霧と金(二)

 久方ぶりの遠出だ。しばらく歩くことになるから、ウルリヒは二人分の靴紐を新調することにした。木の枝に四本の糸の端をくくりつけ、四つ編みにしていく。鳥のハルフェルはウルリヒの肩にとまり、その手元を不思議そうに覗き込みつつクルルと鳴く。ウルリヒは時折ハルフェルに笑いかけながらも黙々と作業を進めた。ハルがウルリヒの肩の上で姿勢を変え、羽をばたつかせて鳴いた。振り返れば、草陰からテルネラが困り眉でこちらを伺っている。それがどことなく可愛らしくてウルリヒは思わず緩んだ口元を隠した。テルネラは睨んできたから、目が笑っていたのに気づかれたか。

「……また出かけるの?」

 お喋りを解禁したらしい。半日ぶりだ。今日は早かったなと思いながら頷く。テルネラはおずおずとさらに近寄って、出来上がっていく紐を眺めた。

「……一人分にしては、数が多いね?」

「おまえの分もあるからな」

「え?」

「おまえにもついてきてもらおうと思って」

 テルネラはウルリヒの隣、切り株に腰掛けて、首を傾げた。

「……なんで?」

「必要だから」

 仕上げに四本の糸をきゅっと引っ張る。二本を口に咥え、もう一度たわみを無くすために残りの二本を引いた。

「そういう時は、来てくれないかってちゃんと先に聞いてほしいなあ」

「来てくれないか、じゃあおまえ、来ないかもしれないよな。必要だっつったろ。これは命令みたいなもんだよ。決定事項、おまえの意思は汲みませーん」

「横暴ぶっちゃって……行ってあげるけど」

「有難き幸せ」

「ふふっ……誘い方が相変わらず下手だね」

 笑うテルネラをちらっと見て、ウルリヒは糸の始末をつけた。ややあって、テルネラは笑顔を消し、目を伏せた。

「それじゃあ……これから、王さまの所に行くの?」

 テルネラは手の甲をゆっくり撫でている。

「うん。あと、その前にちょっと寄るところもある」

「ふうん……私、あの若い王さま、ちょっと苦手だなあ。できれば会いたくないのに」

「はは。おれも苦手」

 ウルリヒは思わず笑った。テルネラも強張っていた表情を緩めて笑い返してくれる。ウルリヒは急いで目を逸らした。テルネラの笑顔を、気に入っている。けれどずっと見ていられない。ずっと見つめることには勇気がいる。どうして勇気が必要なのかは、知らない。

 テルネラが笑うと、ウルリヒの心の奥はじわりと滲むように痛む。ひっかき傷をぬるま湯に浸けたみたいに、痛いけど気持ちがいい。誰かに対して一度も覚えたことのなかった感覚。口角も緩む。

 うっかり歯まで見せて笑ってしまったから、テルネラがからかうようにじろじろと見てくる。

「……何見てんだよ」

「ウルリヒ、笑ってるから」

「はあ? 笑ってんのはおまえだろ」

「うーん、ウルリヒが笑ってるから、なんとなく可笑しくなったんだよ」

「なにそれ。ひっでえな」

「えー? でも、ウルリヒいつも無表情だから……笑ってる方が好き。怖くない」

 そんなにいつも無表情だっけ。胸がつきん、と傷んだ。

「……おれ、そんなにいつも怖い顔してるか?」

「うーん……なんかね。基本的に無表情だからちょっと怖いかもしれない。みんなウルリヒと距離を置いてるけど、それは多分ウルリヒがいつも無表情か顔をしかめてばっかりだからだと思うなあ。みんなも言ってたよ、ウルリヒ、私やハルフといる時は笑ってるから、ちょっとほっとするって。ねえ、ウルリヒは私を飼ってるんだから、もっと笑っていいんだよ」

「だれがおまえにそんなこと言った」

「え」

 ウルリヒは荒い仕草で紐の先をナイフでぶちりと引き千切り、地面の上に投げた。熱くなった心にいつも冷や水を浴びせられる。テルネラはいつもこうだと思う度、悲しかったり苛立ったり、苦しくなったりする。

