二丁拳銃の攻撃を避けてもらいたいんだ」

「さ、避ける、ですか? あの攻撃を?」

「ああ。開始直後から一回も立ち止まってはだめだ。そしたら奴の照準に入って打たれる。だから、動き続けろ」

「は、はい。分かりましたっ!」

 軍の上官に答えるがごとく返事をする香恋。

「……アンタ、あんまり無理は言わないでよね。あたし達は、練習したといっても素人の域を超えないわけだし……」

「厳しいことはわかってる。でも、次、俺が二丁拳銃に勝つためには、必要なんだ」

 アイリの力が、香恋の力がないと、俺はおそらく二丁拳銃に負ける。いくらナギが強くても、だ。

 これでも俺は一応はナギとのコンビでは指令担当でね。

「アイリ、香恋。存分にやってこい」

「ええ。一発かましてやるわよ!」

「が、頑張りますっ!」

 アイリと香恋は勝負の場へと歩き出した。


 またしても四人の影が霊道場で対峙する。

 先程沙羅ちゃんを打ち破った、高速の弾丸、副島希&二丁拳銃コンビ対、白百合アイリ&初雪香恋コンビ。

 二丁拳銃はもう手の内がばれたとわかっているのか、今度はその二丁の拳銃を惜しげもなく手の内に遊ばしている。あれは日本高校霊道協会で唯一使用が認められている拳銃、コルト社のM一八七三「コルト・シングル・アクション・アーミー(コルトSAA)」だろう。ピースメーカーとも呼ばれる比較的メジャーなこの銃はよく西部劇などで見かける。シングルアクションの回転式拳銃だ。

「……………」

 両者が定位置に着く。

 しばしの、沈黙。

「それでは、試合開始っ!」

 そして、フワちゃんの合図とともに、

 バンッ!

 一発の乾いた銃声音が聞こえる。

 二丁拳銃の二丁の拳銃の内(いまさらながらややこしいな、これ)、右手に持ってあったコルトSAAが火を吹く。

 だが、ホイッスルはならない。香恋は試合開始と共に右に飛んでいたからだ。

 バンッ!

 閃光。さらに左のコルトSAAから銃弾が発射される。

「香恋っ!」

 だが、その銃弾は香恋の背中のすぐ後ろをすぐ通り抜けただけで、香恋自身には当たらない。

 続いて香恋の反撃が開始される。二丁拳銃が次弾を装填しているすきに、懐へはいりこみ、手にもつ木刀で二丁拳銃を打ちすえるのだ。

 だが、

「きゃっ!」

 香恋の悲鳴が聞こえる。それもそのはず。二丁拳銃は向かってきた香恋に対して、そのまま突っ込んだのだ。

 香恋をすり抜ける形で。

 霊は、可視化しているだけ。その実体は、ない。それをついた霊道のひとつの技だ。素人がそれをされると、かなりの恐怖を感じるだろう。通称『ゴーストスルー』とも呼ばれるものである。

 さらに、二丁拳銃は通り抜けると同時に香恋の姿を見ずに後ろ向きのまま、コルトSAAだけを香恋に向けて、立て続けに二発放つ。香恋はそれを自分の体を低くすることによってとっさによける。

 その間にも二丁拳銃はさっと香恋の右側に移動。玉を詰め直したコルトSAAで香恋をとらえる。

 ピ――――――――ッ!

 ホイッスルが鳴り、香恋とアイリの負けがつたえら得れる。

 観客席からもいくつか歓声が上がる。試合開始時よりも野次馬は増えていた。副島や二丁拳銃は実は隠れた人気があるのかもしれん。二人とも、容姿は悪くないしな。

「……ごめん。駄目だった、惟」

 アイリと香恋ががっくりと肩を落としながら俺の方へと歩いてくる。

 ……これで、後がなくなったか。

「まあいいさ。二丁拳銃はアイリ達でどうにかなる実力じゃなかったのさ」

 おそらく、その強さは中三当時……つまり、副島と同い年だった時の俺より強い。

「……ここは、大将らしく、頑張ってくるさ」

 んでもって、渚を倒して、霊研を守る。

 口で言うのは簡単だが、実行するのは難しいぞ神楽惟。そう、自分に言い聞かせる。

 逃げるのも簡単だ。俺が二年前にしたように、現実から目をそむけて、逃げればいい。アイリや沙羅ちゃんなんて知ったこったない。

 いまなら、まだ逃げ出せる。

 そもそも霊道なんて、二年前に捨てたんだ。そんな俺に、何ができるって言うんだ。

 いまなら、まだ前の生活に戻れる。

 遅刻して、授業サボって、生きたいように生きる。活力もねえが、縛り付ける者もねぇ。

 いまなら、まだ、間に合う。

 この場から、駆けだすことができる。

 ………………。

 なーんて。

 馬鹿なこと考えてるわきゃねーだろ。

 もう、俺はここまで来ちまったんだ。少し前の俺は全然見当もつかなかったが、もうここまで来ちまったことには変わりない。なら、俺はこの場で出来ることを、全力でするまでだ。

