パーフェクトパープルの衝動

長月 有樹

第1話

 私は今が完璧だ、間違いなく。と東野ゆかりは姿見に映る自分を見て、心に確信を持つ。


 引き締まっているが男を虜にする全身。愛されるためにある顔。サラサラと風邪に流される黒い髪の毛。 

 

 私は間違いなく。今。この時が。間違いなく完璧だ。私が完璧でその他大勢の人間は、私を更に魅力にさせるおまけだ。私がこの世界のメインキャストであるとそう感じた。

 

 派手に自分を飾り立てる必要が無いと化粧も薄く、リップクリームだけを唇になぞり。真っ赤なPUMAのスニーカーを足元に通し、今日も私が主役の外の世界へと家の扉を開ける。


 埼玉県のどこにである。そしてそこそこは何かがあるこの田舎町。しかし私が歩けばそこはブロードウェイあるいはレッドカーペット。私が歩けば誰かは私を見る。私から目を逸らすことが本能的にできない。私は世界に輝きと彩りを。光と色を振り撒いてる。東野ゆかりはそう確信している。


 さぁ今日も世界に美しさをあたえよう。世界に息吹を与えよう。と赤い靴で歩む道は光輝いていた。


 



 次の日、東野ゆかりは絶望した。姿見に映る自分を見て絶望した。驚きすぎた。目を見開いて。一度鏡から目を背けて目を閉じ深呼吸をする。大丈夫、そんなわけ無いあるはずがない、きっと大丈夫と。心に念じてもう一度鏡に映る自分を見つめる。


 東野ゆかりの絶望は更に深い闇へと落ちていった。気づいてしまった。ソレは東野ゆかりの中では明らかな事だった。


 昨日よりも私の完璧が落ちてる。美しさが落ちている。


 この日、ゆかりは頭痛と淡い発熱で学校を休んだ。


 更に次の日。東野ゆかりはまた鏡に映る自分と対峙する。しかしそれは更に深い谷へやはり落ちていった。


 昨日よりも更に私の完璧が落ちている。美しさが落ちている。


 コレは完璧でない。愚民が私を美しいと持て囃そうと間違いなく。確実に。絶対に。世界の真理として。私の美しさが完璧では無くなった。


 また東野ゆかりは、頭痛と淡い発熱を理由に学校を休んだ。



 土日の休日。ベッドの上で布団にくるまり震えながら東野ゆかりは自分の今後を考えた。


 私はこれからどんどん完璧が剥がされていく。ならその傷がこれ以上深くなる前に今この心臓を鼓動を止めるべきなのでは?と頭をよぎる。深く深く考える。考える。考えた上で一つの結論を出した。


 どうせな終わるなら破滅的に自分を汚そう。私に不釣り合いな愚民に私を差し出して私を穢そう。そして愚民に完璧な私という恋人が死んでしまったと一生の傷を残してやろう。もう完璧では無いのに完璧であると勘違いをしている。完璧で無いと愚民に。私を脳ミソに刻んで私の死をこれまでの、そしてこれからの人生の最大イベントにしてやろう。と。


 震えは止まった。薄暗い部屋にいる口元は笑っていた。


 




「私を愛しても良い権利を与える」


 休日開けて月曜日の朝。ホームルームが始まる前にゆかりはクラスメイトの男子にその言葉を向ける。唇は以前より深い紅が塗られていた。


「……へ?なっなに?東野さん急に?」

「だから私を好きになっても良い権利を与えるの。喜びなさい」

「……ソレ、告ってるてこと」

「違う。誰からも愛されるのは当然。ソレは私の中では必然」

「韻踏んでるね」

「……は?」

ゆかりの顔が若干歪む。それでもまだゆかりは美しい。

「……でどうなの?答えは?決まってるでしょうけど」

 

 クラスメイトの男子、スポーツも勉強もできる顔も……私には全然釣り合いを取れないけれども及第点。身長も170後半。ゆかりは最後に傷を与える相手をこの男子に決めた。


「あの……ごめん。俺、付き合ってる人がいるんだ」

「………………………………………は?」

 と男子は右前の席の方を指をさす。その先で席に座ってゆかりと男子を睨んでいる茶パツの女がいた。阿修羅だ。鬼だ。スーパーキレてるウーマンだ。とゆかりは心の中で呟いた。