「だから、誰がそんな発想おまえに植え付けたんかって聞いてんだよ。おれがおまえを飼っている? なんっだそれ……」

「ウルリヒ、あのね」

「そんな発想、人に言われなきゃ思いつかないだろ」

「怒らないで」

「怒ってねえよ!」

「でも……実際、私はハルフと同じようなものだと思うんだよ」

 テルネラは苦しそうな表情で笑った。

「だって私、人間の真似事を――」

「まだ言うのかようっせえな! 人間になれっつったろうが!」

 喉の奥から、怒号が漏れた。遮りたかった。苛立ちも募った。

 図星をつかれた心地だった。同じくらい、裏切られたような気持ちだった。

 悲しくて、怖い。ずっと、ウルリヒはテルネラに負い目を感じてきた。

 たわいのない話ができるのも、時々笑いあえるのも、まともに喧嘩できるのも、それはテルネラがウルリヒの青い目の意味をまともに知らない別の種族だからだ。距離を取られている者同士、傷を舐め合っている。おれが庇護してやらなきゃいけないんだなんて、そんな自意識を振りかざしてきた。

 実際、飼っているようなものじゃないか。利用しようとしている。ウルリヒの優先順位はいつでも変わらない。テルネラが一番大事だなんてありえない。それでも、ついでだから、長い目で見たらって言い訳して、少しでも生きやすくしてやりたいなんて思ってしまうだけ。

 爪で土を引っ掻いて、荒れる感情に整理をつける。ウルリヒは出来上がった靴紐の二本をテルネラに投げて寄越し立ち上がった。テルネラはそれを受け取って目を伏せた。ウルリヒは踵を返す。ぎり、と唇を噛んだ。それでも、それだけじゃないって、利用しているだけなんじゃないんだって、気づきかけている。

 胸が、苦しい。


 翌朝、出来上がった貝殻の冠と首飾りを受け取り、荷物を抱えて、ウルリヒは行くぞと合図した。テルネラも頷いてついてくる。

 二人で歩いている間、しばらく無言だった。昨日、あれからまともに会話をしていなかった。

 テルネラはあまり体力がなかった。出会ったころに比べれば少しは肉がついたと言っても、まだまだやせっぽっちだ。すぐに息が上がって苦しそうだ。ウルリヒは歩調をゆるめてテルネラを待つ。ウルリヒのその態度にほっとしたように微笑んで、テルネラはウルリヒの服の裾を掴んだ。息を整える。テルネラが頷いたら、また歩き出す。

「はあ、ウル、リヒは、すごいね、きつくないの、この、坂道」

「慣れてんだよ」

「す、ごいね……筋肉が、あるから、かな」

「おまえにも筋肉くらいあるだろうがよ」

「で、も、すくな、そ」

「しゃべんなってば。しゃべるからよけい空気が足りなくなるんだよ」

 裾を引くテルネラの腕がぶるぶると震えている。ウルリヒは嘆息して、テルネラの手を引いた。テルネラは懸命についてくる。小さい手だな、と思う。それに柔らかい。きつく握るのがためらわれる。

 山をぬけて、湖のほとりに出た。ぼうぼうに生えた草原を足を大仰に踏みしめ足音を立てながら歩く。ウルリヒの挙動にテルネラは戸惑った様子で首を傾げた。

「な、なにしてるの?」

「蛇。こういう草むらには蛇がいて、噛まれるかもしれないからな、こうやって牽制するんだ」

「蛇……」

 見たことがない、と呟きながらテルネラも見よう見まねの足踏みをした。ほとんど音が立っていなくて、それじゃ意味ないぞと思ったら、ウルリヒは思わず笑ってしまっていた。はっとする。胸の奥がしくしくと疼いていて、居心地が悪い。