 霊研を守るために。

 アイリを、守るために。


 俺は副島と対峙する。俺の前で同じく十六夜薙誾千代―――俺が最高だと信じる俺の霊ナギ―――に対峙するのは、クリスを開始一秒、香恋を開始一分で打ち破った、ガンナー、二丁拳銃。

 元最年少英霊使いと、現最年少英霊使いが、対峙する。

 ははっ。俺は一回霊道をやめたっていうのに、なにやってんだろうな。

 こういうふうに、今の英霊と、戦ったりしてさ。

 ふぅ。

 もう過去は見ねぇ。

 前だけを見て、進んでく。

 さあ、

 行こうぜっ、ナギ!

「応っ!」

「試合開始っ!」

 二年前の続き―――俺の、全ての決着が始まった。


 試合開始の掛け声と同時に二丁拳銃のコルトSAA、それも両手のものが同時に放たれる。

『右っ!』

 俺がそうナギに伝えるまでもなく、ナギはコルトSAAから発射された霊体でできた四五LC弾を避ける。

 ナギの速さはクリスや香恋以上。当たるはずもない。だが、

「………っ!」

 二発放った弾丸の内、一発がナギのすぐ左横、彼女の髪の毛を通り抜ける。……あと十センチでも遅かったら当たってたぞ。

 あの野郎。最初に位置をずらして二発撃ってやがったな。

 しかし、避けきればこっちのものである。

『ナギっ!』

『勿論っ!』

 ナギは自慢の俊敏性を生かした跳躍で、一息、二丁拳銃の前へと飛び込む。そして、そのままの勢いで薙刀を右から左に、薙ぐ。煌く紫電、舞う剣先。

「当たらないよっ!」

 だが、二丁拳銃の体さばきも目を見張るもので、後方宙返りをしてナギの攻撃をよける。さらに、着地際に、

 バンッ!

 銃声音。またしても四五LC弾がナギを襲う。しかしナギもすでに二丁拳銃の左手に回り込もうとしており、二丁拳銃の弾はただ空気を切り裂いただけだった。

『ナギ、二丁拳銃の弾はまだもう一発あるぞ!』

『わかった!』

 と、トランスを介してナギとやりとりをしているうちに、

 バンッ!

 二度目の、銃声音。

 ナギは今度は上に跳躍することでそれを避け、

「覚悟っ!」

 そのまま二丁拳銃に肉薄。大上段からの薙刀の一撃を入れようとする。

 しかし、俺は見た。

 二丁拳銃が素早く右手のコルトSAAの装填を完了したかと思うと、その四五口径の銃口を、ナギへと向ける。

 早い!

 二丁拳銃め! いままでわざと遅く装填してやがったのか!

 前の装填秒数を見ていたせいで逆にその弾への反応が遅れる。その上、ナギは今跳躍中。空中に、逃げるところはない。

 手遅れだ。

 正直、これはあんまり使いたくなかったが……

『ナギっ、防御っ!』

 バンッ!

 二丁拳銃の右手のコルトSAAからの銃弾がナギの体を貫く。

 瞬間、観客席がどっと湧いた。副島と、二丁拳銃の勝利に。

「……………」

 しかし、どうだろうか。

 俺は口元を少しニヤつかせる。

 試合が終わった? んなことはない。

 だって、フワちゃんのホイッスルなんて、なってないだろ?

