黄昏日記~今、恋をしています~

つきの

第1話 ♢ 詩穂と慶①

 ◇詩穂しほ

 わたしは今、50歳。

 35歳で夫と死別してから15年が過ぎた。

 今は病を得てしまい通院しながら内職中。

 社会人の息子と父の三人家族。


 九州地方に住んでいる。


 5年前のあの日、わたしと慶ちゃんは出逢った。

 45歳だった。


 ◆けい

 僕は42歳になる。家は自営で小さな鉄工所を営んでいる。

 母と妹の三人家族。


 住んでいるのは中部地方。


 5年前のあの日、僕は詩穂さんと出逢った。

 37歳だった。


 §


 二人が初めて知り合ったのはネットの世界。本のサイトで、だった。


 顔も、勿論、本名も知らない。

 性別はわかっていたが、あまり意識もしなかったし、歳にしても後になって知ったくらい。

 というか、知る必要もなかった。


 お互い好きなのは推理小説ミステリー


 感想サイトでのコメント投稿から始まって、親しく会話するようになってメールアドレスを交換したのは一年目くらいだったろうか。

 それから、お互いの事を話して本名や歳を教え合うまでには、また、一年を要した。


 その頃には電話番号を交換して電話で話したりもしていて、自営で家に居るから、土日祝も時間帯も関係なく電話してくれて構わないということだった。


 親しくなるにつれ、詩穂が気になったのは異性である以上、年齢的に相手が既婚者ではないのかということ。


 詩穂の方は夫を亡くして10年になる事。

 息子と父と暮らしている事も話していた。


 一応、慶からは自営で結婚の機会を逃したまま独身である事、母親と妹の三人家族だとは聞いていた。

 けれども、そんな嘘は、いくらでもつけるだろう。


 気にしたのは、倫理観を振りかざすというよりも、もっと利己的な理由。

 この歳になって厄介事に巻き込まれるのは御免だったし、他人ひととオトコを共有するのが性に合わなかったからにすぎない。


 だから、慶からの好意らしきものを感じ出して写真交換を……と言われた時に、詩穂がまず求めたのは、免許証を写真に撮って見せて欲しいということだった。


 それで困ると言われるなら、この縁もこれまでだなと覚悟していた。


 慶は何の躊躇もなく免許証の写真を送ってきた。

 詩穂の方が戸惑うくらいにあっさりと。


 そうして、その後、お互いに自分の写真を携帯で撮って送って、写真交換をした。


 画像で送られてきた慶の顔は眉が太くて睫毛の長い二重。その癖、印象は熊のプーさん。

 間違ってもイマドキの顔では無いけれど、緊張しているのがハッキリわかる顔は、いつも話している真面目さが伺えて、好感が持てた。


 詩穂自身、何年ぶりかの自撮りの写真は、化粧っ気も無くて申し訳程度に口紅だけ塗ったもの。笑顔がぎこちない、どこにでもいる普通の年相応の地味オバサンだ。


 自分の写真を送った後は、さすがにドキドキした。

 自分が異性にどんな風に見えるかなんて、気にしたのはどれくらいぶりだろう。


 今更ながらに、詩穂は自分と慶との歳の差を考えた。そんな事を意識したこともなかったのに。


 慶からの返信を開くのには勇気がいった。

 さすがに、あからさまに外見に何か言うような人柄ではないだろうけど、それでも、もっとちゃんとお化粧すれば良かったと思った後で、そんな自分に苦笑いした。


 変な見栄張ってどうするの。

 もう、若くもないのに。


 慶からの返信には

「詩穂さん、イメージ通り、すごく綺麗です」

 とあって

 詩穂は、気を遣ってくれたのかしらん、と思ったけれど、それでもホッとするというか、褒められれば、やっぱり嬉しいオンナゴゴロなのだった。

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