「馬鹿な男」

捨て台詞を吐いて違う男の方へと同じ事を繰り返した。そして答えも同じだった。



「私を好きになる権利を与えるわ」

「私を愛しても良いわ」


 それから数日休み時間の度に同じ事が繰り返された。同じ事がループしてるのでは無いか?と感じるくらいに結果も同じだった。ゴメンの嵐。ARASHI。嵐初登場第一位ARASHI。ユアマイソーソー。嵐。ARASHI。すくそばにいる?嵐。ARASHI。


「私を愛せるのよ。」

「私なのよ?東野ゆかりなんだよ?」


 ゆかりは今日も元気にイッチャってた。


「好きになりなさい」

「好きって言え」


 オーイエー


「…………好きって言え」

「好きって言えーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 ゆかりの完璧は剥がれに剥がれた。あそれは角質みたいにポロポロと。クレアラシルみたいに出てくる出てくると。ポロリポロリンとメッキは剥がれていった。


「何で好きって言ってくれないの?ねぇ何で?何でなの?」


 途方に暮れるゆかりの後ろ姿は完璧とはかけ離れたものだった。そして正直ちょっと……ヤバいというかコワイ。


 そんな日が数日続いた。ある日、登校して目に隈を作り、髪のもボロッボロになっていたゆかり。自分の教室へ入ろうとする時、数人の男子と女子の話し声が聞こえてきた。


「最近、東野ってヤバくね?」

「いやあれ、マジヤバい」

「つかなんなんあれ?急に私を愛する権利を与えるって??……ぶっちゃけイタいよね」

「信じられないあいつ。どこまでわたくしサマなの?頭イカレテルよ」

「アタシは許せない、あのビッチ。アタシのコージに急にせまってきて。マジあり得ない。マジ死ねし」

「いやアレはさすがにあり得ないだろ……」

「あいつ歪んでるよな。心が終わってる」

「ギャグだよねぇ」


「あいつ。顔が良くてどんだけお高くなってんだよと前から思ってたけど、喋り出したらマジで不細工だよ」


 何かに切り刻まれている。これ以上これを聞いてたら心が完璧に千切れてしまう。しかしゆかりは教室の入口の前から動けないでいた。


「あんな心が腐ったドブスがよく言うよ」


 その言葉を聞いた瞬間。何かが弾けた。弾丸のように。ただ。ひたすら。駆け抜ける。俯きながら、廊下の生徒にぶつかりながら。止まらなかった。いや止まったら壊れてしまいそうな気がして止められなかった。


 私がドブス?


 ドブスなの?