 ナギは着地と同時に薙刀を体の周りで一回転させる。副島と二丁拳銃はそれからのカウンターを危うんでか、距離をとる。

 観客席はまだざわめきに包まれており、なんでまだ試合が続いているのかわからない、と言ったような感じだ。

 ピッ、と言うフワちゃんの短いホイッスルが鳴り、一度試合が中断する。

「今の副島の霊、二丁拳銃の攻撃判定、つまり弾丸は、神楽の霊、十六夜薙誾千代の薙刀に阻まれました。よって、今の攻撃は入っていません」

 そう。ナギは、撃たれる直前、薙刀を見の前に構えて、それで弾の軌跡に合わせたのだ。二丁拳銃の攻撃判定が、ナギの防御判定に重なったから、撃墜とならなかったのだ。

 言うのは簡単だが、それを実行するのは難しく、ナギにとってもあまりやりたい技ではないだろう。

『すまん、ナギ。大丈夫だったか?』

『ああ、こちらこそ。ちょっと深く入りすぎたのかもしれない』

『いや、それでいい。全体的な勝負の構図はこっちで見てるから、ナギは気にせず突っ込め』

『……わかった』

 それだけのやりとりを終わると、再びフワちゃんのホイッスルが鳴り、試合が再開される。だが、二丁拳銃はすぐには撃ってこなかった。代わりに、

「おい、そこのお前」

 と、俺に話しかけてきた。

「………あ、ああ俺か。そこのチビ」

「チビとはなんだ、チビとはっ!」

 コイツの素性も読めなかったので、とりあえずケンカを売っておく。乗ってきて頭に血でも上ってくれれば儲けもんだ。

「実際チビじゃん。ほら、たぶんナギより頭二つ以上低いぞ」

「よ、余計な御世話だ!」

「―――二丁拳銃。落ち着きなさい」

 そこに、副島の冷静な声が入る。

「お、おう。そうだったな、希。アタシはこんなことでカッカしてる場合じゃ………てなになに?」

 どうやら副島からトランスで直接話を聞いてるらしく、ふんふんとうなずいたりしている。

「な、なに! アタシを怒らせるための挑発だって!?」

 どうやら、副島は感ずいていたようだ。俺の魂胆に。って当たり前か。

「天下の二丁拳銃様に喧嘩売るとは、随分といい度胸じゃないか。気に行った。買おう、その喧嘩」

「………は?」

「だから、買おうって言ったんだ。お前の考えてるみたいに、アタシは頭に血が上ろうと、何があろうと、関係ない。だって元からアタシは作戦も何もかも考えてねーからよ。まったく頭なんざ使ってないんだ。そんなのは希の役目。希がアタシの撃つタイミング、つまり相手の好きなんかを教えてくれて、相手がどこから攻撃してくるかも教えてくれる。だから、アタシは考えなくていーのさ。残念だったな」

 つまり、相手のチームの体は二丁拳銃だが、脳は副島だということか。……ある意味、霊媒者と霊が組んでやる霊道では、それが理想形なのかもしれない。だが、だとしたら一層やりにくいやつらだ。

「ま、アタシ達の邪魔をできるなら―――」『まずいっ、ナギっ!』「やってみなっ!」

 二丁拳銃が同時に両手のコルトSAAを抜き撃つ。

 ズレぇ! まだ話してる途中だっただろうよ!

「戦いに卑怯もクソもねぇぞぉ、元英霊使いさんよ」

 そして、今度は二丁拳銃の方からナギに攻め寄った。


 戦いは次第に長期化の兆しを見せていた。開始からすでに七分が経過している。普通の霊道勝負ならとっくに決着のついていい分数である。

 あれから、ナギは薙刀を薙ぎ続け、二丁拳銃はコルトSAAを撃ち続ける。時にはナギの薙ぎが二丁拳銃の霊体をかすり、二丁拳銃の四五LC弾がナギの体をかする。

 ナギも何度か薙刀で銃弾を止める。だが、一向に決め手がつかめなかった。

 なにしろ、二丁拳銃は遠距離武器しか持ってない割に、フットワークが軽く、すぐに間合いをとる。攻撃を入れにくい相手であった。

『……ナギ、どうだ?』

『ああ、なんとか、大丈夫だ』

 例にも体力はあるそうで、その減りは人間より少ない……というか体力の減り自体が疑似みたいなものらしい。だって実際は実体ないんだし。ただ、生前のころを体で覚えているのか、なんとなくだんだんと疲れていくそうだ。生きている俺からは想像もつかないが。

 だが、ナギに聞いたのは体力のことではない。むしろ、精神力のことだ。持久力もあるナギでも、集中力がなくなれば、相手に一本取られる。それに、次に渚との戦いを控えていることを考えれば、そろそろ………。