「ね、ねえ、この先に何があるの? これが、その、王さまのとこより先に用事があるって場所?」

「うん」

 ウルリヒは胸を押さえながら頷いて、霧がかった森の奥を指さした。

「まだ見えづらいけど、奥に木小屋があるだろ。そこに住んでる親子に今日は用がある」

「こんなところに住んでるんだ……蛇も出るのに……」

 テルネラが難しそうな顔をして唸るから、結局また笑ってしまった。

「見たことないくせに何言ってんだ」

「だって……」

 楽しいかもしれないという気持ちと引け目が交錯する。笑ってるのに苦しい。

 滲んだ涙を拭って、ウルリヒはもう一度テルネラの手を引いた。霧の奥を突き進んでいると、頬が少し湿って、濡れた。


 木小屋に住んでいるのは、強面の男とその娘だ。男の名前はマルクス、娘の名前はチエッタといった。時々こうしてウルリヒ自ら赴き食糧を届けている。

 マルクスはウルリヒが引き受けた罪人の一人だったが、貝の一族の生贄にはせず、こうして村から離れた場所に家を与えて生かしている。一人取り残される自分とそう年端の変わらない娘が哀れだったというのもあるし、なによりマルクスの持っている技術が欲しかった。

 三年前、オログと出会ったあの時から、ずっと考えていることがある。

 オログが、金属の存在を教えてくれた。

 ――『コエナシが、金属を知らないって本当なんだなって思って』

 オログの発言を反芻すれば、貝の末裔が石の剣や石器を使っていないと知れる。きっと金属の剣の方が切れ味がいいし、金属器は石器よりも使い勝手がいいに違いない。人間が金属を扱い方を覚え、貝の末裔との文化の格差を埋めることができれば形勢は変わってくるとウルリヒは踏んでいる。

 マルクスは、金属を作ろうとしている男だ。

 石の中に見える金色や銀色の粒――それらを取り出して、綺麗な宝石にするのが夢だという、純朴な男だ。マルクスの持論によれば、貝の末裔が扱う金属は金や鉄や鉛といった石の色々な成分を抽出し純度を上げた物質だという。マルクスはぼろぼろの古い紙束を持っている。そこには元素――金属の成分のことらしい――周期表や金属についての詳しい性質、加工・製造の仕方が絵付きで記されている。書かれている文字は所々は読めて、殆どは解読できない。これは洞窟の奥で見つけたお宝だという。

 恐らくこの世界には、元々それを行っていた存在があった。

『伝説によれば古の人形ひとがたの生き物は人間の祖・青い鳥と、貝の一族の祖・真珠貝、そして女神の三種のみ……だが俺はそうは思わない……この記録を読んで、俺は知識を得た。きっと、同じものが作れる……。綺麗な、石が……』

