脱力系刑事のゆる～い事件簿

ひび割れたガラスの靴

第一話

　八月九日、午前十時。都内の高級住宅街に、普段と違う異様な光景が広がっていた。

　赤いランプを点滅させるパトカーが数台停まり、立ち並んだ屋敷の一つには立入禁止の文字が書かれた規制線が貼られ、物々しい雰囲気があった。騒ぎを聞きつけた野次馬が周囲を取り囲み、スマートフォンで撮影したり、ＳＮＳで呟いている様子まで見られる。

　見張りに立っている制服警官は、押されて前に前にと乗り込んでくる見物人を押し退けたり、写真を取る彼らに注意したり、朝から大忙しだ。これから記者も集まってくれば更に大変になるだろう。

　そこに黒いパンツスーツを着込んだ小柄な女性が近付いた。

　殆どスッピンといって良さそうな薄めのメイクをして、一度も染めたことがない髪は寝癖であちこち跳ねている。一歩間違えればみっともなく思われそうな姿だが、素材が良いのか、だらしないと周りから注意されることはなく、大抵がそういうジャンルのファッションとして見られた。美人は得だという一例かも知れない。

　そんな彼女が人混みを縫いながらやってきた。当たり前のように規制線を潜ろうとすると、制服警官が慌てて止める。

「あ、そか」

　彼女は懐から取り出した手帳を目の前に翳した。警察指定の制服を着た女性の顔写真の下に、名前と階級が記されていた。

　警部補　御伽（おとぎ）栞（しおり）

　手帳には警視庁の紋章も付いており、彼女が警察官であることを証明していた。制服警官は急いで敬礼のポーズを取る。

「も、申し訳ありません！　どうぞお入り下さい！」

「どもー」

　適当な声で礼を言った彼女は、ひょいっと軽やかに規制線のテープを潜り抜けると、さっさと屋敷内へ入っていった。