『……しかし、そろそろ拙者は決着をつけたいと考えている』

『ああ。俺もだ。だが、どうする?』

『………考えは、ある』

『……考えとは?』

『正直、難しい話だとは思うが、勝つには拙者にはこれしか思いついてない』

『……言ってみろ』

『二丁拳銃は攻撃の時、こちらが攻撃をしたのと同時に撃つことが多々ある。それを利用するんだ』

『どうやって?』

『まず、わざと分かりやすい突きを二丁拳銃に向かって放つ。隙を見せるような形でな。そして、それを撃って来た弾をまずは薙刀で防ぎ、少しバランスを崩したように見せる。そこで、拙者は最後のあがきと言わんばかりに薙刀を大ぶりに振りかぶる。二丁拳銃はおそらくそこを狙って撃ってくるはずだ。そして、それを拙者は体重移動でよける。さらにそのまま体を一回転させるようにして二丁拳銃を背中から打つ』

『わざと大ぶりにする理由は?』

『薙刀の降りでこちらの体重移動を悟られないようにするためだ』

 悟られないように、か。……簡単に言うけどな、

『………できるのか?』

『ああ。……やるしかない』

『……だな。俺はナギを信じる。だから、ナギ、俺に答えて見せろ』

『………勿論』

 そう頭の中にナギの言葉が聞こえた瞬間、ナギが二丁拳銃へと駆けだした。

「はあっ!」

 声を出しながら、鋭い突きを、二丁拳銃に向けて繰り出す。

 普通の霊なら、まずよけられない早さ。

 だが、

「甘いっ!」

 二丁拳銃はいち早くコルトSAAを構え、

 バンッ!

 発砲。

「っ………」

 防御。

 ナギは薙刀で銃弾を防ぐ。これで、二丁拳銃の残弾数は一発。

「しまっ!」

 そして、ナギはそのまま体勢を崩して、前のめりに身を乗り出してしまう。

「もらったっ!」

 響く二丁拳銃の声。

 ナギは、打ち合わせの通り、最後のあがきと言わんばかりに大ぶりの薙ぎを一発、二丁拳銃に向かった放つ。

 バンッ!

 二度目の、銃声音。

 銃弾がナギの脇腹ぎりぎりをすり抜ける。

「……破っ!」

 ナギは声を出して右足を踏み出し、左足を同じ方向に踏み出し、回るように、

 シュッ!

 一回転、薙ぐ。

 まるで、それは優雅の舞のように、

 一寸の狂いもなく、空気を切り裂く。

「…………っ!」

 だが、

 その軌跡は、二丁拳銃とは交差しなかった。

 すんでの所で、二丁拳銃は後ろに飛んで回避したのだ。

『……ナギっ!』

 俺は頭の中でナギに叫ぶ。

 ……副島だ。副島が俺達の作戦を見抜いてやがったんだ。

「ククク……あははははははっ!」

 二丁拳銃は装填しなおしたコルトSAAの四五口径を二つともナギに向け、猟奇的に叫ぶ。

 対して、ナギははなった技の反動で地面にひれ伏しており、動けない。

 ―――終わりだ。なにもかも。

『……惟。拙者は今から賭けに出る』

『………賭け?』

『まあいい。見ていろ』

 そういうと、ナギは覚悟を決めたように二丁拳銃を見据える。

「これでラストォ!」

 バンッ!

 渇いた銃声音が、一つ。霊道場にこだました。

 と、同時に、

 ヒュッ!

 何かが空気を切る音をし、

「………なっ!」

 薙刀が、貫いていた。

 二丁拳銃の、胸を。

 ナギは、薙刀を投げて、二丁拳銃の胸に当てたのだ。

 ピ―――――――ッ!

 ホイッスルが、鳴る。

 どっちだ。

 どっちが、勝ったのだ。

 そして、フワちゃんはその名を告げた。

「……十六夜薙誾千代、一本!」

 今まで以上の歓声が、どっと観客席から湧く。

「…………勝った、のか?」

 信じられない。

 勝った、という実感より、どうして、と言う気持ちの方が強いからだ。

「……な、なんでだよ。アタシの方が早かったじゃねぇかよ」

 見れば、二丁拳銃も、納得の言ってない様子で、フワちゃんを見ている。

「アタシの銃弾の方が、先に当たってたじゃねぇかよ!」

「―――止めなさい、二丁拳銃」

 二丁拳銃の啖呵を、副島は冷静な声で止める。

 フワちゃんはわけのわかっていなさそうな俺と二丁拳銃を一瞥して、口を開いた。

「ただ今の二丁拳銃の銃弾は、十六夜薙誾千代の放った薙刀の防御判定のある部分にあたってから、十六夜薙誾千代の霊体に当たりました。対して、十六夜薙誾千代が放った薙刀は、銃弾に当たりましたが銃弾には防御判定がなく、そのまま二丁拳銃の霊体に当たりました。よって、十六夜薙誾千代の攻撃が入った、ということになります」