 マルクスはウルリヒにそう熱っぽく語ったのだ。この男の罪とやらにウルリヒは興味はない。けれど、失っては惜しい。その知恵と技術がウルリヒには必要だ。

 さて、木小屋の扉に括り付けられた呼び鈴を鳴らし応答を待つ。その間、テルネラは鈴を見つめぽつりと零した。

「これ……銅だ」

「へえ、やっぱりわかるのか」

「うん……昔は、当たり前にあったものだから……そういえば、村にはない、よね」

 テルネラはウルリヒの横顔を見つめた。

「ああ、ないな。この大陸のどこにもない」

「そう……」

 テルネラが考え込むように俯いたのと、扉が開くのは同時だった。

「はぁい、って、あれっ、女の子がいる! 白っ、白っ!」

 テルネラよりも身長の高い、おさげの少女は目をぱちくりとさせて驚いた。チエッタだ。黒い瞳が好奇心に揺れている。ウルリヒは軽く手を上げて挨拶をする。

「あんたの親父さんとの話に必要だから、連れて来たんだよ。そう騒ぐなよ、ちったあ静かにしろ」

「へえー! かわいいねぇ、でも白っ」

「チエッタ、うるさい。早く通せ」

「へいへい、ウルリヒってほんと短気ね〜」

 チエッタは口笛を吹いて、二人を中に招き入れた。ウルリヒは中に入るなり咳込んだ。テルネラも小さく咳をした。

「くっさ……おい、ちゃんと埃掃除してんだろうな」

「してますぅ。これねえ、石融かしてる時の匂いだから~」

「窓くらい開けろよ。よくなんともないな」

「もう慣れましたぁ」

 ふふん、とチエッタは笑って、目をしきりに擦るテルネラの顔を覗き込んだ。

「こんにちはお嬢さん! わたしはチエッタ。ねえ、ウルリヒ。この子もしかして例の貝の末裔? え、なになに、いつから人類は貝の末裔と共存し出したの?」

「うるっせえな」

 テルネラは苦しげに笑った。

「三年前から……その、いろいろあって、ウルリヒのいる村でお世話になってるの。はじめまして、私はテルネラ」

「わぁ~かわいい響きの名前ね。ねえねえ、テルネラって人間は食べないの? なんか食べそうに見えないけど。髪の色とか違うだけでうちらと本当にそっくり……ねえウルリヒ、この子ってほんとに人食いするのぉ? とてもそうは見えないけどなあ」

「いいから黙れ」

 ウルリヒは眉間にしわを寄せて唸った。

「親父を出せ」

「はいは~い」

 チエッタは踊る様に部屋の奥へと引き籠った。

「……ウルリヒ」

 テルネラの小さな声に、ウルリヒは顔を向けられなかった。それでもテルネラは耳元で囁いてきた。 

「あの……こういう密室で、金属を作るのは駄目だと思う」

「あ? ……金属ってわかるのかよ」

「いつも、この匂いは傍にあったから」

 テルネラは目を伏せて、儚く笑う。

「でも、この匂いね、あんまりまともに嗅ぐとよくないんだよ。毒があるんだって。だから男の子たちは風のよく通る場所で金属を加工してたし、加工するときは口元を布で覆ってあまり匂いを吸い込まないようにしてた。この家、あの子の体によくないと思う……言ってやって。私は……詳しいことはわからないけど、せめてそれだけでも」

「自分のことより他人の心配たあ人間ができてるな」

 思わず、きつい口調になった。テルネラがむっとして悲しげに眉根を寄せる。

「ウルリヒ……来てたのか」

 辺りに低い声が響いて、暗い部屋の奥から巨体が現れた。テルネラが隣でびくっと飛び跳ねたのがわかった。ウルリヒはマルクスに背負っていた荷物をずいと突き出した。

「食い物補充だよ。あと、あんた、前この紙質はいい、欲しいって言ってたろ。だからこれも持ってきてやったぜ」

 ウルリヒは、王からの手紙を寄越した。マルクスの目が見開かれていく。

「ああ……これ、助かる。これを使うと、綺麗な金と銀が、できる」

「そ、それ、王さまからのお手紙じゃ……」

 テルネラがまた耳に囁いてくる。心の準備をしていなかったせいで肩が跳ねた。熱をやり過ごすようにテルネラから視線を逸らして答える。

「……いいんだよ。もう内容は頭に入ったし、そもそもくだんねえことだ。どうせ燃やして灰にするつもりだったから、もっといいように使えるならそっちのほうがいいだろ。こいつは金属をつくるために紙を欲しがってたんだ」

 マルクスも重々しく頷いた。

「楮で作った紙は、本当にいい。これに石を包んで、鉛と一緒に灰の上に乗せて、墨で焼く。そしたら、綺麗な金が、灰の上に残る。布でやるよりも……ずっと、いい」

 マルクスは抑揚のない声ながら、興奮しているのか鼻を赤くしてそう言った。

「おい、マルクス」

 ウルリヒはマルクスを見上げてテルネラの肩を抱き、ぐいっと引き寄せた。テルネラが小さな悲鳴を漏らした。マルクスにも耳飾りが見えるようにとテルネラの髪をかきわける間、指に纏わりつく柔らかい感触に少しだけ妙な気持ちになった。熱を持ってきた頬を冷ます様にウルリヒはぶるぶると首を振る。テルネラの左の耳に揺れる大粒の黒真珠が露わになった。