 心が渦巻いた。灰色の煙に包み込まれた。みたいに。


 上履きのまま校外へと出た。まだ止められなかった。痛かった。呼吸が辛かった。普段慣れない全力疾走をしてる訳じゃない。


 心が痛い。とても痛かった。


 普段走り慣れてないから足がすぐに悲鳴を上げた。高校の裏の河川敷で走りが止まる。


 ゼェハァゼエゼエと息を切らした。俯いた。そしたら涙が溢れてきた。自分が止まったら今度は涙が止まらなかった。


 河川敷を見た。そこは当然ブロードウェイでもレッドカーペットでもなく、光り輝いてなんていなかった。当たり前だ。


 こんなにも世界て何も無いんだ。とまた涙が溢れそうになる。と思ってるとき声が聞こえてきた。


「あー。クソっまた負けたわーーあり得ないだろ。ハメコンボ」


 声のする方へと振り向く。そこには草むらにしゃがみ込んで携帯ゲームをしている小柄な少年がいた。


 少年と言ったが、ゆかりと同じ学校の制服を着ていた。ゆかりは一年生だから同じ一年生?なのかと思っていると少年がこちらに気づいた。


「東野さん?」


 おかっぱの艶がある黒髪に丸めがね。そして小柄の少年はゆかりの名前を言った。


「……誰?」


 ゆかりは覚えが無かった。それを聞いた少年はあー……まぁそんなもんなんかぁ、うわぁそーゆーもんなんだぁ、自分、まぁ知らんくてもそうだよなぁ。


「北原って言うんだけど。一応クラスメイトの」


 ゆかりのクラスメイトであった。


「まぁ知るはず無いよね。俺、ガッコー行ってたの二週間くらいだったし。つか東野さん……どうしたの?その顔?何かあったの??」


 急に自分の方にふられた。


「えっえっ?わっ私?」


「……ごめん泣いてたの?」


「えっちがっ!泣いてなんかっ!私が泣くわけなんて」


と慌てるとさっきのクラスメイト達の言葉が刃のようにザクザクゆかりの心を再び切り裂き始めた。


 うわぁぁんと自制できなく大声を響かし涙が溢れた。


「ぇえ〜!?ちょっと、ちょっとちょっと」


 と泣き喚くゆかりを見て今度は北原の方が慌てる。


「わたし悪くないーーー」


「何よこれ?あー分かった!分かったからちょい待って!聞く聞く何があったから聞くからちょいと待ってくれい!いいからこっち座って!ホラ。なにがあったか聞くから」


 と鞄からタオルを取り出して草むらにしき、ゆかりを座るよう促す。


「……わたし悪くない……」

「だから聞くから!ちょい座っていいから」


 腰を下ろし涙も少し落ち着き。ゆかりは語り始めた。誰かに聞いて欲しかった。私は何も悪くないって。誰でも良かった。そして私が悪くないって言って欲しかった。


 そしてゆかりは語り始めた。完璧な自分があった事。それがある日完璧が少し剥がれた事。これ以上完璧でなくなる前に愚民に一生の傷を残してやろうとした事。けど愚民は私を認めなかった事。そして私をドブスと言ったこと。チョーアリエナク無いよねと私は悪くないと。


 話が終わると北原空を見上げた。青い雲に若干灰色がかった雲が悠然と泳いでいた。そしてポケットから何かをゴソゴソと取り出す。白いパッケージのソフトパックのタバコ。シュボリとオイルライターで加えたタバコに火を付ける。ゆかりは見た目に反して手慣れてタバコを吸う北原に少し驚く。


 深く吸い紫煙を青空へと飛ばす。隣にいるゆかりはケホッと咳き込む。


「いや愚民て……」と次に言う言葉に悩んでるような北原。


 そして悩んで出た言葉が「東野さん、ケッコー悪くない?」


「何が!!」「人を思っきし見下してくるとこ」

「だって!私は美しいし!私以外は当然愚民だし!」

「いや、ソレ痛いし。愚民なんて言われた日にゃ、怒る前に呆れちゃうよ。痛すぎって」

「うぅ〜〜〜〜〜〜」と北原が肯定してくれると思っていたからゆかりは子供のように涙を浮かべて睨み付けた。


「けど」


 北原はもう一度タバコを口元に近づけ深く吸う。そして短くなった煙草を携帯灰皿にしまいながら言葉を続ける。


「東野さんが間違っていないことがある」

「ん?」

「東野さんがめちゃんこ飛び抜けて奇麗で。他の誰よりも可愛いって事、少なくとも俺が見てきた中じゃ」


 心がグサリとした。心臓が高鳴った。急に欲しかった言葉が突然ふってきたからゆかりの顔は真っ赤に染まった。


「なっなに!?急に」

「いや、そう思ったし。ソレは間違いないなぁって」


 もう一本煙草を吸おうとケースから出そうとするが北原はソレをやめる。そして言葉を続ける。


「北原さん。俺片親なんだ。母親しかいなかったんだ」

「へ?きゅっ急に何?」

 北原は続ける。

「母さんはAVで出てたんだ。」

「………」

 ゆかりは黙って北原の言葉の続きを聞く。

「母さんはまぁ息子の俺が言うのもアレだけど、つかまぁ俺ぶっちゃけマザコンだから……まぁめちゃんこ綺麗な人だった。マジで自慢の親だった」


「苦労もしないで母さんは育った。そして糞親父と結婚した。糞親父は会社の社長だった。社長って言っても小さい工業用のネジだか何だか作ってる小さい会社だった」


「そんでその会社が不況なのか何なのかは俺もガキだから分からんけど、あるとき潰れちゃったの。カンタンに。そしたらその糞親父何をした思う借金を母さんと俺に丸投げしてある日消えてしまった。」