 な……なんつーことだ。

 ナギは迫ってくる高速の銃弾に薙刀を当てたのか。

 それも、防御判定のある部分を的確に。

 俺は勝った、と納得したとたんに張っていた緊張感がなくなったのか、足の力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。

「……ナギ、お前は化けもンかよ」

 同じく、攻撃終了後に座りこんでいたナギに、トランスではなく、実際の声をかける。この勝負の功労者のナギご自慢の巴型薙刀も、今はその手の中にはない。

「……拙者も二度とやりたくない技だ。もう一度やって成功するとは思わん」

「……ははは。だろうよ」

 あんな人間離れした技、何回もできれば簡単に英霊にだってなんだってなれるだろう。

「………はぁ」

 すっかりと気が抜け、俺は長い息をおなかの奥底から出していると、

「―――神楽様」

 副島が、俺の前に立っていた。

「おう、いい勝負だったな。お前は、良い英霊使いだろうよ。それこそ、俺が全然かなわないくらいの」

「―――私は、そうは思いません」

「そうか? 最後の一撃だって、ナギ自身の頑張りだし、俺はなんもしてねぇんだぞ? むしろあそこまでの眼力と指示力があるお前の方がよほどすごいと思うが」

 俺は霊同士で話しているナギと二丁拳銃を見ながら、そう言う。

「―――二丁拳銃の銃弾を、八分に渡りよけ続けた上に、あれだけ防いだのは、貴男方が初めてです」

「……そうかよ。なら、まあ褒め言葉と受け取っておこうか」

 後輩に……英霊使いとしての後輩に、そんなことを言われてしまっては、立つ瀬がないな。

「―――何故、いなくなったのですか? 霊道部から?」

「……まあ、色々あってだな」

「―――私は、最年少英霊使いの、貴方を目指して頑張ってきました」

「別に、はく奪されたぜ?」

「―――それでも、です。私はずっと貴方と一線交えたかった。勝ちたかった。―――でも、貴方は今いない。この霊道部には」

「……戻る気なんかねぇよ」

 俺は少し副島をそう突き放す。

 ………そう、戻る気なんてねぇンだよ。

「―――そうですか。それは残念です。―――では、次の試合も、健闘を祈ります」

「あいよ。まあ、頑張るわ」

 副島はそう告げると、ナギとなにやら言いあっていた二丁拳銃を連れて、俺の元から出ていった。

 それと同時にアイリ達霊研メンバーが俺のもとへ駆け寄ってきて、俺に勝利の喜びの言葉や、励ましの言葉をかけてくれる。

 そんな中、相手陣の中から、一人だけが、俺の視線を注いでいた。

 夙川渚。


 ゲームを、始めようか。

 俺は最後の対峙をする。

 俺と共に歩むのは、数年来の俺のパートナー、神霊十六夜薙誾千代。

 対して、

 向こう側にいるのは、現生徒会長、日向繁。

 さらに、その霊にして俺の旧友でもある、霊道部部長・英霊夙川渚。

 今、その四人が、

 霊道場のど真ん中で、向き合っている。

 方や、品行方正の現生徒会長と、霊道部部長にして人気絶大の美少女。

 方や、不良で遅刻常習犯の元霊道部と、英霊になり損ねた神霊。

 その二つの勝負なんて、誰が予想しただろうか?