「こいつの耳についてるこの、金色。わかるか。これを見せにきた」

「ああ……!」

 マルクスは声を上げた。テルネラはびくっと肩を揺らした。

「触るなよ」

「ああ……ああ、わかった……それ、なんて綺麗な、金なんだ……」

「これが貝の末裔の技術だ。なあ?」

「う、うん」

 テルネラもか細い声で答える。

「ああ、素晴らしいなあ……俺なあ、こんなすごい技術を学べるなら、貝の末裔の生贄になったっていいなあ……」

「もう、お父さんったらばかなこと言わないでよね!」

 チエッタがけらけらと笑い飛ばす。その隙にテルネラの髪を梳いて、耳飾りを隠した。手を放すと、テルネラは少しだけふらついてウルリヒから距離を取った。

「生贄は却下だ。とにかく、おまえ、これと同じようなもの作れるか?」

「そこまで純度の高いものは……無理かもしれない。材料が色々とたりない。空気が程よく抜ける器とか……この、楮の紙とか……」

「多分、私たちは、殻の木の太い枝を器にしてた。中に灰を入れて、石を乗せて、焼いてた。よくわからないけど、殻の木がなければ綺麗な金は作れないと思う」

 テルネラがいつになく早口で言った。妙に暗い調子の声なのが気になって、ウルリヒはちらとテルネラを見る。その横顔は真珠色の髪に隠れて見えない。

「殻の木?」

 チエッタが首を傾げたので、すかさずウルリヒは補足した。

「貝の末裔の陸にある、貝殻みたいな木の話」

「へえ~、よく知ってんね、ウルリヒ。見たことあるの?」

「……実物は見たことないけど、欠片なら」

 ウルリヒは、オログの角をぼんやりと思い出しながら答えた。

「殻の木、か……それがあれば……」

 マルクスは、王の手紙を――否、紙を見つめながら、震える声で呟く。ほしい、ほしいと顔に書いてある。

「却下だ。貝の末裔の陸にある物は使わない。おれたちはおれたちの持っているものだけで、金を作る。こいつの耳飾りほど純度の高い金じゃなくて構わない。少なくとも、見た目がきれいな金が作れるならそれでいい。紙があれば、作れそうか?」

「ああ、多分」

 マルクスは、のそのそと大きな体を揺らして、傷だらけの小さな鏡台に駆け寄った。小さな引き出しをがたがたと揺らして開けた中には、小さな金の欠片が入っていた。窓から差し込む鈍い光に当てればきらりと輝く。

 指につまんで僅かに恍惚の表情を浮かべた後、マルクスはそれをウルリヒの掌の上に乗せた。

「これくらいの物なら、作れる。テルネラ……と言ったか。その嬢ちゃんの耳飾りの金具くらいなら、この紙で二つ三つ作れるくらいの、量だな」

「充分だろ。じゃあ、おれは今から王に紙を寄越せって言って来るから」

「え?」

 チエッタとマルクスは顔を見合わせた。

「どういうこと?」

 ウルリヒは、にやりと笑った。

「王さまは珍しい宝物をご所望だからな。この綺麗な金の塊をこれからずっと献上するから、代わりにそっちは紙を寄越せってな。そうすれば王さまの欲求も満たせるし、おまえらの生きる意味もできる。おまえが生きてることは王には伏せているから、これからも日の目を見せてやることはできないが、金を作り続けてくれるんなら、おまえたちはおれの村でこれからも庇護してやるよ。約束する」

「ああ、ありがたい」

 マルクスは感極まり紙で顔を覆った。

「あっ、お父さん! 鼻かまないでよ! 大事な紙でしょ!」

「かまない……」

「まあ、要は、内陸の紙の精製技術とおまえの金錬成で、お互い持ちつ持たれつしようぜって話だ。それでいいか?」

「ああ、ああ……」

 マルクスはまだ鼻をぐすぐすと鳴らしていた。ウルリヒは左の口角を釣り上げる。

 ――これで、テルネラを海に潜らせなくていい。真珠そのものの代わりにはならないけど、本当にあるかもわからないし質がいいかもわからないような真珠を探しに行かせるよりずっとましだ。

 ウルリヒはほっと息を吐いて振り返った。

 テルネラは、感情の読めない眼差しでウルリヒを見つめていた。

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