第35話 あっという間の失恋
残された由希は威厳をかき集めて胸を張り仁王立ちした。
ヒカルぅ、まだ抑えられてるかぁ、がんばれ! お姉ちゃんが何とかしてやる、これだけの集落を作ったから、覚醒したと思った。はぁ。人間離れした美の化身だったのに、今や、威厳を超えた、凄みのオーラを放出してる。
大きなため息で体が押される。
しっかり立て! アタシもこの事態、何とかくぐり抜けなきゃ。オサ、といっても二種類ね。農耕民のオサは継続的、狩猟採集民のオサは一時的。
集まった部族のオサたちの後ろに由希をここへ連れてきた若者が見える。他の一人と、ブルドーザーのような体格をした男を載せた板を頭上にかかげている。板上の男には右足が無い。
「怪我をしているオサを最初に!」由希は心からいたわりの声を発した。
集団は道を開け、男を載せた板を支える若者二人が進み出た。
「父、オホクニです」由希を連れてきた方が口を開いた。「クマと闘ったときに右足を失いました。やり投げの名手ゆえに一族のオサです」階段の下、片膝をつけ、眩しい視線の矢を放った。
父親はふらつきつつ左足を大地に降ろした。右太ももがはれ上がり、腰ほどの大きさになっている。
「わたくしの息子です。先日の無礼をお許しください」
感染だ。こんな体でよくここまで。由希に忘れたい記憶が戻ってきた。
新生物がとりついた骨を切り取るときは、周囲の健全な筋肉で包んで取り出さなければならない。
その手術の後、黄色ブドウ球菌による感染が起き、高熱が続いていた。健康な人には何ともない、どこにでもある菌。朦朧とした意識の中、熱が四十度超えてるとか三十九度いくつだとか言う声が聞こえていた。やっと持ち直し肉が再生を始め、皮膚にまだ覆われていなかったころ、緑膿菌でも苦しんだ。これだって、どこにでもある菌。この感染のせいで、抗がん剤治療がまたまた延期になった。三週間後の画像診断で肺への転移が分かった。
「あなたの息子は、責任を立派に果たしたということだ」由希は精いっぱい太い声をかけた。「たった一人でいても、すべきことをした。信頼できる男だ」
「女王様には全て見えておりますから」息子が、苦しそうな父親に代わって答えた。
しゃべり方もかっこよすぎ! 方言アクセント!
そのとき若者の視線が彷徨い、左隣の建物でレーザーポインターのように固定した。頬に赤みが走る。精悍な目がより輝く。由希がその方を見ると、姪が、この体の持ち主の姪が、やはり頬を赤らませてそこにいた。
人生は諦めなきゃいけないことばっかだわ。気を取り直さなきゃ。
「すぐに父親を寝床に連れて帰るように。これからは、そなたに女王様の言葉を伝える。お前の部族の代表となるように。名は何という」
「オホクニの子、タケミナカタと申します。代表はわたくしでなく、この者に、」若者はもう一人の同行者を振り返った。「今や、やり投げはこの者が」
「走るのが最も早いのはタケミナカタ、お前だ」その別の若者が遮った。「伝達には俊足が適している」
タケミナカタ、その声を奥で聞いた女は世界が変わることを知った。
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