「「「「……………」」」」

 これは、俺達四人分の沈黙。

 だが、霊道場内は野次馬の数をさらに増やしており、ボルテージは最高潮に達している。

 ホイッスルはすでに鳴っている。試合は始まっているのだ。

 だが、両者とも動いていなかった。

「まさに、最終決戦の場としてはふさわしいと思わない?」

 ふと、渚が口を開いた。両手には一対のグローブ。防御を捨てた格闘系の霊に見られる武器で、初心者に使い手が多いものの、渚の身体能力をもってすればその秘めたる力はどこまでも増大していくだろう。

「ああ。……まあ、少しばかり騒がしいがな」

 俺は騒がしいのは嫌いだ。元々、人の多い場所は好きではないしな。それに、二年前の影響からか、人とのつながりを失うくらいだったら最初から作らない方がいい、と言う考えを持っていた。……それもアイリの影響でなくなりつつあるのだが。

「沙羅ちゃんから聞いた。お前の気持ちを」

「………あら、そう。なんて?」

「お前が、俺を好きだということを、だ」

「…………」

 俺は渚に言ってやる。

 揺さぶりをかけるようで、卑怯にも見えるが、俺はこれを言っておかないと、始まらないと思っていた。

 渚との決着は、単に力のぶつけ合いじゃない。

 俺の、俺自身の中にある渚との決着でもある。

「……なに? 揺さぶり?」

「違う。これは、俺の、決着だ。俺自身の、決着なんだ」

「………わかったわ。で、答えは?」

「……………答えは」

 そう、俺はここに来るまでにすでにその答えを出していた。

 俺は、誰が好きなのか?

 そもそも、好きな女性などいるのだろうか?

 三年前の冬。

 俺は香恋から告白を受け、それを承諾し、付き合った。

 だが、二年前、春。今日。

 彼女は死んだ。

 呪われた少女の宿命だった。

 俺は無力だ。

 生きる理由を、なくした。

 そして、二週間前。

 香恋は、再び俺の元へ来た。

 体は霊体。記憶はない。元の彼女ではなかった。

 二年前から、彼女のことはまったく考えなかった。

 何故なら、考えれば、心が張り裂けるほどに悲鳴を上げるからだ。

 何もかもを壊したくなり、周りが見えなくなる。

 彼女を失ったという事実から、眼をそむけたかった。

 俺は、彼女を、失いたくなかった。

 そして気付いた。

 俺は、それほどまでに、彼女を好きで、それは今も、続いている、と。

 そう。

 俺は、


「…………俺は、香恋が好きだ」


 でも。

「……俺は、彼女に恋する資格はない」

「………は?」

「俺は確かに今でも彼女を愛してる。だけど、俺には、もう一度彼女とやり直す死角がない」

「……資格がないって……誰が決めたのよそんなこと」

「俺だ」

 もし、仮にもう一度彼女とよりを戻したとしよう。

 彼女は記憶を取り戻し、俺と付き合うことになったとしよう。

 だが、彼女はいずれ消える。

 彼女自身の願いがかなった時、彼女は、彼女の魂は、

 彼女の霊魂は、消える。

 この世界から、消えてなくなる。

 俺は、二度も、

 彼女を悲しませてしまうことになる。

 彼女だけじゃない。

 その霊媒者のアイリも、そしてお前……渚も、悲しませてしまう。

 それで、香恋の願いはなんだ?

 沙羅ちゃんは、俺の関することだと言った。

 それを信じるならば……一つしかない。

 香恋も、俺と再び一緒にいたいと思っているのだ。

 香恋と俺が、もう一度付き合い始めたなら、

 香恋は、消える。

 願いをかなえて、この世界から、消える。

 成仏するのだ。

「……俺には、そんなことできない」

 自分だけが幸福になろうとして、もう人を悲しませるのは嫌だ。

 香恋も、俺と共になると、消える。でも、共にならないと、消えない。

 矛盾してるんだ。

「だから、俺はっ! お前と戦う!」

 ずっとこのままでいい。

 アイリが、沙羅ちゃんが、クリスが、ナギが、俺が、

 そして香恋がいる霊研のままでいいじゃないか。

 なにも、変えなくていい。

 そして、それを出来るのは、守れるのは俺しかいない。

「俺しかっ!」

 

「………」

 渚は、ただ黙ったまま俺を見つめる。

 そして。

「………そうかい。それが、アンタが出した答え、か………。なら、簡単な話だよな。あたしは、アンタを…………」

 渚は俺を、今までに見たこともないような形相でにらむ。

「倒すっ!」

 その声を合図として、

 俺と渚による、最後の対決が始まった。


 渚は獣の如く駆けてくる。

 刀のような、『持つ』、武器は持たない。

 ただ、自分の拳を、最大の武器として。ある意味、防御を捨てた最大の攻撃タイプ。

「はっ! やっ!」

 ストレートを二発、ナギの顔面めがけて放つ。ナギはそれを軽いフットワークでよけ、

 ヒュッ!