「糞親父は大量の借金と自分の荷物を置いていなくなったんだ。そしたら代わりに来たのが借金取りの怖ーい人達。毎日、ホントに毎日きた。辛かったしとても怖かった」


「んで残された俺達二人。母さんはマジで大切に育てられたって事もあって何もできなかった。マジで何も。社会に出たことは当然、バイトすらしたことも無かった。」


 ゆかりは黙って北原の次の言葉を待った。北原手元でくるくるしてた煙草に火を付けた。そして言葉を続けた。


「そんでその怖ーい人達から紹介されて何も出来なかった母さんは自分の美しい身体を売ることにした。そしてボロボロになっていくのを俺はただ見ていることしか出来なかった。そりゃ別にAVだからって訳じゃなく、小さい俺の世話をしつつ、そーゆーもんで働いてるいるから。そりゃ多分キツかったんでしょ?今まで働いた事が無いから」


 北原は目元に涙が浮かんでいた。ソレを気づかれないようにかその青空を見上げなら話を続けた。ゆかりは気づいていた。


「ボロボロになっていて働く前よりも……東野さんの言葉で

 言うなら完璧が剥がれていったってのがしっくりくるかな?どんどんやつれていった。」


 もう北原の涙は隠すこと出来なかった。頬に伝っていた。


「けど……母さんは綺麗だった。綺麗だったんだよ。どんなにボロボロになってもずっと俺の前では笑顔だった、母さんは世界で一番綺麗だった」


「そんな母さんが死んじまった。過労だとさ。いつまでも俺の前では笑っていたのに」


 涙が伝うのをゆかりは感じた。


「あぁごめん何が言いたかったんだろ。俺は東野さんに。けど。分かんねーや。何か東野さんの話聞いてたら思い出しちゃった。見てあげて名前は南野ゆり子て名前でやってたから。ってそんなことが言いたいんじゃ無くて!!俺は。なんつーかなぁ。綺麗な人が綺麗じゃなくなったって綺麗なんだよ、心が。って訳じゃなくたって。少なくともなんつーか一生懸命だった。俺の前では笑っていた母さんが一番綺麗だっ………」


 言葉が塞がれた。北原の前にはゆかりの顔が。唇と唇が重なっていた。


「ふぉご!?」唇と唇から舌と舌への絡まりあい変わる。


 何かが吸い取られてる。北原はそう感じた。


 短い重なりあいを名残惜しむように。先ほどまで自分の唇と重なりあってたゆかりの唇。そっと手を添えていた。


「何か。さっきからあんたが行ってたの僕はマザコンですって話だよね」

「いやマザコンだし。言ったじゃん」


 ゆかりは顔を上げる。その顔は顔を火照ってるみたい赤くなっていたが。口元は微笑み。そして見つめられてる瞳は。妖しく。危なく。だけどとても美しい。


「で何だったの?今の話」

「いんやー。なんつーか別にマザコン自慢したいって訳じゃなくて、なんつーのかなぁ。まぁクサイケド。愛って一番その人を綺麗にするってゆーか。東野さんも誰かを見下しすんじゃなく。こー他人に歩みよって。自分じゃなく誰かを愛すれば綺麗になれんじゃってはな……」


「じゃあ」とゆかりは北原に顔を近づける。


 ゆかりは確信した。顔がさらに赤くなる。瞳が輝く。目の前にいる、少なくとも見た目だと以前のゆかりだと眼中に無かった。そんなおかっぱ眼鏡の頼りなさそうな北原という少年が。


 とても愛おしい。自分のものにしたい。私と彼の世界だけの世界にしたい。


「私を愛してよ。私が誰よりも貴方を愛するから」


 また世界が光と彩りに包まれ始めた。以前とは比較にならなくくらいに。目が痛くなりそうなくらいの極彩色な強い煌めきがゆかりを。ゆかりと北原の世界を包んだ。

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パーフェクトパープルの衝動 長月 有樹 @fukulama

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