第44話 エピローグ 自分への手紙
夏バテがひどい気がする。こんな日差しの中、先週、引退するまでソフトテニスをしていた自分たちは凄いと思う。
運動場の土埃と、空気中の猛烈な湿気と、汗と、みんなの動きと、日焼け止めを塗っていた部室が蘇った。
十四歳は何でもできる。
と気持ちを切り替えそうとしても、できない。リアルな夢が体中に満ちてる。
夢じゃない。記憶だ、これは。パラレルワールドで生きた記憶。アタシは猫に生まれ変わった。それもでっかい甘えんボ。じゃ、それまでの記憶は? 今は何? ヒカルにはあの記憶ある?
後ろにまた、まだ? ヒカルがいる気配がする。
「おれ、ニニギを題材に小説を書き始めた。タイトルは、ハッピー星人。ハッピーィだねぇ。時間もぉ~、空間もぉ~、自由自在ぃ~」
自作のリズムで歌う。節までついてる。
「能天気ィだねぇ」
つられて歌いながら振り返ると部屋のカーペットに紙が十枚以上、散らばっている!「デジタル! ペーパーレス!」
どの紙も、文字でびっしりと埋め尽くされている。
鉛筆も散らばる。
「受験生はね、大変なのだよ。わかんないだろうけど。か、た、づ、け、なさい! ここはアタシの部屋!」 弟はマッタク、コドモなんだから。小五にもなって。
「神代記が舞台なんだけどさ、お姉ちゃんに教えてもらった並行世界でおれが大学生になった話。早く書かないと忘れそう」
カーペットに両足を投げ出したまま、お下がりの下敷きに置いた紙を取り換えた。
「え? どっかで聞いた話。なんで? ハッピー星人? こどもっぽすぎ!」 『そこにある』平行宇宙、という概念が浮かんだ。ダメもとで頼んでみよう。「アタシも書いていい? 一緒に」
「ん、いいけど」
弟は書く手を止めない。絶対、聞こえてない。
「アタシも、文章、いろいろ、書いてるんだ。未来への自分への手紙とか。読みたい?」
「いいえ」
弟はこっちを見向きもしない。
弟に読ませてあげるつもりはないけど、読み返してみよう。
束を解いた。毎回、折り曲げて、外に日付を書いてる。
ン? 封筒のなんてあったっけ? あれ? 日付、書き間違えたのがある。未来の日付じゃん。てか、こんなの、書いたっけ? アタシの字だけど。
「二十一歳の自分へ、十一歳より。
十一歳の自分を覚えていますか? がんばってください。あきらめないで。」
「高一の自分へ、中三より。
今ちょっと辛いです。悲しいです。さみしいです。
なんで私なの? って。なりたくてなったわけじゃないのに。
せめて良性ならよかったのに。
試練? わかんないよそんなの……。
普通に生活できることがこんなにしあわせだとは思わなかったよ。
こんなにたくさんの人が支えてくれてるとも思わなかった。
家にいたい。学校にいたい。」
「十六歳、おめでとー、十五歳になったばっかの自分です。
私が骨のがんになったのは、
苦しんでる人の気持ちがわかるように
人を愛せるように、
これをバネにして、がんばってほしい。
いい経験であり、いい思い出でもあるから。
あとね、我ながらきくのが遅いと思う
けどね、…高校…うかった?
うかったよねっっ
精神的に強くなったと思う。
これからどんなことがあっても、絶対に乗りこえられる強さを神様がくれたんだから。
こういう試練を通して、
人は強くなるわけだから。
十六年前に君が生まれてきたのは、
この世界に君が必要だったから。
誕生日、おめでとう。
高校生活、楽しんで」
「高校受験直後の自分へ、二月の自分より。
もし病気にならなかったら、どうだろう。
後悔することがたくさんあったかもしれない。
だらだらすごして、やつあたりして、自分を傷つけて、
もしかしたらプレッシャーにたえきれずに死んでたかもしれない。
病気になったから、
日常の大切さがわかった。
そりゃ、病気になんてなりたくなかった。
痛くて辛くてさみしくて悲しくて不安で焦りがつのって。
普通の生活にもどりたいよ。普通に歩きたいよ。走り回りたいよ。
学校に行きたいよ。痛みから、辛さから解放されたいよ。
みんなが授業をうけてるのに、私はベッドから起きあがれなくて字をみることすらできない。
そんな状況で、由希は本当にがんばった。」
「十五歳の誕生日おめでとう、一ヵ月前の自分より
時間がたてば、“思い出”になるから。受験なんて気にしない!(…わけにはいかないのかな…)やっぱり体優先だよ。うん。
将来同窓会で「そーいや私入院してたねっっ」って笑いあえる日が来るんだし。めげそうになったら、甘えればいいんだよ。」
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