 よこ薙ぎに、薙ぐ。

 だが、渚も素早く後ろに引いており、その薙ぎは当たらない。

 そして、渚は薙ぎが引くと同時に、今度は足を前に蹴りあげる。

 ヒュッ、と言うこぎみよい音がして、ナギのすぐ横を蹴りぬけた。

『ナギ、渚は足にも何かをはめてやがる。おそらく、足も攻撃判定には言っているから気をつけろ』

『わかった』

 ナギが手足の一部のように薙刀をあやつる。渚は手足を、そのまま武器と返る。

 まったくもって逆のスタイルの戦い方。一見すると、薙刀の方が強そうに見える。だが、渚はナギと互角、それ以上に戦っていた。

 無駄のない、洗礼された動き。ケンカとは違う、『試合』での体の動き。

 彼女はいったいどれだけ練習したのだろうか。

 この世にもう一度霊魂として生を受け、それからどれだけ頑張ったのだろうか。

 俺の二年間くらい、クソみたいに思えるほど、努力したんだろうな。でも、

「こちとら、やられるわけにはいかねぇンだよっ!」

『ナギっ、燕返しっ!』

『応っ!』

 ナギは一度渚に薙刀の刃を向け、すぐに引っ込めて本命の一撃を渚に放つ。

 だが、渚はそれを呼んでいたのか、最初のフェイクには騙されずに、下からの強烈なアッパーをナギと薙刀の中から入れてくる。

 ナギは顔をぐいんと限界まで後ろに引き、それをしのぐ。

『ナギ、一旦距離をとれ』

『……了解した』

 このままでは渚の追撃を受けかねんので、ナギをいったん引かせる。

 ……さて、どうするか。

 ナギは二丁拳銃との発奮にもわたる長い、長い戦闘をすでに終えている。集中力もいつまで持つかわからない。対して、渚はほぼフルの集中力を残している。

 さすれば、すぐに渚を倒したいところ。

『ナギ、早いこと決着をつけよう』

『……作戦はあるのか、惟?』

『ない。……大きな力を持って、ねじ伏せるのみだ』

 渚相手では小細工は通用しないだろうし、二丁拳銃戦で見せた薙刀投げも聞かないだろう。

 つまり、単純な実力勝負。

「ナギっ、あたしは一遍アンタと戦ってみたかったのよね、生前から。それが敵って嬉しい……わっ!」

 渚はそんなことを言いながら、拳を様々な形を織り交ぜて繰り出す。

「渚。拙者も貴殿の考えが正しく、惟の馬鹿が悪いのは百も承知だ。だが、ここで負けるわけにはいかない」

「……ふっ、アンタらしいわ、ナギっ!」

 と何やら女子同士、互いを理解してるけど、それでも戦う! てな感じで戦ってる。

「……ふふっ」

「……ははっ」

 しかも、お二人さん。なにやら笑みのようなものまで浮かべて戦っていらっしゃる。

『……ナギ、お前どうしたよ』

『……いや、すまんすまん。惟。……少しばかり、楽しくてな』

 ナギは少し苦笑しながら答える。

『楽しい?』

『ああ。長らくこの気持ちを忘れていたが……でも、思い出した。霊道は、確かに相手を倒すスポーツだが、なにより、楽しくやることが一番だ。それを忘れていた』

 楽しくやる………。

 そうなのか?

 霊道は、楽しいのか?

 俺が忘れているだけで、二年前より前の俺は、霊道を楽しんでいたのだろうか?

「……って、こんなこと考えてる場合じゃない」

 今は、勝つためにやってんだ。

 気合いを注入するため、顔の両側をパンッと叩く。

 そして、戦場に目を戻すと、

「ナギッ!」

「渚っ!」

 渚とナギが互いの名を呼び合い向き合っていた。

 途端に、全てを理解する。

 次の一手。

 次の一撃で、全ての決着がつく、と。

 何年も霊道をやって来た、俺だからわかる。

 ナギの渾身の一撃と、渚の渾身の一撃。

 当てた方が、勝ちだ。

 渚は走り込む。

 ナギも、薙刀を構え、走る。

 そして、

 交差する。


「いけっ、ナギっ!」


 俺は叫んだ。

 今、俺に出来ることはない。

 やるべきことはやった。

 死力は尽くした。

 なら、後は、

 信じるだけだ!

 そして、

 ナギは渾身の薙ぎを渚に。

 渚は高速の右回し蹴りをナギに。


 放った。

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